157 少年と音楽を聴いた
少年は全身が隠れるフード付きのマントを纏っており、何だか見るからに怪しい感じがする。
ギルド員はハピに襲撃場所を聞くと、直ぐに応援部隊を編成すべく「あとはお願いね!」と言い残して、建物内へと戻って行った。
少年はというと、獣魔達にビビっていた。
「ま、魔物がしゃべった……」
何だかこの言葉も懐かしい。
そこで俺は少年に言った。
「ええと、そうだな、この街に俺の知り合いの店がある。そこで自己紹介しながら飯でも食おう」
少年は「何言ってんだこいつ」みたいな表情で俺を見ているが、そんな事はお構いなしに、俺達はバルテク・エルドラ支店へと向かった。
音楽がある店だ。
俺達は徒歩六日掛かるメイビの街へ、この少年を連れて行くのが今回の仕事。
しかし俺達には馬車がある。
馬車なら三日で行ける距離。
つまり余裕があるってことだ。
ゆっくり食事くらいしても大丈夫だろう。
通りを歩きながら少年はキョロキョロしている。
初めて来た街だからというよりも、街中に亜人達が普通に歩いているからだろうか。
しかも俺とすれ違う時はみな挨拶をしていくしな。
それを不思議そうに少年は見ている。
店に着くと相変わらず混んでいた。
昼間でも混むんだな、この店。
どうでも良いが。
いつものように順番待ちの行列を素通りし、「またあいつらか」という目で見られながら店内へと入り、楽団の目の前のテーブルに当たり前の様に案内された。
こういった店は中々見ないからか、少年はフード越しにチラチラと周りの様子を窺っている。
そして全員が席に着いたところで、少年に声を掛けた。
「さて、自己紹介からだな。俺は魔物使いで金等級冒険者のライ、こっちの子狼はダイ。そっちのハーピー族はハピ、ラミア族の方がラミだ。もう分かってると思うが、皆言葉を理解する。それと俺の獣魔でもある。で、君の名前は?」
少年はやっとフードを外し口を開いた。
「僕はローラン・オ……ただのローランだよ」
今、絶対に姓を言おうとしたよな。
それにチラリと見えた服装は、上質な生地を使った高級品。
絶対にこいつ良いとこの出だ。
改めてローランと名乗る少年の顔をマジマジと見るのだが、顔付きはごく普通の少年で、まさか魔物みたいな右手を持ってるとは思えない、ごく普通の男の子だ。
そこへ店員がワインピッチャー持って来て、それぞれのゴブレットに注いでくれる。
ダイだけは皿だが……
注ぎ終わると目の前の楽団が、静かに音楽を奏で始めた。
店内にゆったりとした時間が流れる。
そこで俺はローランに、直球の質問を投げかけた。
「誰に狙われてるんだ」
そこでタイミング良く、音楽がアップテンポに切り替わった。
ローランは一瞬俺を見るが、直ぐに視線をゴブレットに移し、まるでおっさんのようにワインをグイッと呷った。
曲調が激しくなる。
そしてゴブレットをテーブルに音を立てて置くと、少年はつぶやいた。
「中々良いワインを置いてるんだね、この店」
話を逸らしたか。
だがこの歳でワインの味が分かるとか、貴族の可能性も出てきたな。
楽団の曲調が再び落ち着いたものになる。
話を逸らしたってことは、俺の質問には答えたくないのだろう。
まあ、それは仕方ないか。
ただひとつ、新しく教えられたことがある。
このワインは高級品らしいということ。
うん、今まで知らなかった。
ローランは終始黙ったまま、黙々と食事をとっていた。
それを見て思ったのが、一切右手は使わない。
左手だけで器用に食事をしていた。
魔物の様な右手を見られるのが嫌なのだろう。
食事が終わり、さて帰ろうかという時だった。
ローランが席を立ちながら言った。
「多分、君達は殺されちゃうよ」
その途端、楽団の鳥系亜人のソプラノが響き、シンバルが激しく鳴った。
今日一の盛り上がりだ。
俺は直ぐに「どういうことだ」と聞き返すが、ローランは口を閉ざしたまま何も言わなかった。
結局この食事会では、本当に自己紹介だけであり、新たな情報なんて聞き出せなかった。
分かったのは少年の名前と、彼が良いとこの坊ちゃんらしいって事、そして楽団が腕を上げたって事か。
仕方ない、最後の言葉が気になるが、今のところ名前さえ分かれば問題は無い。
俺達はエルドラの街を出発する。
もちろん暗色を基調とした配色の、ドクロのオブジェで飾られた馬車での出発だ。
門の所には護衛オークの獣車が二台と、ゴブリン・ウルフライダーが六騎も付いてきた。
それも狼が森林狼や灰色狼ではなく、より大型で獰猛な牙狼とは心強い。
ゴブリン自体にはちょっと不安が残るが、嗅覚の鋭い狼が加わるのはとても助かる。
それにバンパイヤ襲撃かあった為に、いつもより俺の護衛が多く今回は助かる。
しかし護衛の護衛とは、ちょっと不思議な気分になる。
馬車の中でローランは、ただ窓から外を眺めているだけで、俺が話を振っても曖昧な返答しかしなかった。
その内俺も面倒臭くなって、話し掛けるのもやめた。
移動中の馬車の中では、ガタゴトと馬車の音と獣魔達の寝息だけがずっと響いていた。
昼頃にエルドラを出た俺達は、予定の距離の半日分ほど進んだ所で日が暮れ始めた。
無理すれば村がある所まで行けるのだが、魔物が多数を占めるこの部隊だ。
馴染みが無い村だといつもの事で、近づけば鐘を鳴らされて村中が大騒ぎになる。
だったら野営の方が楽だ。
俺だって気を遣うのだ。
まずは天幕を張ってローランの居場所を作る。
襲撃者はクロスボウを使うのは分かっているから、暗くなるまでは天幕の中に居てもらう。
その上でゴブリン・ライダーには周囲の偵察をしてもらう。
それ以外にも護衛オークが二十人以上いる。
心強いな。
暗くなったところで、焚き火を囲みながら食事の時間だ。
そこでも少年は左手だけで食事をしていた。
やはり魔物の右手と襲撃には、関係があるのだろうか。
相変わらずローランは何も教えてくれない。
その夜、ふと目が覚めて、何となく天幕から外に出た。
空は星空が広がり、月が闇を照らしている。
一見平和そうな景色なのだが、何故か嫌な予感がしてくる。
そこへダイも目覚めたらしく、俺の隣に来て大きなアクビをしつつ念話を送ってきた。
『見張りの二人のゴブリンと、相棒の狼二匹の匂いが消えているな』
いくらゴブリンといっても、勝手に持ち場を離れる訳はない、よな?
まさか……
そこへ森の中から「キャンッ」という狼の悲痛な鳴き声が聞こえた。
続いて反対側の森の奥からも「キャイン」という狼の鳴き声。
そしてダイの念話。
『血の匂いだな』
襲撃か!
「敵襲だっ、全員起きろ!」
俺は森に響くほどの声を上げるのだった。
主人公達は新たな戦いと陰謀の渦へと巻きこまれて行きます。
まるで運命かのように。
その先にあるのはいったい……