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間隙の恋  作者: 吉祥天天
第一章
6/30

6 松澤さんという人


 全ての発表が終わり、引き続き検討会に移る部課長と主任クラスが別室に移動し、その他の人達もゾロゾロと退室して行った。

 私は残って岡本さんと一緒に会議室を片付けていた。

 給湯器のお湯を抜いていたら、殆ど残ってなくて、危うく空焚きする所だった。

 岡本さんは「今日はいつもより沢山聞きに来てたから、途中でお水足すべきでした・・・すみません」と平謝りだ。



「確かに今日は大勢だったねー」とコンセントを抜きつつ溜息混じりに応える。



「なんでかしらね、お陰でより緊張してしまったわ」



 緊張の理由は勿論それだけでは無かったが、いつもの面子だけならあんな事にはならなかっただろう。



「ああそれは、珍しく松澤さんが関わっているからって聞きました」


「え、松澤さん?」



 私はゴミをまとめていた手を止めて岡本さんを見た。



「『久々のレジェンド登場かぁ』なんて坂本さん言ってましたもん。結構松澤さん目当てに二課の発表まで残っている人が多かったと思いますよ」



 つまり私のあの十分の発表を聞くために?

 知らなかった、というか知らないで良かった。

 知ってたらもっともっと緊張してしまう所だった。



 戸締りをしてから共に会議室を出る。

 総務に鍵を返却する岡本さんと別れて廊下を進むと、エレベーターの前で松澤さんが一課の課長と随分話し込んでいた。

 そういえば、報告会の最中も誰彼となく松澤さんの隣の席にやって来ては、発表そっちのけで話し掛けていたような。

 近くに座っていた私からは、それらを松澤さんは少し迷惑そうにいなしていたように見えていたのだが。



 松澤さんは来年定年を迎える五十九歳。

 私が入社した時には既に黄昏社員という風情だった。

 転勤や異動の無い地域職を選択していて、始業ギリギリに出勤して来て終業と同時に退社する毎日。

 就業中もずっと謎の電話をしているか、何か考えているのか腕を組んだままジッと目を閉じて座っていたり、窓際に立ってじーっと外の景色を見ている事が多い。

 課内の歓送迎会の類にも一切参加せず、普段から仕事の用向以外の事は話さない。

 正直あまり関わりたく無い、苦手な人と認識していた。

 入社したての頃は。



 昨年の下期に入ってから、時々松澤さんを手伝うよう主任に言われ、少しずつ話すようになった。

 頼まれた時だけ調べ物をしたりデータをまとめて解析したりして報告していたのだが、やってみて初めて、松澤さんの緻密で真摯な仕事振りを知り、徐々に見る目が変わっていったのだ。

 その内私の方からも提案や質問など積極的に関わるようになり、そうして進めて行った結果が今日の報告に結びついた訳なのだが。



 何だか松澤さんて奥深い人なのかも、と思っていると、課長との話を終えた松澤さんが私に気付いて立ち止まってくれていた。

 慌てて追いついて「お陰様で発表を無事終えられました。ありがとうございました」と頭を下げた。



「いやいや、萩野さんの実力です。良かったですよ」


「いえ、松澤さんに指摘されてやっていた事が役に立ったので」


「実際に何をするかはその人次第ですよ。ーーーー今どきの情報を得るには今どきのアプローチの仕方があるんですね・・・私も勉強になりましたーーーーよく、頑張りましたね」


 私たちは企画部のエリアの前まで戻って来ていた。



「ーーーーでも、萩野さんは今後困った立場になるかもしれませんねぇ・・・・」


「え?」



 それはどういう意味ですか、と松澤さんにもう一度聞こうとしたら、丁度終業の音楽が短く流れて、同時に一課から数人の男女が出て来てすれ違った。



「あ、オギノさんも一緒にどう?」



 すれ違いざま声を掛けてきたのはなんと乾さんで。



「この後、報告会の発表者による発表者のための反省会と言う名の宴会をするんだけど、良かったら是非」



 ニッコリと魅了する笑顔で宣う乾さんだが名前を間違えている。

 そしてどうやら私を宴会へ誘ってくれているらしいが、周りの私服組女子達の目が冷たい。



「あの、折角ですがまだ仕事が残っているのでーーーー」


「それなら終わってからでもーーーー」


「ほらあ、乾くん先行って席確保しなくちゃあー」



 強引な出来るお姉さま、宝来さんがぶった切って終わらせてくれた。

 最早一課の発表者とか私にとっては鬼門だ。

 今すぐ仕事が終わったって絶対に行きません。



 その場をやり過ごして二課に戻ると、松澤さんは既に退社した後だった。

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