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だから僕は君に片思いをする  作者: 江戸 清水
この世界からいなくなったなんて嘘だよね
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上手くいかないときはいつも君を(帆乃花)

 201X年


 今日あの歌を口ずさんだ。君が好きだったあの歌を。歌わないように聴かないようにして来たあの歌を……。


 君がこの世界から消えたと聞いてから、信じたくなくて、確かめるのも怖いまま、ちゃんとお別れしなかったから……。


 いつも上手く行かないとき思い出すのは君のことばかり。


 何度も自分に言い聞かせた。

 よくあるただの初恋、高校の恋、ひとつの恋……。だけどそれは、終わった恋ではなく置き去りにした痛くて脆い恋だった。



 ◇◇◇


 200X年


 携帯が鳴る。パチっと携帯を開き見知らぬ番号に通話ボタンを押した。


『もしもし!帆乃花(ほのか)?』

『……はい』

『白石奈々子(ななこ)。西高の分かる?』

『西高……奈々?うん 分かるよ』

 懐かしい高校の同級生。懐かしさより彼女の声音に本当に奈々なのかと疑う程の緊張が伝わってくる。


『……あのさ……ひろが亡くなったって聞いた?』

『………………』

 何も言葉が出ない、ショックだとか驚きだとか、どうしてか等の疑問も感情も反射的に浮かぶはずの何かが、一切浮かばない。

 しかし奈々からは容赦なく言葉が飛び出した。


『電車、電車に飛び込んだらしい……。』


『………………』


 どれ程無言だっただろう……。走馬燈の様に頭の中をひろとの日々が駆け巡る。荒れた日々が……そこに映るひろは笑顔なのに、笑顔ばかりなのに。ひろは厳しい家の長男でいつも何かから逃げてたけれど、自ら命を絶つなんて思えない……。


 気づけば電話は切れていた。


「どうしたの?」

 キッチンでお湯を沸かすもうすぐ結婚する予定の卓也(たくや)の声にビクッとした。

「……高校時代の友達から電話あって」

「え?高校時代の友達って?連絡とってんの?」

「……いや、知らない番号だった」

「で、何だった?」

「ひろが、……亡くなったって」

「え……なんで?」

「……電車に……ひかれて」

「うわ……それなら……葬式も全部身内だけだな。」

「私……」

「だめだ、行ったらだめだ……。またお前のせいだとか言われる」


 婚約者の卓也はひろと同じ高校の先輩。


 ひろと私は高校時代、周りから反対され親にもアイツには関わるなと言われ、ひろの親にも関わるなと言われ……。


 高校卒業と共に、私はひろに恋した自分を置き去りにした。

 きっと私は、ひろの数パーセントも理解出来ていなかった。理解したつもりで、寄り添う事しか知らなかった。

 そこまで苦しかったなんて…………知らなかった。


 ごめんね…………ひろ



 それ以後日課のようにネットで、ひろが入ったかもしれない大学の最寄り駅の人身事故履歴を追った。どこにも個人名は出ていなくて年齢性別程度では何もわからない。ひろと繋がっている人間も居なかった。

 高校卒業後から、ひろがどう過ごしたのか知る術も無かった。


 確かめるのも怖かった。本当に亡くなったという証拠を見つけたらきっと私は耐えられない気がした。だから心の中にひろは生き続けた。

 私は逃げた……いつものように流された。



 ◇◇◇


 201X年


 この結婚は失敗だった……。押し流されたんだから自業自得。



「だから絶対に別れない!すぐに帰ってこい!!」


 デパートの階段踊り場で大きな声が響く。夫の卓也だ。いつも些細なことで逆上し、私は友達と食事に行く事さえ奪われ。ふさぎ込んだ日々に等々疲れて家を飛び出すこと数回目。何枚目かの緑の紙を持ち、話し合いの為会ったデパートの喫茶店からここへ移動した。私が話にならないと店を出たのを追ってきたから。

 たかが紙切れ一枚の関係を解消したくて堪らない私は行き場を失った。


「俺はお前と居たいんだよ。ずっと。」

「もう無理、こんなはずじゃなかった……なんで結婚したんだろ……。」

「大事にするから」

「大事になんてされた事ない……」

「なんだよ その顔、もう俺の事どうでもいいのか?別れたい、逃げたいだけかよ。そうやって自分本位にすぐ逃げたがるんだな」

「自分本位……?いつも自分勝手なのはそっち……」

「え?どこが」

「もういい。こんなんだったらもう……消えたい」


 卓也の声とは対象的に小さな声ながらも捨て台詞を吐いた私の腕を掴む卓也。私はただ触られるのも嫌で振り解いたその時

 私は落ちた。階段から……落ちた。


「帆乃花ーーーー!!!」


 ああ、こんな時まで浮かぶのはひろの顔……やっぱり勝手に過去にしがみついて美化して苦しいとき引っ張り出すのはひろなんだ……なんて他人事のように冷たい痛みに身を委ねた。


 私は忘れるのが苦手なのかも知れない。あの時あの人はあんな顔をした。あの時この人はこう言った。私はこう思った。だから私は、疲れやすいし、いつからか自分を抑えて塞いで、生きにくい……。

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