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直違の紋に誓って  作者: 篠川翠
第一章 二本松の種子
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棚倉城落城(1)

「何っ!」

 二本松の陣営に、緊張した声が走った。

 六月十五日、磐城の泉藩主である本多能登守が急使を矢吹に遣わしてきて、「正親町中将が奥羽征討のため軍艦七艘で東下し、弊藩(泉藩)は嚮導の命を受けた」と知らせてきたのである。

 東軍が白河口の戦いに気を取られ、海防を念頭に置いていなかったのは、迂闊であった。諸将は相談して、相馬以南の諸藩を防御に当たらせることにした。仙台兵一千余り、米沢兵三中隊及び純義隊、相馬兵、棚倉兵二千余りがいわき三藩の海岸防衛に向かった。それだけで、白河口の東軍の戦力は大きく削がれたことになる。

 さらに、十七日。再度棚倉藩の使者が矢吹に来て、薩摩藩、大村藩の軍艦が常州平潟に着岸したという。

「間違いはないのか」

 丹波は顔を青ざめさせた。棚倉は、平潟と磐城(いわき)を結ぶ中間にある城下町である。平潟を押さえられたとなれば、海路を使って西軍が大挙して北上し、挟撃される恐れがある。

 西軍が急遽棚倉攻略を決めたのは、新たに参謀補助の座に就いた板垣退助、伊地知正治(いじちまさはる)らの意見も大きかった。板垣は、「戦が始まってから随分と日が経つが、このままずるずると長引けば恐らく天下が二つに割れてしまうだろう。棚倉を急襲してこれを取り、東軍を脅すべきである」と主張した。棚倉は白河方面と磐城方面を結ぶ中間地点にある。西軍側の戦略としても、白河と磐城の連携を断つ必要があった。

 丹波が危惧したように、西からは因習、備前、柳川、佐土原(さどわら)諸藩の兵が来て白河城の本隊と合流した。また、薩摩、熊本、佐土原、岡山、柳川、大村の兵は薩摩、長州、大村の軍艦三艘を差し向けて海路から平潟に上陸した。


 西軍の勢いは止まらない。二十四日未明、板垣らは兵七〇〇を率いて、棚倉に攻め込んだ。東軍は金山村(現在の白河市)にある関山に砲台を据えて、棚倉街道沿いにある郷戸村の切通しに胸壁を築いていた。この場の守備についていたのは、会津の小森一貫斎、木村兵庫、土屋鉄之助、仙台の佐藤宮内(くない)らである。また、一部の相馬兵・棚倉兵も混じっていた。

 午前五時頃、西軍は三方向から攻めてきた。東軍は狼狽してこれを防ごうとしたが、半刻ほどの銃撃戦を経て、ついに敵わなかった。敵にかなわないと見るや、東軍は須賀川にいる本隊へ救援を求める使者を出した。だが、間の悪いことに、前日は大雨だった。川は増水し、橋が流されて道が寸断されていた。そのため、東軍としてもまさか西軍が攻めてくるとは思ってもみなかったのである。

「須賀川から援軍が来る前に、棚倉を落とせ」

 板垣は、そのように命じていた。

 西軍はそのまま驀進(ばくしん)し、棚倉城の不意を襲った。元々、磐城方面や白河に多数兵を出していた。したがって、城中には戦を任せられている者がわずか三十人あまりしかいなかった。

 午後二時頃、棚倉城から火の手が上がった。既に、棚倉を守っていた元城主阿部正静は福島方面にある、棚倉藩飛び地の保原を目指して落ち延びていった。

 須賀川の陣営にも「棚倉危うし」の報がもたらされると、東軍は白河城へ再び兵を差し向けた。西軍の多くが棚倉を攻めている間に、白河を奪還しようと試みたのである。だが、兵の人数があまりにも少なく、城内から軽くあしらわれて、かえって撃退されてしまった。

 二十四日に棚倉城が落ちると、棚倉応援の二本松三個小隊は仙台の兵と共に引き揚げて、関和久に陣を敷いた。二本松隊は兵を分遣して川原田に陣を張り、釜の子を警衛した。丹羽主膳が、内藤隼人に代わって隊長になり、斎藤半助、黒田傳太が故青山甚五右衛門、故丹羽舎人に代わって軍監になった。


 ***


 この知らせを、剛介たちは木村道場で聞いた。

「仙台は何をやっているんだ」

 虎治が目を吊り上げている。仙台兵のやる気のなさは、既に少年たちの耳にも入っていた。

「それを言うなら、会津だって不甲斐ないじゃないか。そもそも、この戦は会津を助けるために始まったのだろうに」

 ふんふんと鼻息も荒く、孫三郎が銃を磨いている。

「棚倉が落ちたとなれば、物資の流通も厳しくなるな」

 この前までは「落ち着け」と言っていた水野も、暗い顔をしていた。

 剛介も、落ち着かなかった。在京の藩士は、既に禁裏から「賊名」と名指しされ、禁足処分を受けていた。そのことも、少年たちの心に暗い影を落としていた。そもそも、幼帝を誑かしている賊軍は、薩長ではないか。それに追従する西の諸藩も、どうかしている。

「やはり、我々も戦わせてもらうべきだ」

 虎治が言った。

 そうだそうだ!と、皆が息巻いている。上の方々にお願いしてみよう。

 意見がまとまり、誰が嘆願書を書くかという意見が出た。

「剛介。嘆願書を頼む」

 父親が書の師範を務めていることもあり、剛介は比較的達筆の部類である。剛介が腕まくりをしたその時、銃太郎が静かに言った。

「だめだ」

 まさか、銃太郎に止められると思わなかった一同は、驚いて銃太郎を見つめた。銃太郎が言葉を続ける。

「お前たちは、藩の大切な御子だ。これからの二本松藩の将来を担う人材でもある。その大切な種を、むざむざと外に捨てに行かせるわけにはいかない」

 銃太郎の言葉には、千金の重みがあった。

「でも若先生。武士の本懐は、主君の前に死すことでしょう」

 銃太郎の言葉に負けじと、虎治が言い返す。

「今、我々が先生から銃や砲の撃ち方を教えていただいているのは、何のためですか。このような危急の場合のためではないのですか」

 篤次郎も、声を張り上げた。

 正論であった。さすがに、銃太郎も返す言葉がない。

 とにかく、認められない。そう言うと、銃太郎は一旦その話を打ち切った。


 翌日、朝も早くから杉田村に出かけていった少年たちは、いつもにもまして気合が入っていた。昨日、銃太郎から従軍を止められたのがよほど悔しかったと見える。

 大八車に砲弾を積み込み、杉田村に到着するやいなや、早速虎治と篤次郎が砲弾を詰めて、鬱憤を晴らすかのように、ドオンと放った。五丁先程に、もうもうと土煙が上がった。

「突撃!」

 銃太郎の号令と共にわあわあ言いながら、少年たちが腹這いの姿勢から素早く起き上がり、一斉に駆け出す。

 あの木立の一本々々が、西軍の兵だ。きっと、隼人様の分もかたきを取ってやる。

 目的の柳の木にたどり着くと、剛介は、袈裟懸けにスパッと柳の枝を切り落とした。

 



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