102 芸術は難しかった
勇者ハルトが見せたのは、ブラックバーンと名乗ったワイバーンの長の首だった。
俺との約束で、定期的に魔道具を提供してくれるはずの相手。
そう簡単にやられるような奴じゃなかったはず。
仮にもワイバーンの長だぞ?
バックにはドラゴンもいるんだぞ?
それだけこいつらが、強くなったという事なんだろう。
勇者の成長は早いからな。
さすがに俺も動揺が隠せない。
「ハ、ハルト。ひとつ聞いていいか」
「この翼竜の首の事か?」
分かってはいるが、確認せずにはいられなかった。
「ああ、そうだ。それってワイバーンの群れの長の首だよな」
するとハルトは少し驚き気味に言った。
「へえ~、良く知ってるな。そうなんだよ。ワイバーンの群れを殲滅してやろうとしてたんだけど、その中にいた偉そうな黒い個体がなんだか話し掛けてきたんだ。始めは“魔物がしゃべった!”って驚いたけどさ、直ぐに気を取り直してね。攻撃してやったんだよ」
「え? 話し掛けてきたのに問答無用で攻撃したのか」
「まあそうなんだけど……僕達って勇者パーティーだろ。魔物と平和的に会話とかないでしょ。相手が転生者とか人間の獣魔なら話は別だけどさ」
それは俺が魔物とバレたら問答無用で斬りかかって来るってことだよな。
仲良くなれたと思ったんだが、やはり相手が魔物じゃ駄目なのか。
ハルト達って、日常的に魔物を殺しまくってるからな。
いちいち区別とか面倒なんだろうな。
「それで、ワイバーンは殲滅したのか?」
「うーん、それがあと少しのところでドラゴンが出て来てね、魔力も減っていたこともあって退散したんだよ」
ヒマリとリンが「本当に大変だったんだからね~」とか言っている。
そりゃその姿を見れば大変だったと思うよ。
ボロボロの姿だからな。
しかしブラックバーンを倒したとかすげえな。
そこへラミとハピが話に割って入る。
「ハルト、それでワイバーンの肉は持って来たんだよな!」
「モモ肉ですわ!」
やはり喰う事かよ。
するとハルト。
「へえ、ワイバーンの肉って美味しいのか」
そう言ってマジックバックからブラックバーンの片足を取り出し、皆の真ん中にドスンと置くハルト。
ラミとハピがどよめき、そして直ぐに言葉を投げかける。
「な、ハルト、これ喰っていいか?」
「ちょっとだけなら味見して良いですわよね?」
人が良いハルトは、その肉をその日の皆の食事に提供してくれるという。
獣魔達は嬉しそうだが、俺は知り合いの魔物が食事の材料になったみたいで、何とも言えない気持ちなんだがな。
それにこれで新しい魔道具は手に入らなくなった。
残念過ぎる。
馬車で走り続けていると、まだ陽は高いのだが、いつの間にか獣魔達は寝てしまった。
ハルトはウトウトはしているが、馬車が大きく揺れる度に目を覚ます状態が続いている
しばらくすると、ヒマリとリンが寝息を立て始めた。
そして最後まで起きていたハルトも、とうとう完全に眠ってしまった。
俺も疲れてきたんでオークを呼び寄せて、御者を代わってもらう事にした。
乾燥肉をかじりながら、移り行く外の景色を眺めるのも悪くない。
そんな事をしていると、ふとヒマリの寝顔に目がとまる。
化粧が崩れてしまっていて、ブチ模様の子犬みたいな顔になっている。
鼻には煤が付いていて、尚更子犬にしか見えない。
これって髭を描いたら完璧じゃね?
俺は無意識の内に、使い古したランタンに付いた煤を指で拭っていた。
そして指に着いた煤で、ヒマリの頬に左右三本ずつの棒線を描いた。
髭の完成である。
なんか凄く上手く描けたという自信が湧いた。
そうなると欲が出てくるもので、閉じた瞼につぶらな瞳を描きたくなる。
片目を描いてみた。
自分で言うのもなんだが、完ぺきな出来だ。
俺にはこんな才能があったのか!
そうなるとテンションが上がってくる。
残る片方の瞼に目玉を描こうと、もう一度ランタンの煤をタップリと指に着ける。
そして再びヒマリの顔を覗き込んだ。
両方の目が俺を見ている。
おかしい。
俺はまだ片方しか目玉は描いていないはずだが。
そうなると、あれだ……
「ねえ、あんた人の顔で何やってるのよ……」
俺のコメカミに嫌な汗が流れる。
周囲の温度が一気に下がった様な感覚に捉われる。
ヒマリが目を覚ましたようだ。
「あ、いや、その、なんだ。これは違うんだ。誤解するな。これは人間の芸術ってやつだ。そうだ、俺は才能があるんだ」
何を言ってるか自分でも分からない。
ヒマリが手鏡らしきものを取り出し、自分の顔を覗き込む。
「これが……芸術だと……」
みるみる内に可愛らしい子犬だった表情が、血に飢えたケルベロスへと変わっていく。
―――食い殺される
久しぶりに感じる恐怖。
そして覚悟を決めた時だった。
パフー!
角笛の音。
新しく導入した、オークの緊急用の角笛の音だ。
それが鳴ったということは、非常事態って事だ。
角笛の音は、前方を行くジャイアントボアに騎乗するオークからだ。
馬車が急停車して、荷台が大きく揺れた。
「何だ、何があった!」
真っ先に飛び起きたのがハルトだ。
「もう、何よ~、折角寝付けたとこなのに~」
続いてリンが起きた。
そして直ぐに二人は異変に気が付く。
「ヒマリ、何の真似だ!」
「ヒマリ? どうしたの、ウケるんだけど!」
そっちの異変かよ。
さっきまでケルベロスだったヒマリの顔が、今や赤面状態だ。
危機回避の、またとないチャンス!
俺はいつもより大騒ぎして見せた。
「前方のオークから警告の笛の音だ。気を付けろ。魔物かもしれないぞ!」
そう言って俺は槍を手に持ち、サッサと馬車から飛び降りた。
ダイも馬車から飛び降りたが、ラミとハピの二人は相変わらず起きて来ない。
俺が警戒していると、前方からオーク騎兵が走り寄って来た。
「狼、群れ、発見!」
狼の群れ。
それは魔狼が率いる群れの可能性がある。
しかし魔狼の目撃情報があった場所は、まだ先なんだが。
何だか嫌な予感がする。
「ダイ、ラミとハピを大至急叩き起こせ!」
ダイが馬車へ行っている間、後方のオーク達の乗る獣車が近付く。
獣車が止まるや、乗っていたオーク兵達が次々に地面に降り立つ。
そして俺を守るように戦闘態勢をとった。
しばらくすると、そこへハルトとリンが加わる。
ハルトが俺の横に来て、前方を睨む様に見ながら言った。
「腹がよじれるほど笑ったよ」
「……」
返す言葉が見つからなかった。
誤字脱字報告、「いいね」のご協力ありがとうございます。
引き続きよろしくお願い致します。