推し文化とは何か
営業をしたことがある人ならわかることだが、営業の八割から九割は、「接待をする」、「接待を受ける」活動でしかない。
私たちは、こうした接待を通じて、コミュニケーションを図り、つまり、連絡先を聞き出し、予定を調整し、好みや癖、段取り、ケアといったものを常態化させることで、モノやサービスを、顧客に対してスムーズに提供するという仕事をしているのに過ぎない。
この時、接待の費用、主には飲み食いの費用になるのだが、は、どちらが払うのかというのには、ルールがあって、2000年までは、主に、売る側が支払うのが、社会通念だった、といえるだろう。
この傾向は、2000年以降に、交際費の額が減少するのに従って、様子が変化し、現在では売り手が支払うのではなく、買い手が支払うというべきではないか?という信念の系が文化としての推し文化を形成し始めている。
つまり、サービスといして、未熟なものを提供することしかできないのだけれど、その未熟さを愛することができるのか?という挑戦の機会を提供する対価を要求するという訳だ。
この、推し文化の報酬系を、明治以降、日本の民法の体形で審判するなら、他者の情にすがり、社会的な効用を低下させるという意味で、おそらく、軽犯罪に相当するだろう。
ただし、現代という時代は、国家や社会に拠らずに、個人が発信力を持ち得るかもしれないという意味での変化をしようとしているのであるから、推し文化というものを捉え、民法および、軽犯罪法の既定の変化が必要なのかもしれない。




