158 休憩中に襲われた
野営地内が急に慌ただしくなる。
寝ていたオーク兵達も次々に起き、武器を取り野営地の防備を固めていく。
何かあったのは確実だが、今のところ狼の断末魔の様な鳴き声しか聞こえていない。
ラミとハピもようやく目を擦りながら起きて来た。
俺はダイに聞く。
「匂いはどうだ。何か分からないか」
するとダイが念話で返答。
『血の匂いが一瞬したんだがな、あれから一切匂わない。もしかしたら敵に風使いがいるのかもしれないな』
風使い、つまり風の魔法に長けた者が、襲撃者の中にいるかもしれない。
風の魔法で匂いを散らし、襲撃に気が付くのを遅らせる。
特に犬や狼がいる所に襲撃する場合は、かなり有効な方法だ。
警戒する中、血だらけの味方ゴブリン兵が現れた。
狼はいない、ゴブリンだけだ。
話によると、見張りの交代のタイミングで突然攻撃を受け、理由が分からないまま一方的に矢が飛んできたそうだ。
クォレルというクロスボウの矢だ。
その攻撃で騎乗していた牙狼は殺され、生命からがら逃げて来たそうだ。
しかしゴブリン兵にもクォレルが刺さっていて、かなりの重傷だ。
狼連れのゴブリン・ライダー達は、その嗅覚を最大限活用する為、野営地の一番端の二か所に分けて野営してもらっていた。
だから一番先に敵に気が付くのは彼らであり、最初に戦闘になるのも彼らであった。
しかし敵の接近には、全く気が付かなかったらしい。
他に生き残りはいるかと聞くと、それさえ分からないし、敵の姿も見ていないという。
生存が確認出来ていない味方のゴブリン・ライダーの探索部隊を出したいのだが、今はまだ出るとやられる可能性がある。
せめて明るくなるのを待つ。
敵は何かの魔道具を使っている可能性もある。
ここは下手に動かず、敵の出方を待つ決断をした。
しかしそれっきり何も起こらず、気が付けば日の出を迎えていた。
ただ、負傷していたゴブリン兵は、日の出と共に息を引き取った。
明るくなってから周囲を探索すると、ゴブリンと牙狼の死骸が見つかる。
全滅だった。
明らかに狼を狙った攻撃だ。
最初に俺達の最大の利点である、嗅覚を潰してきて訳だ。
これは一筋縄ではいかない相手だと確信した。
だからといって何か対策があるかと聞かれても、特に何も思いつかず、ひたすら警戒するしかない。
食事は簡単な物で済ませ、早々に野営地を出発した。
ローランは襲撃があったにも関わらず、昨日と何ら変わらない。
襲撃には慣れているのか、何事も無かった様な振る舞いだ。
ただ無口なだけかもしれないが。
小休止を入れながらも、出来るだけ早いペースで先へ進んだ。
斥候役のゴブリン・ライダーがいないので、俺達の馬車はオーク獣車に前後を守られる様に進んでいる。
そしていかにも、待ち伏せが有りそうな場所が見えてきた。
渓谷を抜ける道である。
谷の上からクロスボウで撃ち下ろされると、殆んど一方的やられる。
しかも道の右側の崖下には、流れの早い渓流が流れている。
道幅は狭く、一旦入ったら前に進むしか逃げ道はない。
まずはハピに認識阻害のマントを渡し、空中から偵察してもらったのだが、特に怪しいものは無し。
ハピにはそのまま空中からの監視を頼み、俺達は覚悟を決めて渓谷の道へと入って行った。
しかし特に何事もなく渓谷を抜けて、普通の山道へと入って行く。
少しホッとして肩の力を落としていると、ラミが「ライさんは心配し過ぎだよ」と言ってくる。
確かにそうかもしれない。
昨夜の襲撃が頭から離れないのだ。
あのやり方はきっと人間の仕業だと思う、
亜人や魔物が出来る策略じゃない。
敵はクロスボウを持っているなら、次はローランを狙撃してくる。
毒だって使ってくるかもしれない。
ハピに悪いがしばらくは、空中警戒を続けてもらうか。
素掘りのトンネルを抜けた所で、少し開けた場所が見えてきた。
近くには川が流れており、焚き火の跡も多数ある平地だ。
旅人の利用する野営地のようだ。
日光もちょうど真上にきている。
「ここで休憩しよう」
その俺の一言で真っ先にラミが、叫びながら馬車を飛び出した。
「待ってました。もう腹が減って死にそうだよ」
オークの馬車にも合図して止まってもらう。
その時だった。
空を切る音。
そしてドスッと何かが突き刺さる音。
そして悲鳴?
「ううわっ、痛いじゃねえか、何だこれは!」
ラミの右肩にクォレルが刺さっていた。
開き掛けた馬車の扉を再び閉め、俺は窓から叫んだ。
「敵襲!」
次々とクォレルが飛んでくる。
完全に油断した。
危険な渓谷を何事もなく抜けて、安心して気が緩んだのだ。
そして次にやられたのは、馬車の御者台のオーク兵。
脚に受けたのだが、少しして口から泡を吹いて痙攣した。
致死毒だ。
やはり毒を使ったきたか。
なおも痛がるラミに、幾本ものクォレルが襲い掛かる。
「いって〜な、正々堂々と剣で勝負しろや!」
ラミは叫びながらも、盾で必死に攻撃を防ぐのだが、その体には既に三本の毒クォレルが突き刺さっている。
生身の人間部分に刺さっているのは肩の一本だけで、残りの二本は蛇の鱗部分だ。
鱗なら問題ない。
生身の人間部分が心配だが、ラミア族がこの程度では死なない。
それにラミは毒蛇の魔物。
毒耐性を持っているのだ。
そこでやっと空中のハピが攻撃を開始した。
「見つけましたわよ、そこっ!」
ハピがマジック・ミサイルの弓を連続で引いた。