118 ハメられた!
俺達は早速、オグル魔王軍のいる魔王城へと向かう準備を始めた。
といってもこの二千人を動かすのは一苦労で、とても俺が指示を出して上手く動かせるわけもない。
先頭が動き出しても、一番後方部隊の兵が動き出すのに時間差が生じる。
それも計算して指示を出すらしいが、そういうのは慣れた者がやった方が良い。
そんな話の中、グースの部屋の前にいたグレイブ使いのダックの話が出た。
このダック、グースの護衛責任者ををやる前は、グース部隊の総指揮官をやっていた名将軍との話。
司令官歴二十年の大ベテランだったのだ。
今ここにいるオークの指揮官よりもベテランで、話を聞くと数々の武勲を上げてきたとか。
それならと、オークの指揮官の代わりにそのダックを新しく指揮官に任命した。
名前は“ハワード”と言うらしい。
しかし、ここで問題が勃発。
生意気にも、オークの中堅士官から反発する者が現れたのだ。
「おい、誰に意見してるか分かってるのか?」
少しイラッとした俺が、ドスの効いた声で威圧したが、反発したオーク士官らは、引こうとしない。
それならと。
「貴様ら、俺と戦って勝ったら意見を聞いてやる」
と言ったら、慌ててダックのハワードが仲裁に入った。
「ライ様、お待ち下さいグワ。オーク士官達の言いたい事も分かりますグワ。いきなり負けた部族の者が指揮権を得るというのは、中々聞き入れられない気持ちなのは分かりますグワ。そこで提案がありますグワ。オークの一番強い兵士と戦って、実力を見せるグワ」
なるほどね。
それは面白い。
今までなら、その戦いに参加する側だったが、今回は戦いを見物する側だな。
「いいな、その提案。オーク達、文句は無いな?」
オーク士官達も納得の様だ。
それでオークが勝てば、元通りのオークが指揮官となるつもりらしい。
まあ、その時は「俺の決定を覆すんだな?」と恫喝するだけだがな。
直ぐに野営地の真ん中で、オークにダックやゴブリンの士官クラスが、戦いの場を作るため円陣を組み始める。
その円陣の中央に、ダックのハワードと現指揮官のオークが立つ。
刃引きの武器か木剣を使うのかと思ったら、そんなものここには無いという。
つまり真剣での、命を賭けた戦いだ。
魔物っぽいなあ〜とか思いつつ、俺は試合開始の指示を出した。
審判はハピだ。
「始めっ、ですわ!」
ハワードは愛用のポール・ウェポンである“グレイブ”だ。
槍の様に長い柄の先には、幅広の片刃剣に似た刃が付いている。
牽制だろうか、そのグレイブを大きく一度振るい、直ぐに胸の前でピタリと止めて構えた。
風圧で地面に砂埃が舞う。
それを見たオークは僅かに微笑むと、持っていた短槍を肩の上で構えた。
そしてもう片方の手で、円盾による防御姿勢をとる。
そこで俺の隣りのダイが、念話を送ってきた。
『この戦い、ライはどう思う?』
俺くらいになると、この程度の戦闘は容易に先が読める。
「オークはきっと短槍を投擲して、同時に剣を抜きつつ接近戦闘に持ち込むつもりだろう。そしてハワードは投げられた槍を避け、接近するオークにカウンターの一撃を狙うだろうな。だがな、その一撃が円盾で防がれたら、きっとハワードはオークの短槍を喰らい不利になる。反対にハワードの一撃が当たれば、勝負は着いたようなもんだ」
『それは楽しそうだ』
しかし開始の合図が出された後も、両者は中々行動にでない。
一定の距離を保ったまま、円を描く様に動くだけだ。
イライラしてきた俺が声を荒げた。
「いつまでも時間はあると思うなよ!」
途端、二人の表情が豹変した。
「グワッグワ!」
「ウラ〜!」
ハワードのグレイブの刃が、先にオークへと届いた。
グレイブの刃は、革鎧の上からオークの脇腹をエグッた。
だがオークは歯を食いしばり、グレイブの柄を握りしめる。
ハワードの表情が曇る。
掴まれたブレイブがビクともしないのだろう。
そしてオークはグレイブの柄を握り締めたままニヤリとし、ハワードの肩口に槍を振り降ろした。
振り降ろされた槍はハワードの軽鎧を貫き、深々と刺さる。
相討ちだ。
直ぐにダイから念話が送られてきた。
『ライ、お前の予想……』
スルーだ。
「試合終了ですわっ。治療班、急ぐですの!」
こんな結果になるなんて。
俺は治療される二人の戦士に歩み寄る。
「す、素晴らしい戦いだったぞ。そうだな、戻ったら二人にはな、今より大きい部隊の指揮官をそれぞれ任せる」
すると治療班のオークが言った。
「二人とも……手遅れです……」
は?
冗談キツイぞ?
「おい、まさか、死んだのか?」
頷く治療班メンバー。
マズい、指揮官がいなくなった!
「お、おい、参謀がいたよな。そいつを直ぐに連れて来い。そいつを指揮官に繰り上げる」
俺がそう言うと、士官らしいオークが助言してくれた。
「ここに派兵する前にその参謀が、指揮官に対して序列を賭けた戦いを挑んで負けました。だからこの世にはいません」
こいつらは馬鹿なのか?
「他に将官クラスはいないのか?」
「残念ながら、序列争いでいなくなりました」
じゃあ誰がこの軍団の指揮を執るんだよ!
部下たちが俺を見つめている。
な、なんだその期待がこもった目は!
そこで頭の良さそうなオークの士官が前に出て、眼鏡をクイッと上げて言った。
「やむを得ないですね。ここは“魔王国”の支配者であるライ様、軍団長をよろしくお願い致します」
おい、今、一部聞き捨てられない言葉を放ったよな。
「おい、魔王国とはどういう事だっ、説明しろ!」
するとその上級士官は、全く悪びれもせずに答えた。
「ドーズの街も、グースの領地も、魔王様が現れたら差し出すのですよね?」
「あ、ああ、その通りだ」
だから何だと言うのか。
「つまり魔王様の領地、魔王国の誕生ですよ!」
言葉に詰まった。
何も言い返せねえ!!
その口が達者な士官の話はまだ続く。
「そしてですよ。魔王国の軍隊ですから、魔王軍なんですよ。そしてその軍団長は誰がなるのですか?」
「俺、ってことかよ………」
何故か大歓声が巻き起こる。
こういうの何て言ったかな。
―――――そうだ
ハメられた!
引き続き「いいね」のご協力をよろしくお願い致します。