155 平伏させた
未だに炎が残る正門を馬車で突っ切った。
大丈夫、問題なく通れた。
この馬車は思った以上に頑丈みたいだ。
その後に生身のオーク兵が続く。
そこはもう気合いで通ってもらうしかない。
可哀想に、折角のモヒカン頭が燃えている。
門を抜けるとそこには、外から垣間見た街並みが目の前に広がっていた。
だが住民は見当たらない。
街からは出られないから、恐らくは火から離れた建物の中に隠れているのだろう。
俺は御者席から兵達に指示を出す。
「隊列を組め〜!」
オークの下士官達が俺の声を復唱するように、次々に声を張り上げていく。
直線のメイン通りに沿って隊列を整えていく。
ある程度隊列が出来た頃合いで、俺は行軍開始の指示を出した。
「全た〜い、進め!」
さて、次は隠れている住民に、俺達の恐ろしさを知らしめてやるか。
折角オーク兵が気合いを込めて、戦装束に身を包んでいるのだ。
見せつけてやる。
どうせ建物の隙間から、俺達を見ているだろうからな。
俺はオーク指揮官に命令する。
「オーク族の伝統的な戦いの儀式をお披露目してやれ」
するとオーク指揮官がニヤリとして言った。
「了解、久しぶりだ」
そしてオーク指揮官が叫ぶ。
「ウ〜ハッ、ヒヤハ〜!」
その声に反応して兵達が叫ぶ。
「「ヒヤハ〜!」」
そして全員で武器と盾、若しくは武器と鎧を打ち付けて「バンッ、バンッ」と音を出す。
そこへオーク以外の種族の兵が声を合わせる。
「「イ〜エイッ!」」
ひたすらその繰り返しをしながら行軍して行く。
建物の中で隠れる住民には、この声が恐怖に聞こえるはずだ。
もし外を覗き見たならば、戦装束に身を包んだオークが多数いるのだ。
オーク以外の種族からしたら、この姿は常軌を逸脱した行動に見えるだろう。
それが余計に恐怖を煽るのだった。
俺達はメイン通りを通って、リザードマンの族長の邸宅前に来た。
ここにも柵が張り巡らされていたが、何とか乗り越えられる高さだ。
それに興奮した兵達をもう止められない。
「ウラ〜!」
「「「ヒヤハ〜〜ッ」」」
オーク指揮官の掛け声を合図に、兵達が邸宅の門に向かって、一斉に突撃し始めた。
敵兵は見えるのだが、明らかに少ない。
それに怯えている。
突撃が始まると、門に張り付いていた敵兵は次々に邸宅の方へ逃げ出した。
そうなると門を破るのは早い。
あっと言う間に門を破壊し柵を倒し、敷地内へと兵がなだれ込んだ。
俺の乗る馬車も敷地内へと侵入する。
兵達がワッと邸宅に群がって行く。
すると邸宅内から一人のリザードマンが出て来た。
立派なスケイルメイルアーマーに身を包み、腰にはやはり高級そうな剣を携えている。
当然のことながら勢いに乗った味方兵士は、そのリザードマン目掛けて一斉に襲い掛かる。
だが俺はそれを制止した。
「待てっ、そいつに手を出すな!」
ピタリと兵達の足が止まる。
そのリザードマンは剣を抜いていない。
つまり戦う為に外に出て来た訳ではないってことだ。
それにこいつ、この状況にも関わらず、実に偉そうな態度をしている。
良く言えば堂々としている。
そして兵達はそいつを取り囲む様に移動し、リザードマンを中心に丸く空間が空いていく。
恐らく交渉に出てきたんだろう。
一応、話くらい聞いてやるか。
俺は馬車から降りて、そのリザードマンの所へとと向かう。
ここは舐められたらいけない、余裕かましてゆっくり歩く。
すると兵士達が俺の通り道を空けていく。
おお、中々良い演出じゃねえか!
そして丸く空いた空間へと入り、リザードマンの前で立ち止まった。
そこで右手に何かの燃えカスが付いていることに気が付き、それを落とそうと慌てて右手を振るった。
すると周囲の兵士達が次々に片膝を突いていく。
え?
何々?
兵士達の装備がガチャガチャと音を立てていく。
さしてそれは俺を中心に波紋の様に広がり、遂には味方の兵士全員が片膝を突いた。
そして静寂が訪れた。
ヤベ〜、皆が俺の言葉を待ってるじゃねえか!
だけどな、何も言葉が出てこない!
リザードマンは周囲を見回した後、怪訝そうな表情で俺に視線を向けた。
魔物部隊を率いている者が人間だからだろう。
先に話し掛けてきたのはリザードマンだ。
「我、この地で軍を任されている者、名はブルク。貴公の名を知らせよ」
「お、俺はライ」
良し、言えた。
「うむ、それでライ殿よ。この多種の魔物が混ざる部隊、それを人間が指揮を執るとは、どこの手のものだ」
やはり気になるよな。
人間の領地に加勢する魔物部隊なんて聞いたことないだろうし、その指揮を一人の人間が執っているんだからな。
ま、人間じゃないんだけど。
だけど今の俺の緊張状態では、何も説明出来ねえ!
だから返答は最低限の言葉。
「“魔物オウドール混成軍団”だ」
そこそこ名は知られているはずだ。
恐れおののけ!
しかしブルクは首を傾げている。
なんだ、知らないのかよ……
そこでハピが突然舞い降りて来て言った。
「魔物オウドール混成軍団を略して言えば、直ぐに分かるのですわ」
ハピめ、また余計なことを!
「略すだと……ま、オウ、軍……?!……ま、まさか、まお――――」
言わせねえよ!
俺は慌てて手を振りつつ口を挟んだ。
「よお〜し、そこまでだっ、それ以上言うな!」
将軍の顔が真っ青になり、慌てた様子で早口で喋った。
「ラ、ライ……様。族長を呼んで来ますので、しばし、しばしお待ち下さい!」
そう言って将軍は邸宅へと、転びそうな勢いで引っ込んで行った。
頼むから勘違いはしてくれるなよ……
しばらくすると、将軍と一緒にヨボヨボのリザードマンの爺さんが、二人の付き添いと共に出て来た。
そして俺の前まで来ると、その爺さんは付き添いの二人の手を借りて、ゆっくりと地に伏した。
他のリザードマンもそれに倣う。
全員で俺に平伏したのだ。
そして爺さんが平伏したままつぶやいた。
「貴方様に抵抗などしません、降伏しますじゃ」
絶対に俺のこと魔王とか思ってるよな!
こうしてリザードマンとの戦いは終わりを告げた。
そしてラミやダイの部隊が裏門突破してのは、事が全て終わってからだった。
さて、こうなったら俺の仕事は終わりだ。
ここからはインテリオークの仕事。
ハピをインテリオークのところへ行かせる。
その間にリザードマン達に話を聞くと、街の住民の殆んどは街から逃げていて、残っているのは怪我人や老人だという。
兵士の大半も逃走していて、街に残っているのは二十人ほどだったが、そいつらは既に武装解除している。
リザードマンの生活を聞くと、湖での漁と森での狩猟が生活の基盤らしい。
男爵領のように商売とかもやってないというから、そりゃあ苦しい生活なんだろうな。
その辺はきっとインテリオークが何とか発展させて、配下の街にしてしまうと思う。
ドーズの街なんか、訪れる度にどんどん発展していっているし。
この街もきっとそうなる。
ただし多種族混成の街になると思うが。
ハピが空から舞い降りて来た。
「ライさ〜ん、お待たせですわ!」
その手にはインテリオークを抱えていた。
そのインテリオークの顔は、恐怖の表情だった。
空を飛んだのは初めてなんだろうな。
こうして俺達のこの街での仕事は終了した。
あとは帰るだけ。
帰り際に俺はあることを思い出し、インテリオークに話をした。
来る途中に通ったオーク支配地域で見た、ノロオークが食用にしているという“紅キノコ”のことだ。
紅キノコはヒールポーションの材料になるから、相応の所へ行けば需要があるはずだ。
食用にするなんてもったいない。
人間の街なら金になる。
それを聞いたインテリオークは、どうやらその事実を知らなかったようで、少し考えている様子だった。
そんな事お構いなしに、俺達はさっさとこの地を後にした。