135 階層主だった
扉を勢い良く開けた。
開けた途端、情景がガラリと変わった。
暗闇の空間だったはずが、広大な墓場に変わっていた。
慌てて周囲を見回すのだが、入って来た扉は見当たらない。
ダイが鼻を高く上げて、周囲の匂いを嗅いでいる。
空には星が輝き、月が明るく墓石を照らしている。
「どういうことだ。ここ何処なんだ」
するとダイが念話で伝えてくる。
『恐らくここはダンジョンが作り出した異世界だと思うが、土の匂いや草の匂いもまるで本物と変わらない――――気を付けろ、何かが来るぞ』
ダイが姿勢を引くして唸り声を上げる。
その方向から多数の何かが、こちらに向かって歩いて来る。
音楽らしき音も聞こえてきた。
暗がりの中、月明かりに照らされて、その姿が徐々に見えてきた。
綺麗な隊列を組んで歩いて来るその集団、それはスケルタル・ナイト。
スケルトンの精鋭部隊だ。
プレートメール・アーマーに身を包み、ロング・スピアと大きな盾を装備し、鼓笛隊の音楽に合わせて列をなして行進して来る。
最後尾には指揮官らしき者もいるようだ。
そのすべてがスケルトン。
全部で数百体はいるだろうか。
アンデッドの軍隊だ。
スケルトンの部隊の中から、大きな骨の絵柄の旗が持ち上がる。
軍旗みたいだ。
するとスケルトン部隊から、ロング・スピアで盾を打ち鳴らす音が聞こえてくる。
敵を威嚇しているのだ。
「なあダイ」
『何だ、この窮地で何か良いアイデアでも浮かんだか』
「ハウリングをやってみる」
ダイが驚いた顔で俺を見上げる。
『アンデッドにハウリングって効くのか?』
「それを今から試す」
そう言ってダイの耳を塞ぎ、首から上を狼に変身させた。
「ヴォオオオオ〜ッ!」
空気が振動する。
地面が揺さぶられる。
そして景色が歪んだ。
その衝撃波がスケルトンの部隊を真正面から襲った。
まるで音の津波が押し寄せたかの様に、次々にスケルトン部隊が砕け散り、前列から順番に煙と化していく。
予想以上の威力だ。
俺のハウリングはアンデッドとか関係ないな。
そして全てが煙と化したその場所で、ただ一体だけかろうじて実体を残していた。
一番後方にいたアンデッドの指揮官だ。
そいつはまだ完全に煙と化していない。
だが地面に這いつくばって動けないようだ。
ダイが苦しそうだが、何とか自分の足で立っている。
その頭の上からポーションを掛けてやる。
これで大丈夫たろう。
俺は最後の一体のアンデッドの元へ歩いて行く。
そこに居たのはスケルトンではなくエルダー・リッチだった。
だが身体のあちこちが燻っていて、煙と化すまでそう長くはないだろう。
下半身はすでに無くなっている。
俺はエルダー・リッチを見下ろす。
「お前が親分だな。止めを刺させてもらうぞ」
エルダー・リッチが僅かに顔を上げて俺を見た。
[き、貴様、何者だ?]
おっと、会話出来るとは驚きだな。
「俺はただの冒険者だ」
[何を言うか、貴様は魔物だろう。それも言魂を使える……]
言魂って何?
だが煙化の進み方が早い。
話を聞きたいんだか。
「待て、もうちょっと耐えろ。その先の話を聞かせろ。言魂って何だ!」
[ま%う……]
「え?」
一気に煙と化してしまった。
「ああ、もう少し話を聞きたかったんだが……」
そこで足元にダイがいるのに気が付いた。
すぐさまダイが念話を送ってくる。
『今、魔王って言わなかっ―――』
「言って無い!」
『いや、確かに、まお―――』
「ダイ、まだハウリングの後遺症が残っているみたいだな。あれは“魔法”と言ったんだ。俺はハッキリと聞こえたから間違いない!」
『そうか、ハウリングの威力のせいで頭がクラクラしてるからかな』
そこでエルダー・リッチの煙化の跡に、何かが落ちているのを発見。
「おっ、ドロップ・アイテム」
落ちていたのは短剣と指輪だ。
二つを拾い上げ、短剣の方を鞘から少しだけ抜いてみると、刃が赤く輝いている。
指輪は骸骨のマークが描かれている。
二つとも呪い系の魔道具なんじゃないかと、疑りたくなるデザインだ。
持ち帰り調べてもらうしかないな。
そこで目の前に扉が現れた。
押し扉だ。
ということは出口だろうな。
「ダイ、押し扉だ。開けるけど良いか?」
『ああ、選択肢はないからな』
俺は勢い良く扉を開けた。
開けた途端、元の暗闇に情景が変わった。
だが炎の道しるべはもう無い。
「なあダイ、さっきのエルダー・リッチは階層主だったと思うか?」
『ああ、恐らくそうだろうな。ほら見ろ、闇の空間だったはずが、四方に壁が見える』
目を凝らすと、確かに四方に壁がある。
しかも今まで霞がかかったようにしか見えなかった床と天井が、ハッキリと見えるようになっている。
階層主を倒したからだ。
それが本当なら、再び階層主が復活するまでは、ここは単なる部屋のままだ。
それはそれでつまらんな。
「なあダイ、腹が減らないか?」
『ペッコペコだよ』
俺達は足早に部屋を出た。
帰路の途中、ダイが念話を送ってきた。
『ライはライカンスロープなんだよな?』
今更変な質問してくるな。
「そうだ。俺はライカンスロープで間違いない」
『どうやってライカンスロープになったんだ?』
ああ、それか。
「人間だった母親がライカン病になった時に身ごもっていてな、俺を生んで死んだって聞いた」
ダイが目を丸くして俺を見た。
『おい、まさかライは噛まれてないのに、ライカン病になってないのにライカンスロープになったのか!』
何を興奮してるんだか。
「だから俺は母親がライカン病の時に生まれたんだって。母親の腹の中でライカン病に耐え抜いたって話だよ。それがどうかしたのか」
ダイが立ち止まったのを見て俺も立ち止まる。
するとダイが俺を真正面から見据える。
恐ろしく真剣な表情だ。
そして念話を送ってきた。
『お前は生まれた時からライカンスロープなんだな……』
「ああ、そういう事だな」
『ライ、つまりお前は、普通のライカンスロープとは違うってことだ』
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