160 ダイは我慢出来なかった
入って来た男達全てが同じ様な格好をしていた。
革鎧に灰色のフード付きマント。
腰に吊った武器だけはそれぞれ違うが、背負ったクロスボウはお揃いだ。
全部で十二人いる。
襲撃してきた連中は、きっとこいつらなんだろうな。
目つきは鋭く、厳つい顔立ちの男達。
傭兵だろうか。
少なくとも真当な職業ではないな。
ローランが目で合図してきた。
奴らが襲撃者だと教えてくれたのだ。
やはりそうか。
まさか堂々と真正面から来るとは思わなかった。
俺はテーブルの下で腰の小剣の柄を握る。
槍は部屋に置いてきていた。
まさかこんな人目に付く所で、襲っては来ないだろう……多分。
男達は室内に入って来ると直ぐに、何かを探すように食堂を見渡す。
そして俺達のテーブルで視線が止まった。
だが攻撃するような素振りは見せない。
そのまま二階の宿ではなく食堂の方へと歩いて来て、空いているテーブルを乱暴に寄せるや、次々に音を立ててイスに腰を下ろしていく。
店内は狭いから、俺達とは隣同士のテーブルとなる。
緊張が走る。
ブーツの泥の付き方から見て、全員が馬で来たようだ。
店の店員が恐る恐る男達のテーブルに近付くと、「取り敢えずエールを持ってきてくれ」と声が掛かる。
店員は「へいっ」と一言残して、逃げるように厨房へと入って行った。
その中の頬に古傷がある男が、突然俺に話し掛けてきた。
「冒険者かい?」
こいつがリーダーっぽいな。
俺は平然を装いつつ素直に答える。
「そうだが、そっちは傭兵か」
すると男は薄っすらと笑みを浮かべながら答えた。
「ああ、俺にはそれしか才能が無いみたいでな。ガキの頃からずっと戦いの中で生きてきたんだよ。言ってみれば俺の天職かな。腕に自信があれば稼げるぞ、どうだやってみないか?」
驚いたことに傭兵への勧誘だ。
仲間の男達も驚いているが、中にはまた始まったという顔をする者もいる。
もちろん俺は丁重にお断りした。
「ふざけるな。俺は暗殺みたいな汚い仕事はしたくないんだよ」
俺の言葉に男達の視線が鋭くなり、誰かがつぶやいた。
「言ってくれるじゃねえか……」
一触即発とはこの状況を言うんだろうな。
俺はさらに言葉をぶっこむ。
「その傭兵がこの村に何をしに来たんだ」
俺の直球の質問に、古傷の男はちょっとおどけて見せる。
「ふははは、いきなり鋭い質問をしてくるねえ」
男達の手が徐々に剣の柄に伸びる。
明らかに殺気立っている。
そして古傷の男がなおも話を続けた。
「でもよ、傭兵がここへ来たんだからよお、そういう事をしに来たんだろうよ」
男がその言葉を発した途端、テーブル下のダイが古傷の男に襲い掛かった。
古傷の男は咄嗟に腕の革鎧部分で、ダイの牙を受ける。
俺は同時に男達に向かって、テーブルをひっくり返し、ローランを俺の後ろに引き寄せる。
しかしさすがは傭兵、数々の修羅場を潜り抜けてきた猛者なんだろう。
俺達の先制攻撃は難なくいなされてしまった。
古傷の男がダイを払い除けながら怒鳴る。
「逃がすなよ!」
男達がマントを翻し、一斉に剣を抜いた。
マズい状況だ。
周りの客達も驚いて剣に手を掛けるのだが、戦闘に参加するつもりは無いようで、店員と一緒に早々に外に避難して行く。
その内に村の兵士が来るだろう。
そうすれば事態は収まるはず……だよな?
だが、それを待ってはくれそうにない。
男達が一斉に襲い掛かって来た。
普通、そうなるよな!
俺は上手くテーブルやイスを使って、敵を翻弄するが、防御するのとローランを守るので手一杯だ。
あっと言う間に部屋の隅に追いやられた。
男達は戦い慣れているだけあって、連携しての攻撃が止まらない。
俺はとても攻撃には転じられないのだ。
だがダイが素早い動きで果敢に攻める。
部屋中を走り回り、何人かの男達を惹き付けてくれる。
まるで子犬と戯れる男達だ。
その途中ダイが俺の眼の前の男の足首に噛み付いた。
「痛っ!」
その瞬間男は後ろを振り返る。
俺はそれを見逃さない。
小剣を突き出した。
鎧のない所だ。
その時手首を捻る。
「グフュッ」
男は変な声を上げて、開いた喉元から鮮血を吹き出す。
普通の治療じゃ治しにくい傷口にした。
これで直ぐに処置しないと奴は死ぬ。
古傷の男が舌打ちして怒鳴る。
「誰かセルゲイを!」
これで治療の為に何人かが後退した。
だが男達の次の反応は早かった。
古傷の男が再び叫ぶ。
「えげつない事しやがる。イゴール頼む!」
その声に後方にいた男が、何かつぶやきながら前に出た。
マズい、魔法か!
そう思った時には遅かった。
イゴールと呼ばれた男が両手を前にかざす。
同時に俺は吹っ飛ばされて、壁に背中を叩きつけられる。
「ぐっ」
腹の中から血がこみ上げてきた。
やられた、風使いはこいつか。
だが俺は人間じゃない。
これくらいじゃくたばらない。
俺を倒して安心したのか、奴らの連携が止まっている。
俺は血を床に吐き出し立ち上がると、風使いに接近する。
そこへ古傷の男が叫びながら邪魔に入る。
「貴様、不死身か!」
古傷の男が俺に剣を振るう。
連携無しの個人攻撃なら、人間の剣筋くらいは楽勝なんだよ。
俺は古傷の男の剣を小剣で受け流し、風使いのアゴに蹴りを叩き込む。
「げはっ!」
血の付いた“歯”が幾つも空中を舞い、一気に後方へと吹っ飛ぶ風使い。
それを見た古傷の男が叫ぶ。
「気を付けろ、こいつ身体強化魔法を使うぞ!」
そうじゃないんだよね。
俺、魔物だからさ。
勝手に勘違いしてくれて助かるよ。
剣を構え直す古傷の男に向かって言ってやった。
「さて、そろそろ兵士が駆け付ける頃だと思うが、貴様らはどうするんだ?」
すると古傷の男。
「中々やってくれたな……引くぞ、急げ!」
そう言って負傷者を連れて店を出て行く。
かなり危なかった。
退散してくれて助かったくらいだ。
俺は倒れた椅子を立て、ローランに座るように促す。
「大丈夫か、怪我はないか」
いつも隠している右手が露わになっていた。
右手が鱗で被われている。
まるでリザードマンの手だ。
ローランは右手に気が付き、慌ててマントで隠しながらイスに座る。
「あ、ああ。大丈夫。だけど、あんた、強いんだな……」
ちょっと震えているが怪我はないみたいだ。
ダイはお座りの恰好で、口の周りの返り血を前脚で丁寧に拭っている。
そこでやっと兵士が食堂内へと駆け付けた。
「なんだこの有り様は……」
そうなるよな。
俺は詰め所で半刻ほど質問攻めにあったが、あらかじめ護衛の依頼書を見せていたので、なんとか無事に解放された。
しかし村からは追放されてしまった上に、罰金を払わされた。
銀貨五枚……
さらに食堂から金貨一枚の請求が……
死者が出てたら、罰金じゃ済まなかったかもしれないと言われた。
実は危なかったのか!
灰色の男達はと言うと、裏門を突破して馬で逃走したそうだ。
俺達は仕方なく、暗くなった空を見ながら正門へと向かうのだった。




