第七話 白と黒が住まう書庫 前編
にこにこの瑞人。
むすっとした勇気。
二人の様子を少し離れて伺う私。
ちょっと風変わりな面子で街を抜け、山の奥、森林の奥へずんずん歩いていく。
「ど、どこへ行くの?」
私が不安そうに聞く。このまま帰られなくなったらどうしようと考える。
「ふん、どうせ書庫へ行くんだろ。しかも俺は書庫に入れないままで終わりだ」
むすっとしたまま黙っていた勇気がようやく声を発する。
「書庫って?」
私が聞く。どういう場所に行くのか知っておきたかった。
「知らねぇ」
「知ってるんじゃないの?」
「入ったことねぇからどういう場所かは知らねぇよ。けど、入ったことあるやつから聞いた話だとよ、本がすっげーいっぱいあるらしいぜ。だから書庫って呼ばれてる。全く、黒賀に会わねぇと俺は帰らねぇからな!」
「く、黒賀?」
疑問が沢山出てくる。どうやら書庫という場所には黒賀という人、いや猫がいるらしい。
「仕方ないなぁ、本来勇気には書庫に入れないで外で待ってもらうつもりだったんだけど」
それを聞いて勇気が声を荒らげる。
「は!?なんでさくらは入って俺は入れねぇんだよ!ふざけんな!」
瑞人の胸ぐらを掴む勇気。すごい形相をしている。うん、怖い。
私は慌てるのと驚くのとで口を小さくぱくぱくさせる。
瑞人は一瞬痛みに顔を歪ませた。しかしすぐに口角を上げる。
「君の頭の上にある耳はお飾りなのかな。仕方ないって言っただろう?だから入れてあげるよ、本当に仕方ないなあ」
「なんだよその上から目線の口調!俺より3つ年下なくせに生意気言うんじゃねぇ!」
3つ年下にしては勇気のほうが幼く見える....が気にしないでおこう。
「実年齢より精神年齢の方が重要って聞くよ?」
「それって俺がお前より精神年齢が低いって言ってるのかよ!」
「はいはい、謝るから離してくれない?服破れる」
勇気は手を離すが、まだむっとしていてお冠のようだ。髪の毛が逆立っている。
猫は怒ると毛が逆立つ。
(まるで猫みたい。あ、元から猫か)
などとふざけた事を考えているうちに、書庫にたどり着いた。
書庫と言っているが、館といったほうが正しいような気がする。五階建てくらいの洋風な大きな建物だ。入り口には木製の両開き扉がある。なんだか物静かだと思ったのは窓のカーテンが全て閉じられているからだった。建物のどこを見ても開かれている場所はない。
たしかに空はすでに青くはなっていないが、カーテンを閉める時間には早いはずだ。
疑問に思いながら書庫の入口へ行く。
「ここが書庫......」
「さぁ、二人とも入って。お茶くらいなら出してあげられるよ」
瑞人が左側の扉を開けて入るように促す。中は薄暗く、よく見えない。
私は勇気の顔をちらりと見る。勇気は至極真面目な顔をして和人を見ている。
怒りの感情より緊張と恐れが混じったような顔をしていた。
緊張はわかるが、なぜ恐れの感情があるのだろう。
考えながら私は先に入る。勇気が後ろから慌てて入る気配がした。
中はたしかに薄暗い。ろうそくの灯りとカーテンから漏れ出るかすかな光で周りが見える。私は入ってすぐに立ち止まった。勇気が動かない私の肩を叩き、「どうした?」と言うのが聞こえたように感じたが、そんなのは些末なことのように思える。
私は目を輝かせた。
「うわぁ....」
私は感嘆の声を上げる。そして、飛び出した。
「んんん?おい、どうした!?」
勇気が追いかけてくる。
そのとき和人が扉を閉めた。扉を閉めたことでより暗くなっているが、ろうそくの光で十分だ。
部屋の奥まで行って立ち止まり、ぐるりと一回転して部屋を見渡す。
この館が書庫と言われる所以。
そう、想像の通りではあったが、それよりも。
想像以上の大量の本があった。
ちゃんと虫干しされているらしく、そこまで腐敗はしていない。
みどりの部屋の何倍もの量がある。
私はその中の一冊を手に取ろうとした。しかし、そのときに邪魔が入った。
「勝手に触れないでもらおうか」
低く、暗い声がして声の方を振り向く。
そこには腕を組んで睨む黒髪の少年がいた。勇気も痩せ型で色白なのだが、彼はもっと痩せ身で、顔が少し青白い。猫耳が生えているかどうかはもう言わなくても分かるだろう、言わずもがな。
勇気が焼け付くような太陽だとしたら、この少年は暗い闇のような感じだ。
それでいて勇気と同じような印象を受けるのはなぜだろうか。
「一階にある本棚の全ては俺が管理している。俺の許可なしに触るのは厳禁だ」
「黒賀!」
勇気が睨みながら言う。本来の猫だったらシャーっと威嚇しているような状態だろうか。
「ご、ごめんなさい。大事なものだとは気づかなくて...」
「...まあいい。今回は許してやる。たが瑞人、なぜこんな脳筋を連れてきた?こいつは必要ないだろう」
「誰が脳筋だ!」
勇気が吠える。
「いやぁ、勇気君に胸ぐら掴まれちゃってさ。結構痛かったから仕方なく入れてあげたんだ。ごめんよ」
瑞人は肩を竦める。
「まあ、そいつは体力だけはあるやつだからな」
軽蔑したように黒賀が言う。
「なんなんだよ!」
それに対して勇気が怒る。
「どいつもこいつも俺のこと脳筋呼ばわりしやがって!さくらは違うよな?」
「う、うん」
脳筋であることは確かな気がするが。ここは黙っておくのが良いだろう。
「まぁ、そんなことはどうでもいい。瑞人、早くさくらとかいう奴を連れて行け。勇気の相手は俺がする」
「分かった。勇気、頑張ってね」
「頑張るってどういう意味だよ......」
和人は私の腕を引っ張る。
私は腕を離してもらい、瑞人についていった。
勇気と黒賀がいるところからだいぶ離れたところで和人がいつもと違う悪戯な笑みを浮かべた。
「運が悪ければ、勇気は今日で猫生を終えるかもね」
どういう意味かと聞こうとしたところで、遠くから爆発音が聞こえた。
勇気がいる場所からだ。
「勇気!」
駆け出そうとする私の肩を掴む瑞人。
「君が行ったところで、どうこうできるわけじゃないだろう?余計ややこしくなるだけさ。それに勇気は運動神経いいから、なんとかなるさ」
「......」
「さ、行くよ」
歩き出す瑞人。
私はこの先にいる者が気になりつつも、勇気を心配しながらついていった。
今回中に箏音を出すことが出来ませんでした...
次回にはかならず出ますのでお楽しみに。