108 魔狼の肉入りスープを作った
魔狼の毛皮は金になるのだが、ちょっと派手にやり過ぎた。
ズタズタ過ぎて、とても売れる様な状態じゃない。
ちなみに俺の変身は、勇者達には見られていない。
例え見られていても、あれだけ魔狼が暴れていたのだ。
見間違いで通すつもりだった。
さて、魔狼は片付いたから、さっさとここから立ち去るか。
と思ったのだが、そう簡単にはいかなかった。
というのも、勇者達はポーションで命を取り留めたとはいえ、まだ動かすのは危険な状態だからだ。
俺が胸に受けた火傷も軽傷とはいえないしな。
神官戦士のリンの意識が戻れば、治癒系魔法でハルトとヒマリの体力を戻せるのだが、肝心のリンの傷が一番酷いのだ。
ハルトとヒマリの意識は戻ったが、リンだけが閉じた瞼が開かない。
ヒマリが俺を睨んで言った。
「お絵描きはダメだからね」
こいつ、心が読めるのか!
てな訳で、どこかで休む必要が出てきた。
さすがに血の臭いがするここは、魔物が集まって来て危険だ。
そこでミリーの提案で、ここから少し離れた場所にある沼地で野営することにした。
沼地の周囲には植物が多く、姿を隠せるとの理由だ。
ただし植物系の魔物には注意が必要ではある。
到着してみるとミリーの言った通り、そこだけ草木が生えていて、まるでオアシスのような場所だった。
もちろん植物系の魔物の存在も確認出来る。
一応水場なのだから、魔物が集まって来るのではと心配だったが、沼といっても底なし沼みたいな泥の沼だった。
これじゃ水は飲めない。
それに期待した魚も獲れないか。
とりあえずここで、リンの意識が戻るのを待つ。
しかし考えてみると、なんと恐ろしい現場に居合わせたのだろうか。
俺達がいなかったら、勇者パーティーは全滅していたのだから。
だけど魔狼は魔王ではなかったのに、勇者パーティーはあのザマだ。
ハルト達はまだまだ弱いってことだ。
このままだと、本物の魔王と戦ったら瞬殺だな。
相討ちなんか期待出来ない。
とにかく今は療養が最優先だ。
幸いなことに、ハルトのマジックバッグのおかげで、食料と水には困らない。
とはいっても、オーク達の分までは気が引ける。
それでオーク達の食料は、魔狼の肉を持って来た。
オーク達もそれで良いという。
そういえば、俺は魔狼の肉を食ったことがない。
そもそも狼系の俺が、狼系の肉を食うのは抵抗がある。
それで聞いてみた。
「ラミとハピは魔狼を食ったことあるか?」
するとハピ。
「魔狼は食べたことないですわね。だいたい狼はあまり美味しくないですわよ」
そしてラミ。
「ああ、私も食べたことないな。ハピが言うように、狼はあまり美味しくないからな」
そして何故かミリーが加わる。
「斑目狼なら食べた事あるよ。ちよっと固いけど、まあまあだったかな〜」
こいつ、恐ろしい事言ったよ。
まさか、自分の配下の狼を食ったのか?!
ミリーの配下の狼達の尻尾が、後ろ脚の間に入り込んでいる。
怖がっている証拠だ。
やっぱりこの娘、配下を食ってるな。
俺も気を付けようっと。
しかし魔狼の肉か。
オーク達が魔狼の肉の下ごしらえを始めたのだが、何だかそれが旨そうに見えてくるから不思議だ。
さらに焼き始めた時の、魔狼の肉の旨そうな匂い。
我慢出来ずに、こっそり焼いた肉を貰ってしまった。
これが意外といける。
それならスープにも合うだろうと、こっそりスープに加えてみた。
そして何気ない顔して、夜の食事に出してみる事にした。
その夜、焚き火を囲みながら、改めてハルトが礼を言ってきた。
「ライ、本当にありがとう。君は命の恩人だよ。だけど良くあの強敵の魔狼のボスを倒したよな。ボスは真っ二つだし、他の魔狼はまるで獣に襲われた様なキズだし、どうやって倒したんだよ?」
う〜む、説明は考えてなかったな。
「あ、あれは魔道具で仲間割れさせたんだ。これは秘密だからな」
人間の場合は、こう言っておけば大抵話は通る。
秘密って言葉がポイントだ。
「そうか、凄い魔道具を持ってるんだな。だけどボス魔狼の傷口はまた種類が違うよな。そっちはどうやったんだ?」
その話は誤魔化さなくても大丈夫だな。
「ああ、それはハルトの剣をちょっと借りたんだよ。でもあの剣、凄い威力だな。光る斬撃が飛んで行って、魔狼を両断したんだよ」
何故かハルトは驚愕の顔で固まっている。
ハルトだけじゃない、ヒマリも俺を見て目を丸くしている。
不思議に思い声を掛ける。
「おい、ハルト、ヒマリ、どうしたんだよ」
するとヒマリが答えた。
「あのさ、ハルトの剣って魔剣なんだけど……」
へえ〜、魔剣だったんだ。
でも、だから何だと言うんだろうか。
逆に俺が不思議な顔をしていると、ハルトが真剣な表情で言ってきた。
「良く聞けよライ。この魔剣はな、大量の魔力を消費する代わりに、強力な斬撃が繰り出せる魔剣なんだ。その威力は魔力量に左右される。逆に魔力量が少い者は魔力を消費しただけで気を失う。だからこの魔剣が使える者は、ごく限られてくるんだ」
「えっと、俺の魔力が他より多かったって事だよな……」
何かマズい雰囲気だぞ。
「そうなんだけど、そんな膨大な魔力の持ち主っていったら―――」
「持ち主って言ったら、なんなんだよ……」
まさか、まさか、あの言葉が飛び出すのか!
勇者の口から、あの言葉が出るのか!
やめろ、やめてくれ!
ハルトは俺の目を見つめながら言った。
「大英雄ケンタロウ」
魔王じゃね〜のかよ!
「誰それ?」
「過去の転生者だよ。加護を持たない転生者だったらしいね。だから勇者とは呼ばれなくて英雄だったんだ」
脅かしやがって!
「何だ、俺も英雄だから問題ないじゃないかよ」
だがハルトは言う。
「加護もないのに、そこまでの魔力は前例がないんじゃないかな。でもライは転生者じゃないんだよな」
「違うな……」
でも人外です。
「これでライが人間以外だったら魔王だな、はははは」
笑えねえ。
ミリーも笑い出す。
「むふふふふ」
ハピとラミもニヤニヤしている。
こいつら……
ヒマリも興奮してきた。
「でも加護がなくてだよ、英雄の称号持ちでしょ。これは絶対に大英雄の再来でしょ。間違いないわよ!」
これは危険な流れだな。
ここは人間特有の魔法の呪文を出すか。
「盛り上がってるとこ済まないが、これは内密にしてくれるか。俺は普通の冒険者で在りたいんだ」
一気に黙り込むハルトとヒマリ。
何と凄い効果だな。
「冒険者の秘密」というワード。
ここは空気を変えるか。
「そ、そうだ。スープが冷めない内に食べよう」
俺の言葉に、ハルトが皿とスプーンを手に持つ。
「そうだな。折角ライが作ってくれたんだ。冷める前に頂こうか」
「そうね、そうしよ」
ヒマリも皿を手にした。
そして全員で一斉にスープを口に運んだ瞬間。
全員がスープを吹き出した。
“ライのスープは神”という伝説が潰えた瞬間だった。
味見をしなかった俺も悪いが、焼いて美味かった肉がスープにしたらここまで不味くなるのか……
だがオーク達からは、すこぶる評判が良かった。
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