110 魔人とハピが一騎打ちした
ハルトの渾身の一撃ともいえる斬撃が、魔人へと飛んでいく。
すると、先程までこちらの攻撃を無視していた魔人だったが、飛んで来るその巨大な斬撃に対して、無表情で手の平を前に出した。
手の平である。
そして斬撃は、魔人の手の平に直撃した。
その途端、斬撃は大きく破裂し、衝撃が煙と共に周囲に舞う。
あっと言う間に魔人が煙で見えなくなった。
「やったか?!」
ハルトの声が谷に響く。
しばらくすると、煙が晴れて魔人の姿が浮かび上がった。
無傷だった。
多少の焦げカスが付いているくらいだろうか。
少しだけ立ち止まっていた魔人だが、再び揺れる吊り橋を渡り始めた。
ハルト達が動揺を始めた。
自分達の攻撃が、全く効かない敵が現れたのだ。
動揺くらいするだろう。
愛剣を握り締めたまま悪態をつくハルト。
「何なんだ、何なんだあいつは!」
リンとヒマリはパニックに陥る。
「こっち来る、こっち来るよっ」
「イヤー、来ないでぇ〜!」
完全に戦意喪失だな。
魔人が不満そうに言ってきた。
「つまらん、この程度で終わりか。ならば我が魔王の座を奪うまでだ!」
魔王の座を狙ってたのか、こいつ。
だが奪うも何も、俺達は魔王軍じゃねーしな!
そこで俺が前へと出る。
「雑魚の分際で騒ぐな。まだ俺の攻撃が残っている」
「ほほう、口だけじゃないと良いがな。だが我がそちらへ渡りきった時が最後と思え」
「そうか、渡れたらの話だよな、渡れたらの」
小剣を引き抜き、吊り橋に走り寄る。
「これでどうだ!」
俺は上段の構えから、思いっきり小剣を振り下ろした。
正に一刀両断だった。
吊り橋の手すりロープの一本が、綺麗に切り落とされた。
その途端、吊り橋はくるっと回転する。
「おわっ!」
吊り橋の中央辺りにいた魔人が、寸でのところで渡り板を結ぶロープを掴んだ。
今や地獄の裂け目に、宙ぶらりん状態の魔人。
「くそ、もうちょっとだったのに。しぶとい奴だなっ」
俺の言葉が聞こえたのか、風に揺られる魔人が恨めしそうな目で俺を見て言った。
「貴様、卑怯な手を使いおって!」
「何を言うか。これが作戦というものだ。なあに、空を飛んでここまで来れば良いだけだろ。まさか飛べないのか?」
「……」
良し!
飛べない確定!
「さあて、そろそろ決着をつけさせてもらおうか――――ハピやれ!」
「任せて下さいですわっ」
ハピが両足の鉤爪を剥き出しにして急降下。
「ぐわっ」
魔人の背中を掻き毟ると、鮮血が地獄の裂け目に舞う。
「どうだ、留守番してたオーク達の仇だ!」
だが、しぶとくまだロープに掴まっている。
俺の後ろから、ハルトの囁やき声が聞こえる。
「す、凄いな。僕には真似出来ないよ……」
ちょっとやりすぎたか。
ならば、早いとこ終わらせる。
そう思って、残るロープを切ろうとして思い留まる。
やっぱり、ただ落とすだけじゃ気が済まん!
「ハピッ、そいつの頭を掻き毟れ!」
俺の声にハピが呼応する。
「ガッテンですわっ」
ハピは一旦急上昇し、高さを稼いだところで再び急降下する。
今度は先程よりも速度が出ているな。
そしてハピの鉤爪が、魔人の頭を狙う。
しかし、魔人は思わぬ行動に出た。
「こ、こいつ、わたくしの足に掴まっていやがりますわっ」
ハピの両足首には、魔人の両手がしっかり握られていた。
何とか振り落とそうともがくハピ。
魔人は振り落とられないようにと、掴んだ手を離さない様にと必死だ。
「ハピ、振り落とせ!」
「奈落の底に落としてやれ」
「ハピ〜やっちゃえ〜」
「落せ〜」
声援がもの凄い。
しかし除々に高度が下がり、二人共に地獄の裂け目の中へと落ちて行く。
マズい!
「ハピ、こっちだ。もっとこっちへ寄れ!」
ハピも必死に翼を羽ばたかせて、俺達の方へと近付こうとするが、降下する速度の方が早い。
「こいつ、離さないですわっ。ライさん、こいつをぶっ殺して下さいですわっ」
やれるものならやっている。
「誰かロープだ、ロープを持って来い!」
ミリーが持って来たロープを受け取り、直ぐにハピへ投げてみるが、全然届かない。
「駄目ですわ、短すぎですわ。早く、お、落ちてしまいますわ!」
何か方法はないのか。
魔法ならどうだ?
「ヒマリッ、魔法でハピを助けられないのか!」
ヒマリはハピの方を見ながら首を横に振る。
「魔人とハピが近すぎるのよ。あれじゃ魔法を撃てないわよ……」
俺はロープを自分に縛り付け、ハルト達に言った。
「俺がハピを掴んだら引っ張り上げてくれ、いいな!」
するとハルトが俺の両肩を掴んで言った。
「そんなの無茶だ。そんなんで助けられる訳ないだろ。ライ、もっと冷静になれっ」
その言葉で現実が俺にのしかかる。
ハピの姿が段々と小さくなっていく。
ハピの声も小さくなっていく。
「ライさ〜ん……」
必死に俺の名を呼んでいる。
「フハハハハ……」
魔人の高笑いも。
なのに何も出来ない。
俺は見ているしか出来ないのか。
全員が静まり、誰も言葉を口にしない。
俺は地面に両膝をついて、裂け目を見つめるだけだ。
そこへヒマリが俺に近付いてきて、肩にそっと手を置く。
「ライ、ハピの事だからさ……そ、その内ひょっこり、顔を出すよ……う、ご、ごめん……」
俺の肩に涙が落ちた。
ハピの歌声が懐かしい。
ハピの踊りが懐かしい。
ハピのタンバリンが懐かしい。
そんな事を考えていたら、ダイが念話を送ってきた。
『ライ、何か聞こえてこないか?』
何を言ってるのだろうか。
耳を澄ます。
ミリーの斑目狼達も聞こえてくるらしく、落ち着かない。
怖がってる様にも見える。
まさか……
全集中して、地獄の裂け目に向かって耳を澄ます。
「ああ、確かに聞こえるっ。聞こえるじゃねえか!」
タンバリンの音だ。
ミリーも聞こえる様で、若干脅えている。
人間なんかよりも聴覚が優れる斑目狼と、狼系のミリーとダイと俺には僅かに聞こえていた。
タンバリンの音色と歌声が。
しかし、しばらくするとその音と歌声が聞こえなくなる。
その代わりに、声が聞こえてきた。
「今戻りますわよ〜!」
それは他の者にも聞こえた様で、ラミや勇者達も大はしゃぎだ。
「声がしたぞ!」
「今のはハピの声だっ」
「ハピ〜」
「声した、声がしたよ!」
そして見えて来た。
除々に暗闇の中からその姿が薄っすらと。
俺は叫ばずにはいられなかった。
「ハピ〜〜〜ッ!」
手を振っている。
ハピが手を振っている!
誰もがハピの名を叫んだ。
そしてハピが地上に現れるや、俺の胸に飛び込んで来た。
「戻りましたですわっ」
「ああ、お帰り、ハピ!」
大歓声に包まれた。
勇者パーティーと魔物達が手を取って、魔物であるハピの生還を喜んでいる。
本当に不思議な光景だ。
人間の勇者に特殊個体の魔物に高ランク魔物、そしておとぎ話に出てくる魔物もいる。
改めて見ると変な一団である。
しかしハピが無事なのは良かった。
「なあ、ハピ、魔人はどうなったんだ」
そう俺が聞くと、ハピは自慢げに答えた。
「地獄へ叩き落としてやりましたわ!」
話を聞くと、落下の途中でタンバリンを思い出し、歌とタンバリンで恐怖を与えたそうだ。
それで怯んだ隙に、振り落としたんだそうだ。
地獄の裂け目は底が見えないくらい深い。
そうなると魔人が飛べないなら、恐らく助からないだろう。
つまり我々の勝利、いやハピの勝利だ。
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