201X年 病室にて
201X年
卓也と口論になり階段から落ちた 榊 帆乃花はベッドの上に居た。
うとうと一日中退屈な入院生活も終わりが近い。病室で誰かの話し声や気配を感じる。
私は健忘症の疑いがあると言われているらしい。
「ひろ……ひろ……」
無意識に眠りから覚めた私はひろの名を呼んでいた。
私の顔を覗きこんで声をかけて来る。
「帆乃花 またそんな名前……彼はもう居ない。亡くなったんだ、昔。」
起き上がりゆっくりと立って窓辺から外を眺めた。
病室の下に続く桜並木は満開の時を迎え、何かの喪失感に塞ぎこむこの心を少しは彩ってくれる。へえ 桜の木って真上から見る機会って滅多にないな……なんて考える。
「なあ、俺のこと本当にわからないか?……卓也だよ。お前の夫……」
「ふうん……みかん」
「え?」
「みかんある?」
「ああ そこにあるぞ」
私は彼にもみかんを一つ渡す。
「俺、果物アレルギーだし……まじかよ。まじで……」
今朝ナースから見ていいと許可が出た為スマホを出す。
目的はただ一つ。Twitterを見ることだった。
返事しなくとも永遠に話しかけられる会話をほぼ無視していた。
「な?聞いてる?本当に俺を忘れた?」
「ああ、ちょっと待って。」
「……まあ、それはそれならまあいいか。それにしてもなんで あいつの……」
Twitterには私の馬鹿げたツイートが残っていた。記憶を手繰り寄せるように見る。
そう……私は忘れるのが苦手……いっそのこと忘れてしまいたかった。後悔ばかりがあとを絶たない意味のない結婚……。
そこには、見れば暗くなるような言葉ばかりが並んでいる。
結婚相手を間違えた
自業自得と言われてもこんなはずじゃなかった
こんな人だと思わなかった
モラ夫なのかな
もう終わりにしたい
今まで生きてきてこんな風に思うのは初めてかもしれない
消えたい
が最後の呟きだった。
そこからしばらく空いたために『大丈夫ですか?』
『全てここで吐きましょう。いくらでも聞きます』と見ず知らずの人達が返信してくれていた。
その中にあったコメントに私は止まる。
『消えたいくらいなら逃げましょう』
名も無き英雄さんのアイコンを押した。
住んでる場所にはこう書かれていた―――楽園じゃない場所
◇
数日後、眠っていると病室で電話の話声が耳に入った。
『あ 奈々ちゃん。うん。そう 階段から。』
『俺のことは分からないみたい。でもあいつの名前を言ってた』
『え?まさか、連絡取れないだろ』
もしかして……血の気が引く様な嫌悪感の後ろで淡い期待が胸を打った。冷めきっていたこの胸に鋭い何かが駆け抜ける。ひろは……生きてる……?
私は、思い切った行動に出た。
Twitterでツイートする。
私の大事な人 ひろを知ってる人いますか?
見ず知らずの人から色々とコメントが届く。
しかしそれは全て、意味深な私のツイートに突っ込む内容のものだった。
そんな中、名も無き英雄さんからフォローされた。
ダイレクトメッセージで、入って来たのは
『知っています』
だけだった。




