続・異世界サンドイッチ
前作https://ncode.syosetu.com/n5397gr/のまさかの続編。
「殿下との婚約の解消をお願いいたします。」
前世。
OL時代の記憶が蘇って早数週間。
私はようやく父との面会が叶ったので、前置きもなく言い放った。
突然アポを取ったと思ったらとんでもないことを言い出した己の娘に対し、切れ者宰相と名高い父も、流石に一瞬理解できなかったようだった。
「…今、何と」
「ですから、殿下との婚約の解消をお願いしたく。」
「…理由は。」
「お父様。お父様は私のこの生まれてより、そして婚約後の一層の努力については存じていただけておりますでしょう。」
「ああ。であるからこそ、お前以上に王妃に相応しいものもないと言っている。」
「評価については嬉しく存じます。ですが、だからこそ、殿下との信頼関係が全く結べていない以上、国益を損ないかねない、と愚考いたします。」
生まれながらの王妃の器、と褒めそやされ期待されている私は、”エル”を家名に賜る高貴な家柄に連なる者として、孤児院への寄付や就労支援などを始め、平民の生活向上にはかなりの労力を割いている。
国に対する忠誠も厚く、献身的で、民からの評判も群を抜く。
私本人の資質と、家の評価。
その2点をもってすれば、如何に私を将来の王妃として選ぶことが国益にかなうか普通は理解できるし、表立って私が王太子殿下の婚約者であることを否定できる者はいない。
当然だ。
家の評価は私にどうにかできるものではないが、私の評価は私の努力の賜物である。残念ながら私に対する評価を上回れるような令嬢は、同世代には存在しない。
だからこそ、王太子殿下との婚約がなったのだ。
そんな簡単なことを理解できない殿下ではないが、殿下の私に対する扱いはあまりいいとはいえない。
分かりやすく余所余所しい態度に言葉。私のことを微塵も考えていないことが伝わるプレゼント。
私が気に入らないのは好みの問題もあるので構わない。しかし時期国王として、将来のパートナーに対しこうも露骨に好き嫌いをみせるというのは如何なものだろう。
気に入らない同盟国の人間にも同じことをするとはさすがに思わないが、こうもわかりやすくては心配にもなる。
私の前世の記憶、OL時代の記憶が殿下を残念なお子ちゃま認定してくるので、最近は私も殿下を残念なものを見る目で見そうになり、どうにか堪えているのが現状である。
父も、王太子殿下の態度については心当たりがあるのだろう。一瞬、その鉄面皮と評される顔が歪む。
私自身の素質が素晴らしく完璧なため王太子殿下本人ですら言い出さないが、普通の家同士の婚約だったらとっくに婚約解消になっていてもおかしくないくらいのぞんざいな扱いを受けているのだ。なんなら両陛下が殿下に苦言を呈すくらいには。
本人も、私と家の後ろ盾があった方がいいということは理解しており一応表面上は取り繕っているのだが、なんというか、甘い。
特に、OL時代の記憶が蘇ってからは、その甘えた態度が鼻につくようになってしまった。
「…この国に、お前ほど王妃として向いている人材はおらん。」
父は、私個人にとっていい父親とは言えないが、忠臣といえるし、人間性が悪いわけでもない。なんなら、私の王妃としての資質を誰よりも認めている節もある。そして、王太子殿下の資質について疑問視している。
私も父の能力については全面的に信頼を置いている。国にとってマイナスとなるようなことはしない男である。
だから、こういえば動いてもらえるという勝算もあった。
「実は私、心に病を得ましたの。」
晴れやかな微笑みで告げると、父は何か異物を飲み込んだかのような表情になった。
「…何を言っている。」
「ですから、心に病を得ましたので、王太子妃として、ひいては将来王妃として、やっていける自信がなくなりましたの。」
「…そんなにも、か…」
ユーミリア・エル・エルブリテは、完璧な令嬢である。
令嬢中の令嬢である。全ての令嬢の見本である。
だから、王太子殿下の甘ったれたクソガキのような態度にも令嬢としての矜持を失わず、…まあ、だからこそ王太子殿下は私に対してこじらせているのだというのがOL時代の私の見立てである。
容姿は端麗でありながらそれを磨く努力を怠らず、同盟国全ての言葉を流暢に操り、歴史に精通し、流行を生み出すカリスマ性があり、高位貴族でありながら平民からも支持されている、向かうところ敵なしなパーフェクトビューティ。
それが私であり、そんな私が病むとすれば、王太子殿下が理由以外にあり得ない。
そう父が判断したのがわかったが、私が病んだ理由は、実際は“ナフィットネニリテヌンド”の存在が解せなくなったためである。
王太子殿下程度の小物、王太子妃教育によって手に入れた私の鉄の心を揺らすには足りない。サンドイッチ以下である。
…果たして、サンドイッチ如きで揺らぐ心が鉄なのかという疑問もないではないが。
「…お前には、苦労を掛けるが…」
正直なところ、家のためという意味では、私が王族に嫁ぐ利点はほぼない。
王家との繋がりは父が宰相職を務めており、兄は国王陛下を守る近衛として侍っている。何なら、母は王妃陛下の信篤き友人である。
私が王太子妃になることには当然反対の声は上がった。しかし、国益という観点から私以上に王太子妃に相応しい人物がいなかっただけのことである。反対派ですら、私以上の人間を対抗馬として推すことができなかったのだから、私という人間の価値がわかるだろう。
それを分かっていないのは、私の婚約者だけである。
そして、婚姻までは残り3年を切っている。婚約を解消したとて、現時点で私以上に国母として相応しい令嬢が存在しないのも確かだ。
ゲームではこの後、男爵令嬢の出現により私はあっさり捨てられるのだが、それを言えば何故お前がそんなことを知っているのかという話になってしまう。私は荒ぶるOLの記憶はできれば隠していきたいのだ。
だから父が宰相として、婚約解消に同意しないのも無理はない。無理はないのだが。
「お父様。お父様が宰相として、私以上に王太子妃に相応しい人間がいないと認めてくださるのは嬉しゅうございます。ですが、無理なのです。」
「…ユーミリア、そんなにもか…」
父はそこで初めて、宰相ではなく父親の顔になる。国益が優先されるとはいえ、父親としての情がないわけではないのだ。
「すまない、我々がもっと殿下をお諫めしていれば…」
「いえ。あの方は私のことを嫌っておりますので、言うほどに頑なにおなりです。そこはもうどうでもよいのです。」
所詮殿下など雑魚同然。
「では、何故?」
父の中には当然、殿下以外に私が病む理由を見いだせようはずもない。
当然だ。父に、私の中に荒ぶるOLが住み着いているなど、想像の余地もない。
だから、想像の埒外の私の言葉に、父が理解を放棄するのも仕方がないことであり。
「私、“ナフィットネニリテヌンド”がよく解らなくなってしまったのです。」
即日、領地での静養を申し付かったのは当然の成り行きであった。