148 ダース男爵の城に入った
エルドラ以外の人間の街で、新たに店を出すことが出来るということは、オーク族にとってもメリットが大きいとインテリオークは考えていた。
「ライ様、上手くいけばこの王国領土中に魔物オウドール混成軍団の基地を作ることが出来ます。取りあえず視察も兼ねて現地へ行って見るのが良いかと。判断は現地へ行ってからということでいかがでしょうか」
そう言ってインテリオークは眼鏡をクイッと上げる。
そこまで言うならば仕方ない、ちょっと遠出してみるか。
しかし、王国中に基地って……ただのレストランだろうが。
翌日、約束通りにインテリオークを連れてマヌと会った。
半刻ほどの話し合いの後、すぐに出発することになる。
ここからだとダース男爵領には馬車で十日近く掛かるらしい。
しかしオーク支配地域を突っ切れば五日で到着だ。
当然オーク支配地域を通過するつもりだ。
そしていつもの目立つ馬車でダース男爵領を目指した。
後ろからはオーク兵の獣車が数台付いて来る。
獣車に乗っているのは、インテリオークといつもよりもちょっと多い護衛の兵士達だ。
人間の支配地域を抜けてオーク支配地域へと入ると、徐々に人間ではなくオーク族とすれ違うようになる。
この辺りのオークは、いつも見るオーク族とはちょっと違っていた。
肌の色が緑色ではなく若干黄色味が掛かっている。
黄緑色っぽい肌といったら良いだろうか。
人間のように肌の色が違うオークがいるようだ。
オーク族の殆んどはこの馬車を見れば道を開けるのだが、この辺りのオークにはそれが浸透していないようで、先ほどから御者台のオーク兵が道を開けるように叫んでいる。
見れば馬車の行く手を平然と歩いているオーク達がいた。
ということは、この辺のオーク族は俺の顔を見ても「魔王様!」とか言わないんだろうな。
それでちょっと窓から顔を出して、道端にいるオークに「悪いが道を開けてくれ」と言ってみた。
すると……
「何様と、思って……え? ま、魔王様!!」
滅ぼしてやろうか!
いきなり通り道が出来上がり、馬車がスイスイと走り始めた。
窓から外を見ると、黄緑色のオークは背中に籠を背負っている。
その籠の中には、人間の頭二つ分ほどの赤色のキノコが入っていた。
確か冒険者ギルドで“紅キノコ”という名で採取依頼が時々出ている、ヒールポーションの材料になるキノコだ。
御者のオークに聞くと、黄緑色のオークの食用となっているらしい。
この辺りの森では、この赤いキノコが沢山採れるのだという。
もったいない。
人間の領地へ持って行けば金になるんだがな。
しばらくオーク支配地域を進みオークを見かけなくなった頃、再び人間支配地域へと入ったと知らされた。
その頃になると道は山道へと入っている。
馬車で通るのはギリギリの道幅で上り坂が多く、急に曲がりくねる険しい道だ。
時々小さな集落があり、人が住んでいるのは分かる。
その先に男爵の住む街があるという。
そして山間を抜けた先に、山々に囲まれた湖が見えてきた。
湖の名称は“クレイ湖”と言い、ザリガニが獲れることで有名らしい。
そのクレイ湖に寄り添うように小さな街があった。
それがダース男爵領の領都である“ウェイド”の街だ。
こんな山奥に人間の街があるのが驚きだ。
マヌが言うにはクレイ湖で獲れるザリガニが、ダース領の主な収入源だという。
そうは聞いても、俺は今までクレイ湖で獲れるザリガニなど聞いた事もない。
クレイガニと呼ばれているらしいが、それを食べた事も無論ない。
その理由はクレイガニが塩漬けや燻製に適さない為に保存方法が無く、近隣の街や村にしか届けられないからだ。
一日ほどで傷んでしまうらしい。
水に入れて生きたまま輸送する方法もあるのだが、手間や経費を考えると割に合わないらしい。
夕暮れが迫る頃になって、やっと街の正門の前に来た。
そこで街を囲む防壁が、かなりしっかりしているのに驚かされる。
相当古くに造られた壁らしく、高さは人間の三倍はあろうかという石造りのしっかりしたものであった。
こんな小さな街にしては珍しい。
マヌによるとこのウェイドの街は、数百年もの昔から代々受け継いできた伝統的な街だという。
昔は近くで採れた石材も収入源のひとつだったらしいが、今はそれも採り尽くしてしまったようだ。
街へ入るとすべての建物が石造りだった。
古都といった印象を受ける。
中にはは苔で覆われた建物もあるが汚い印象はなく、古代都市遺跡を彷彿とさせる。
領主の屋敷は湖に面した場所にあった。
というより、湖の中に建てられた城だった。
湖に張り出した岩場の上に建てられている。
決して大きくは無いが、夕日に照らされ湖面に映るその姿は、魔物の俺から見ても羨むほどだ。
その時、突如ダイが念話を送ってきた。
『この城、奪っちまうか?』
なんと恐ろしい事を言うか!
城の中に入ると中身も遺跡のようだった。
俺は英雄の称号をもっているから貴族扱いとなり、応接室に客人として一人だけ案内された。
獣魔やオークは別室だ。
応接室も遺跡のようで、どこかに隠し扉とかあるんじゃないだろうかと思う。
その応接室でダース男爵に会ったのだが、第一印象はあまり良くない。
十六か十七歳くらいのまだ若造だ。
あらかじめ若い領主だとは聞いていたが、その態度がどうも気に喰わない。
「お前がライとかいう英雄か。確か魔物使いだと聞いたが、魔物はどこにいるんだ」
これが第一声だ。
挨拶の時間も無しなんだな。
しかし魔王軍と呼ばれずに、古い呼び名の魔物使いと呼ばれて少し安心した。
だがな、そういう態度でくるならこっちも容赦はしない。
「ああ、確かに俺がライだ。獣魔を見たけりゃ直ぐに呼ぶが、折角の城が破壊されても知らないぞ」
男爵の家来が一瞬身構えるが、今の所何もしてこない。
ダース男爵は俺の言葉に少しビビったようだ。
声が上ずる。
「そ、それは困るな。ま、魔物はあとにしようか」
俺は直ぐに本題の話を切り出す。
「それで、出店に関する話なんだが……」
そこまで言うとダース男爵がマヌへと話を振ってしまった。
「ああ、その話は文官のマヌがする。それじゃあ僕は失礼するよ」
それだけ言って応接室から退散してしまった。
これはお飾りの領主だな。
ダース男爵がいなくなると、マヌが申し訳なさそうに俺に話し掛けてきた。
「ダース男爵様は少し前に御父上様を亡くして間もないので、領主としての経験が少ないのでございます。至らない点が多々ありますでしょうが、どうか大目に見て頂けたらと思います」
このマヌという文官はしっかりしているんだよな。
それが救いだ。
取りあえず今日の所はこの屋敷で一泊することになった。
獣魔達は俺の護衛でもあると主張して、俺が泊まる部屋へ半ば強引に入れさせた。
その代わり、部屋の周りに見張りが立てられたが。
オーク兵達はさすがに屋敷の外で待機だ。
オークとの交流がないから警戒されているのだ。
湖畔にテントを立てる許可をもらい、野営の準備をしている。
そして夕食にはもちろん、クレイガニと呼ばれるザリガニ料理がテーブルに並んだ。
そのザリガニ料理だが、かなりイケてる!
ただしそれが供されたのは俺一人だけで、獣魔には無かった。
夕食後に獣魔達からブーイングが出たのは言うまでもない。
新たな展開へ……