104 吊り橋にトンボを見た
魔物と勇者の一団は、ドーズの街のさらに奥の森へと入って行く。
もうこの辺りになると、冒険者も滅多に来ない様な、荒れた土地となる。
既に魔物の領域でもある。
そうなると、ヒマリとリンがビビりだす。
「ねえ、ねえ、ハルト〜。何かヤバいとこ来てない〜」
「絶対強い魔物がいるって」
既に見える範囲でさえ、ウニョウニョと蠢く、植物系の魔物が数体見える。
そうなるとかなり警戒しながら進まないといけない。
そしてそこから進むこと一刻。
遂に来てしまった。
“地獄の裂け目”と呼ばれる場所に。
大地の裂け目が延々と続いていて、その裂け目が荒れ大陸との境界となっている。
荒れ大陸の方を見ると、その名前の通り荒れ果てた土地が広がっている。
不毛の地とまではいかないが、こちらに比べると草木が極端に少ない。
その裂け目に架かる、ほとんど利用する者がいない吊り橋。
荒れ大陸には珍しい鉱石や薬草などが存在する為、時折訪れる冒険者が足を踏み入れる為の橋だ。
その吊り橋を渡れば荒れ大陸となる。
魔狼はその先にいる。
吊り橋を渡るには、馬車では無理だ。
置いて行くしかない。
留守番にオーク兵を五名置いて、吊り橋を渡る事にした。
見るからに切れそうなロープ。
そして腐り落ちそうな木板。
あれを渡るのかよ、嫌な予感しかしないのだが。
そっと谷底をのぞいて見る。
裂け目は奥まで光が届かないほど深く、底なんて暗くて全く見えない。
落ちたらまず助からないだろうな。
「さて、誰から渡る?」
俺がそう聞くと、ハルトが真っ先に手を挙げる。
「フッ、そういうのは僕に任せてくれ」
女の前で恰好付けたいんだろうな。
良いよ、恰好付けさせてやるよ。
「そうか、悪いな。じゃあ一番手はハルトってことで」
と俺が言うと。
「じゃあわたくしが二番手ですわ」
とハピが手を挙げる。
「いや、お前は空飛べるだろ」
「あら、残念ですわ」
面倒なので渡る順番は、俺が勝手に決める。
そして一番目のハルトが吊り橋を渡り始めた。
時々風で揺れるが、ハルトはものともせずに一気に渡り切って見せた。
さすが勇者だな。
これでこの吊り橋もまだ現役だということが分かったから、ここからはドンドン渡らせて行く。
「ヒマリとリン、次行くんだ」
「無理、無理、無理だから」
「私達は後、心の準備させてよ〜」
情けない奴らだな。
仕方ない、後回しにするか。
オーク達を先に歩かせる。
そしてラミやミリーと狼達。
ここまでは問題ないのだが、少しだけ吊り橋が傾いてきた気がする。
「ヒマリにリン。お前らの番だぞ。早く渡れ」
今やこっち側にいるのはヒマリとリン、そして俺の三人だけだ。
そこからさらに四半刻が経過して、やっとのことで二人が動き出した。
「ヒマリ、行くよ」
先に動き出したのはリンの方だ。
そしてリンに抱き着くようにして歩き出すヒマリ。
「絶対無理だから〜」
この場に及んで、まだそんな事を言ってやがる。
ギャーギャー言いながらも、何とか吊り橋の中央くらいまでたどり着いた時だった。
「もう無理〜」
ヒマリが座り込んでしまった。
リンは必死にヒマリを説得するが、自分も怖いこともあってそこから先へは中々進めない。
向う岸からのハルトの声援も効果ないようだ。
そこへ現れたのが巨大なトンボ型の魔物が一匹。
それほど強い魔物ではないのだが、かなり素早い動きをする。
ハピが迎撃のために上空へ飛び立つが、素早さではトンボの方が抜きん出ている。
ハピを避けて、ヒマリとリンの方へ急降下してきた。
普段のヒマリとリンならトンボ程度の魔物など、簡単に退けられるのだが、今は揺れる吊り橋の上という状況である。
それどころではないようだ。
そもそも二人とも、常に両手でどこかに掴まっている状態。
とても離すことなど出来ない。
つまり戦闘なんて無理というもの。
「ったく、面倒な奴らだよな」
俺はひとりつぶやきながら走り出す。
もちろんヒマリとリンがいる、吊り橋の中央へだ。
だが……
「いや〜!」
「お願いだから揺らさないで〜」
叫びまくるヒマリとリン。
それを無視して走る。
「ハピ〜、頼むっ!」
叫びながら槍を投げた。
槍はトンボの胴体に突き刺さる。
トンボはそのまま落下していく。
そこへハピが急降下。
見事トンボに刺さった槍を引き抜いた。
「ハピ、サンキューな。ついでにヒマリを運んでもらえるか!」
「良いですわよ!」
ハピがヒマリを運ぼうと近付いて来る。
しかしヒマリ。
「空飛ぶとか、有り得ないから。ムリムリムリ!」
断固拒否の姿勢だ。
仕方ない。
「ハピ、運ぶのリンに変更!」
「ガッテンですわっ」
ハピはリンを後ろから抱えるや、あっという間に上昇する。
「い〜や〜」
リンの悲鳴が大空に響き渡った。
そしてギャーギャー騒ぐもう一人、ヒマリをお姫様抱っこするや走りだす。
そして何とか全員が、吊り橋を渡り切ったのだった。
「ほら、着いたぞ。ヒマリ、首に回した腕を解いてもらえると有り難い」
ヒマリが俺に抱き着いたままだ。
「あ、いや、違うの。ご、ごめんなさい……」
ヒマリの顔は真っ赤である。
スッピンだからか、まるで少女のようだ。
ヒマリを降ろしてやると、視線は合わさず礼を言ってきた。
「あ、ありがと。これでも感謝してるんだから……」
視線は合わさないが、俺をチラ見してくる。
「ああ、旅の仲間だからな。お互い様だ。気にするな」
すると何ともいえない表情をした。
俺が行こうとするとヒマリが指で俺を突付いてくる。
なんなんだよ。
「なんだ、まだ何かあるのか?」
「私、お風呂入ってないから……く、臭くなかった……かと思って……で、でも、いつもは綺麗にしてるのっ」
あああ、面倒臭いなあ。
「俺も臭いから気にならない。それより先へ進むぞ」
何故かヒマリが拗ねた顔をした。
ったく!
言いたい事があったら、はっきり言って欲しいぞ。
ほんと、人間は難しいな。
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