139 魔人族の女が来た
「あの〜、この辺りに魔王軍が滞在していると聞いたのですが……」
そう聞いてきた緑色の肌の魔人。
人間だと二十代に見えるこの女だが、長寿の魔人の年齢だから実際はどうだか分からない。
長い黒髪を三つ編みにしている。
一見温和そうだが、緑色の肌の魔人である。
見た目に騙されてはいけない。
それは先程、地獄の裂け目に蹴落とした魔人と同じ種だ。
問答無用で攻撃してきたあの魔人だ。
一人の魔人を倒すのに、あれだけ苦労したのにまだいるのか!
慌てて身構えるが、どうも様子がおかしい。
殺気は全く無い。
それに物腰が柔らかそうな女性にしか見えない。
だが油断してはいけない。
魔人に変わりはない。
その後方には、変わった形の牛車が見える。
何人かの魔人が乗っていやがる。
俺は何とか冷静さを保って答えた。
「何の用だ」
すると魔人女性。
「あら、もしかして人間かしら。人間に聞く様な事じゃなかったかしらね。ごめんなさいね」
そう言って女は立ち去って行く。
少し悩む。
俺がライカンスロープだと言うべきか。
この女は先程と同じ種の魔人である。
魔王になるんだと言って、俺達に戦いを仕掛けて来た魔人と同族だ。
教えたらきっと野営地が全滅する。
良し、黙っておこう。
女は牛車に乗り込むと、あろうことか吊り橋の方へ進んで行く。
そっちはマズい、ラミやハピ、それとオーク兵がいる!
ラミとハピは怪我してるんだぞ。
俺は考え無しに走って行って牛車を止めていた。
「待て!」
牛車が止まり、御者台にいた魔人の男が飛び降りる。
地獄の裂け目に落とした魔人同様に、体がデカく筋肉の塊の様な奴だ。
「おい、人間。無礼だぞ」
くそ、何も考えてなかった。
何て言おう。
悩んでいる間に魔人の拳が俺に放たれた。
いきなりかよ!
慌てて避ける。
拳が顔の横を通り過ぎる。
あれ?
再び拳が迫る。
遅い。
簡単に避けられる。
奴が繰り出した拳の、細かいシワまでハッキリ見える。
地獄の裂け目に落とした魔人も遅かったが、それよりさらに動作が遅く感じる。
魔人はやはり動きが遅いのか。
それならやはりあの魔人と同じく防御は鉄壁なのか?
伸びてきた腕を槍で思いっきり叩いてみた。
「ぐわあああっ」
あれ、弱い……
「人間の分際で!」
今度は魔法を放つ気らしい。
だけど動作が遅すぎなんだよな。
俺は詠唱が終わる前に、腹を軽く槍で刺してやった。
「ぐおおおっ」
牛車の扉が開き、慌てて魔人の男達が飛び出して来た。
出てきた男達は雰囲気が違う。
かなり強いとみた。
装備も整っている、兵士だな。
しかし女が戦いを止めた。
「よしなさい!」
先程の女が牛車の窓から覗いている。
その声で魔人達の動きが止まる。
そして女が言葉を続ける。
「人間さん、何で私達の邪魔をするのかしら?」
女は笑顔で話しているが、言葉に殺気がこもっている。
「魔物部隊なら俺は知ってる」
「えっと、魔王軍ではないの?」
「魔物オウドール混成軍だ」
「略すと?」
「魔王軍……って、何で略させる!」
この女、只者じゃない。
「あら、やっぱり魔王軍なのね」
気が付けば腹を刺した男が、何事もなかったかの様に立っている。
腹を刺したはずが、血が止まっている。
俺がそれを見て驚いていたからか、女が御者を見ながら説明した。
「その男は治癒能力特化なのよ。それで魔王軍はどこにいるのかしら」
治癒能力特化について詳しく聞きたいが、軽く流されてしまった。
「知ってどうするつもりだ」
すると女は笑顔で言った。
「言いたくなければそれでも良いのよ。聞き出すだけですから。フフフ」
女が俺を見つめる。
女の瞳に魔法陣が浮かび上がる。
魔眼持ちか!
咄嗟に視線を切り、後方に飛び退き距離をおく。
「油断させて魔眼攻撃とは、やってくれるな」
俺の行動に驚きを見せる女。
「あら、私の魔眼に反応した者なんて、初めてよ。あなた何者なのかしら」
「だがこれでハッキリした。緑色の肌の魔人族は俺達に敵対するってことがな!」
俺は狼への変身を始める。
すると魔人達が、驚きの表情を見せて騒ぎだす。
「魔狼なのか?」
「人間じゃないのか?」
「狼に変身してるぞ!」
そんな中、俺は狼への変身を終える。
「貴様ら全員、地獄の裂け目に落ちてもらう」
そこでやっと魔人の男達が、身構える。
良し、ここはハウリングで一掃しよう。
そう思って口を開いたのだが、女によって止められた。
「ちょ、ちょっとお待ちなさい。あなたライカンスロープなのでしょ?」
何か言いたげだな。
俺はハウリングを止め、女の話を聞くことにした。
「そうだ、俺はライカンスロープだ。だから何だと言うのだ」
「ごめんなさいね。てっきり人間かと思ったのよ。魔物なら話は別よ」
話が別とは何だろうか。
「どういう事だ?」
「私達は魔王軍への使者なのよ」
魔王になるんだと攻撃して来て、今度は使者だと?
調子の良い奴らだな。
ま、ツバッサー連合を奇襲した俺達が言う言葉じゃないがな。
一応聞いてやるか。
「使者を送ってどうするつもりだ」
「友好関係なのか、同盟を結ぶのか、それは話し合いね。でも敵対関係にはならないわよ、安心してね」
どうするか、嘘は言ってない気もするがな。
魔眼持ちは危険だからな。
インテリオークに任せれば良いか。
「少しでも変な行動をしたら俺も本気出すからな。特に女、その魔眼を使う素振りを見せたら、その場でその目ん玉くり抜いて御手玉にするからな、良いな?」
「あらあら、怖い怖い」
俺の脅し文句が効いてねぇ!
こうして俺は、魔人の使者だという一行を案内することになった。
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ここでストックが切れました。
しばらく書きダメしますのでしばしお待ちください。