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直違の紋に誓って  作者: 篠川翠
第三章 若木萌ゆ
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雨の田原坂 (3)


 夜になると、警視隊の他の面々も植木に移動してきた。戦闘が終わった後も、なかなか夕食が届かない。だが、別の隊からの命令があったのか、星が瞬く頃にようやく木葉から酒や食事が届けられた。夕食を終えた後は、僅かばかりの自由時間となる。

 振り返ってみると、戊辰の戦いも含めて、初めて剛介は「勝者」の位置に立ったことになる。だが、このやりきれなさはどうしたことか。

「浮かぬ顔をしているな」

 昼間の疲労もあり、寝台に横たわってうとうとしていた剛介は、窪田の呼びかけに目を開け、体を起こして寝台から降りた。

「窪田様」

「勝ったのだろう?」

「まあ……」

 本日の戦いは、勝利には違いなかった。

「想像と違っていたか」

 剛介は何と答えていいか分からず、しばらく黙っていた。そこへ、宇都もやってきた。

「民を巻き込んだことを、苦にしているのか」

 あの、「火を掛けるように」という命令に、剛介が躊躇したことを言っているのだろう。剛介は、それもだが、と続けた。

「子供を手にかけるというのは、後味が悪いです」

 剛介の言葉に、二人は顔を見合わせた。一昨日の、剛介の「十四歳で出陣した」という話が頭にあったのだろう。今度の戦では、攻守の立場を入れ替えて、剛介は子供を手に掛けた。

「だが、そうせんとお主が死ん羽目になったじゃろ」

「分かっている」

 宇都の言葉は、正論だ。だが、それだけではない。

「我々から見れば子供でも、死んだ当人はそのようには思っていなかっただろうな。違うか?」

 窪田が剛介の思いを代弁するかのように、宇都に説明した。

「そうでしょうね」

 剛介も、窪田と同じ意見だった。少なくとも、かつての自分や窪田はそれぞれの藩の一員として、戦った自負があった。恐らく、昼間手に掛けてきた者も、あの頃の自分らと同じ思いで戦場に立っていたはずである。それだけに、何とも言えないやりきれなさが残るのだ。

「昼間斃してきた者のうち、一人は十五だったようです。英語の日記を携行していましたから、薩軍に入らなければ……」

 剛介は、溜息をつかずにはいられなかった。

「だが、遠藤。都度同情していては、命取りになるぞ」

 窪田がやや厳しい口調で、剛介に注意を促した。

「はい」

 窪田や宇都の言う通りだ。ここは、あくまでも戦場なのだ。

 そこへ、菅原がやってきた。何かの紙片を手にしている。上官である窪田がいるのを見て、一瞬動揺を見せたが、すぐに表情を取り繕った。

「遠藤、聞いたか」

「何を」

「坂梨で、佐川大警視が討死されたらしい」

 坂梨は、阿蘇口にあるところだった。菅原の話を聞くと、剛介よりも先に、窪田が顔を強張らせた。

「それは、本当なのか」

 佐川官兵衛は、かつて、会津の家老であった。剛介等とは別に、豊後から九州入りし、阿蘇地方に転戦していた。阿蘇の各地で暴民が立ち上がり薩軍に呼応しようとしていたので、この征伐の任に当たっていたのである。

「間違いない。戦死者の名簿に、名前があった」

 巡査などはまとめて報告されるので、いちいち名前が出ることはない。ただし、一定の役職についている者が死傷した場合は、兵卒にもその知らせがもたらされた。

 佐川という名字は、この地に来てからはあまり聞かない。菅原の知らせは、会津の佐川官兵衛で間違いないだろう。かつて、会津と庄内は同盟関係にあったから、「鬼官兵衛」の名前は、菅原の耳にも届いていたのかもしれなかった。

 窪田が目を閉じて、天を仰いだ。その眼尻には、うっすら水っぽいものが浮かんでいる。生粋の会津人である窪田には、衝撃的な知らせであったに違いない。しばらくすると、窪田がぽつりと呟いた。

「阿蘇の地で、国難に殉じられたか」

「国難……」

 窪田の言葉に、剛介も考えざるを得ない。確かに、今度の戦いは旧薩摩藩の人間が引き金を引いた。だが、もはや「薩長の恨み」などと言っている段階は、とうに過ぎている。確かに、毎日数百もの戦死者が出ている以上、国難としか形容するしかない。





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