138 魔人がまた暴れた
ハピがタンバリンを握り締めて、お得意の風変わりな舞を踊りだす。
そしていつもの狂気を歌い出した途端だった。
魔人が叫び魔法を飛ばしてきた。
「同じ手を食うかっ!」
エアバレットだ。
空気の衝撃波がハピに直撃。
「パリラ〜――――ピギャッ!」
吹っ飛ばされるハピ。
何度も地面にぶつかり、人形の様に転がって行く。
それを観たラミが怒り心頭に叫ぶ。
「てめえ、やってくれたな〜!」
「ラミ、出るな!」
俺の制止を聞かず、ラミが剣を抜いて魔人に急接近する。
ラミが剣を振り上げる。
魔人は一切の防御をしなかった。
ラミの渾身の一撃が、魔人の脳天に直撃した。
確かに剣は魔人の脳天を捉えた。
だがその剣は折れて空中を舞っていた。
全く効いていないのだ。
「その程度の力量で我に挑むとは、片腹痛いわ!」
そう言い放った魔人は、右手でラミを薙ぎ払った。
「ぐほっ!」
ラミの側頭部に入ったその右腕は、大きくラミの身体を吹き飛ばす。
ラミもまた地に身体を打ち付けられながら地面を転がり、ハピの直ぐ横で止まった。
高ランク魔物をたった一撃で葬り去る威力。
こいつこそ魔王なのでは……
俺はハピとラミの元へ走り寄る。
オーク兵達が俺を守ろうと、その周囲を固めた。
すると魔人がその直ぐ近くまで来て立ち止まる。
「貴様は確か吊り橋のロープを切って、我を地獄の裂け目に落とそうとした人間だな。楽に死にたければ、我を魔王と名乗る者の所へ案内しろ」
かなりのダメージを喰らっているが、さすが高ランク魔物の二人だ。
まだ息はある。
俺はポーションをその場に置いてゆっくりと立ち上がり、近くのオーク兵に言った。
「ラミとハピの治療は任せる。このザコは俺が倒す」
俺を見るオーク兵達が恐がっている。
俺の怒りを感じ取ったのだろう。
ダイが念話を送って来た。
『前にも言ったが、俺が過去に何度も挑んだが、一度たりとも勝てなかった相手だぞ。俺が狼王と呼ばれていた時でもだ』
俺はダイに背を向け魔人に向き合った。
「それがどうした。クソ野郎は地獄のクソ溜めに返すだけだ!」
すると魔人。
「弱い奴ほど口は回るものだが、人間の分際でその言葉は捨て置けんぞ」
「そうか、なら俺の本当の姿で戦ってやる。有り難く思って本気で掛かって来い」
「フハハハ、言ってくれるわ」
俺は変身を始めた。
手足が盛り上がり狼へと変わっていく。
腰を屈めると胴体も変身する。
「フハハハ、これは面白い。貴様、ライカンスロープだったか。望むところだ!」
変身を終えた所で魔人に襲い掛かった。
奴はそれでも避けない。
真正面から俺の攻撃を受けた。
「ヴォルル!」
両前脚で魔人の肩を掴み、喉元に牙を立てた。
噛み付いた途端、ガキンと何かに阻まれた。
魔人が俺を掴みに掛かるが、後ろ脚で奴の腹を蹴って離れる。
「そんな攻撃など我には効かん。くすぐったいだけだ!」
離れた俺に攻撃を仕掛けてくるが、やはり動きは遅い。
狼になった俺にとっては、止まっている様なもの。
難なく避ける。
逆に俺の攻撃は全て当たる。
しかし爪や牙で攻撃するが、全く効いていない。
そうか、ダイが勝てなかったと言うのは、こういう事か。
勝てなかっただけで負けた訳ではないだろ。
だが、こっちの攻撃は効かないが、向こうの攻撃も当たらないのでは、勝負が全然つかない。
「ええいっ、忌々活しい狼が!」
だが待てよ。
最初の攻撃で触れる事は出来たよな。
つまり触れるだけなら弾かれないってことだ。
ならばやってみる価値有りだな。
「さて、お遊びはそろそろ終わりにさせてもらう。魔人よ、体術というのを知ってるか、ヴァルル」
俺はそう言いながら走る。
「たいじつ、何だそれ―――――ぐわっ」
俺は魔人の背後に回り込み、変身を解いた腕を首に回して絞り上げる。
しかし……
「たいじつ、だったか。わ、我には全然効かんぞ!」
少しは効いているようだな。
そこで俺は奴の耳元で囁いた。
「これで終わりのはずがないだろ、ヴァウッ」
「負け惜しみを!」
魔人が俺を振り解こうとするが、その前に俺は奴の耳元で雄叫びを上げた。
「ヴォオンッ!」
短いハウリングだ。
近くにオーク兵や負傷中のラミやハピがいるから、長時間は危険だからな。
俺は耳の中まで障壁はないだろうと予想した。
「うがあああああっ」
両耳を抑えて苦しむ魔人。
良し、もう一発。
「ヴォオン!」
「うぎゃあああああっ」
俺は魔人の頭を抱える様に腕をまわしているから、奴は耳を塞げないでいる。
つまり鼓膜に至近距離から直撃だ。
もうこの時点で魔人はヒクヒク状態。
止めを刺そうとして気が付いた。
オーク兵が全員倒れているのを!
ヤバい、回復中のラミやハピも耳を抑えて苦しんでいる。
ダイが『もうやめっ、死ぬ!』と念話を送ってきた。
くそ、止めが刺せない!
仕方ない。
クソ野郎はクソ溜めに戻すか。
俺は人間の姿に戻り、魔人を担ぎ上げようとするが、あまりに重い。
仕方なく足を引っ張り引きずる様にして運ぶ。
何度も登って来るってことは、もしかして裂け目の底が柔らかいとかなのかも。
少し場所をずらして落としてみるか。
そう思い、吊り橋から少し離れている場所へと移動する。
重い魔人を吊り橋から離れた所まで持って行き、なんとか地獄の裂け目へと再び蹴落としてやった。
「ざまあみろ、ザコがっ」
そう吐き捨てた時だ。
「あの〜、この辺りに魔王軍が滞在していると聞いたのですが……」
女性の声が聞こえた。
声のする方を見ると、そこには緑色の肌の魔人が立っていた。