133 貴族を利用してやった
赤髪の女の声に、男達三人の態度が急に変わる。
「姐さん、すいやせん」
あの厳つい男共がペコペコし始めた。
大トカゲが女を乗せたまま前へ進むと、オーク兵はその威圧に押されて道を空ける。
大トカゲが三人の男共の所まで来ると、ピタリと止まる。
そして女が大トカゲからヒラリと地に降り立つ。
すると男三人は女に向かって頭を垂れた。
女は「フン」と鼻を鳴らし、部下の男三人を無視して前に出る。
女は鎧などの防具は一切身に纏っていない。
反対に身に着けている服の布面積が、あまりにも少い。
この肌寒い荒れ大陸での服装とは思えない恰好だった。
ただし豪華な赤色のマントをなびかせていた。
その女が纏ったマントを払い除け、こちらを一瞥すると口を開く。
「あ〜ら、ハルトじゃないの」
知り合いか。
俺がハルトをチラリと見る。
するとハルトは女に視線を合わせたまま、小声で言った。
「オリハルコン級の女冒険者、“悪逆のゾエ”だよ」
オリハルコン級とは、また凄いのが来たな。
それに“悪逆のゾエ”とか、悪者そうな二つ名だし。
しかし冒険者ギルドに所属しているなら、無茶な事はしてこないだろう。
ハルトがゾエに応える。
「ああ、久しぶり。だけど前に見た者とは違う奴隷戦士だね」
「フン、そうだね。前の五人は使えなかったからね、ドラゴン戦で全員がおっ死んだよ。ま、良い鱗が手に入ったけどね」
ドラゴン倒したのかよ!
「へえ〜、ドラゴン倒したんだな」
ハルトも簡単に言ってくれてるな。
そこでゾエが俺に視線を向けた。
「そっちの坊主は誰なんだい?」
そうか、自己紹介しないといけないか。
「俺はライ、金等級冒険者だ」
「は〜ん、聞いた事ないね〜」
するとハルト。
「英雄の称号を賜わった冒険者って言えば分かるかな?」
また余計な事を!
するとゾエが眉間に皺を寄せる。
「まさか、あの魔王とか呼ばれてる奴が、この小僧か?」
魔王はやめろ!
ってか、そんなに広まってるのかよ!
「ああ、そうだよ。その魔王だよ。なあ、ライ?」
ハルト、貴様〜!
どう、答えれば良いんだよ!
「嫌な呼び名だがな、そんな風に呼ばれてる……」
くそ!
何故かゾエが俺を睨み付けてきた。
「お前が魔物使いのライか……」
嫌な目付きで見てくるなあ。
そこでハルトが腕を組んでゾエを睨む。
「で、ここへ何をしに来たんだ」
するとハルトの態度に怒ったレンジャーの男が、一歩前に出て怒鳴る。
「おい、ガキ。姐さんに対して、何だその態度は!」
しかしゾエがすぐさまそれを制する。
「お黙りっ、誰がしゃべって良いと言った!」
途端に下を向いて後ずさる男。
絶対服従の様だ。
そしてゾエは改めてこちらに顔を向け、にこやかに言った。
「来た理由はね、ダンジョンを確保する為だけど?」
“ダンジョンを確保”と言ったよな……
周囲を囲んだオーク達の手が、再び武器へと伸びていく。
俺も槍をゆっくりと構え、あからさまに穂先を女に向ける。
するとレンジャーの男が弓に矢をつがえ、剣士の男が剣を引き抜き、魔法使いの男が杖を構えた。
ただ、ゾエとハルトだけは向き合ったまま、特に何も動かない。
緊張が走る中、ハルトが低い声で言った。
「ここにはレンドン子爵の息が掛かったオーク兵が、三千人はいるぞ」
単なるオーク兵ではなく、レンドン子爵の名を出すところが上手いな。
貴族を巻き込むと厄介なのは、あのゾエとかいう女も知っているらしい。
ちょっと悔しそうな表情を見せた。
そこでゾエがコメカミをヒクヒクしながら言った。
「ハルト、お前は魔物の味方をする気か……」
「何を言ってるんだよ。このダンジョンは、レンドン子爵の息の掛かったオーク族が管理していると言ってるだけだよ。手を出すならレンドン子爵に許可を取れば良いだけの話じゃないのかい」
ゾエの顔が見る見る赤くなり、怒りで満ち溢れる。
「フン、後で吠え面かくなっ。お前ら行くぞ!」
ゾエは再び大トカゲに乗ると男達を引き連れて、元来た荒地を引き返して行った。
相当怒りまくっているらしく、そこら辺に生えている植物魔物を大トカゲで踏み潰しながら去って行く。
ゾエ達の姿が小さくなると、ハルトが視線はそのままに口を開く。
「あの女は目的の為なら何でもする奴なんだよ。それでいてオリハルコン級と、怖ろしく強い。過去にゾエ絡みで、何人も不審死や行方不明が出ているって聞いたよ」
冒険者の中には、そんなゴロツキが沢山いる。
だけどオリハルコン級ってのは面倒臭いな。
「ハルト、あの女、諦めたと思うか?」
ハルトは首を横に振った。
「“悪逆のゾエ”は執念深いのでも有名だよ」
「どんな戦い方をするんだ」
俺の疑問にハルトは、知っている情報を全て教えてくれた。
「結構謎が多いんだ。一切パーティーは組まないから、戦い方を見た者も殆んどいないって聞いたしね。ただ、狩りの途中で偶然見た冒険者によると、動きは目で追えない程に速いらしいよ。鞭を使うとも言ってたかな。それとあの奴隷なんだけど、奴隷の足枷とか首輪みたいなのはないだろ。あれって実際は奴隷でも何でもなくてさ、あの女を慕って付いて来た男って話だよ。もしかしたら隷属の魔法なのかもしれないけどね」
早い話、滅茶滅茶強いってことだな。
オリハルコン級だもんな。
人間レベルでの、最高点に達した者ってことだ。
どのくらい強いか知りたい気もする。
取り敢えず危機は去ったと、ハルトと俺は皆のいる天幕へ戻った。
そういえば食事をするとこだったんだよな。
そう考えたら腹が減ってきた。
天幕に戻るとそこには、空の鍋の前でポンポンに膨れた腹をさする、ラミとハピがいた。
「俺とハルトの分は?」
俺がそう言うと、ラミとハピの顔色が青ざめていく。
「こ、これは何かの間違いですわ」
「そうだ、また作れば良いじゃねえか、な?」
「お前ら三日間飯抜きな」
ハピとラミが石化した。
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