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間隙の恋  作者: 吉祥天天
第一章
4/30

4 いざ、報告会


 着替えて十七階に上がる時も知った顔の同期を捕まえて連れ立って歩き、フロアでは一課の前を避けるルートで二課に入った。

 各デスクの上に今日の報告会のアジェンダが配られていて、内容を確認する。

 いつもの通り一課で大部分を占めていて、『倉吉 哲』の文字に反応して見てみると、今期の社内でも重要な大規模プロジェクトの内の一つのテーマの報告者として名が挙がっていた。

 他の担当メンバーもやり手からベテランまで名の知れた企画部員ばかりで、時間も長く見積もられている。本当に凄い仕事をしている人なんだ、と改めて知る思いだ。

 それが、何で。



 この倉吉さんとあの倉吉さんとが余りに違っていて、あれは、やっぱり夢か私の妄想かもと納得しかけた時、



「おはよう、萩ちゃん」



 二課で事務を担当している丸尾さんが声を掛けてきた。



「おはようございます」


「すごいね、萩ちゃん。報告会デビューだね」



 眼鏡の奥の目を目一杯細めたニコニコ顔の丸尾さんは二課の癒しの存在だった。

 一課より人員の少ない二課には女性社員が私を含めても四人しか居ない。

 後の二人は四十代既婚者なので、二つだけ年上の丸尾さんとは自然と話す機会も多くなるし、事務処理に至っては入社以来手取り足取り全面的にお世話になっているのだ。

 そんな丸尾さんが配ったであろうアジェンダを見て声を掛けてくれたのだろう。



 捲って二枚目を辿ると、終盤に二課の四テーマが並んでいて、二個目と三個目の間に✳︎印で私のテーマと名前が記載されていた。

 担当メンバーとして松澤さんの名前も記載されている。

 時間的にも部長のコーヒーブレイクの話題提供という位置付けなんだろう。

 主任もそう言っていたし。

 それでも嬉しくて擽ったい。

 そして、緊張する。



「ははは、頑張ります・・・」


「うん、大丈夫大丈夫」



 丸尾さんは元気付けるように肩をポンポンと叩いてくれた。



「折角の報告会デビューの記念撮影をしようと思っていたのに、今日はカメラ禁止なんだって。スマホも回収されるそうよ」


「へぇ・・・」



 そんな事があるんだ、と一番下の注意書きを見ると、確かに、カメラ録音機の使用禁止、企画部以外入室お断り、とある。



「時々こういう事あるのよね、何か社外秘のテーマなのかもしれないけど、今日なんか折角ツートップ揃ってお立ち台なのに、残念がる女子が多いだろうな」



 最初のテーマの発表者に『乾 浩介』と企画部のもう一人のエースの名前があった。

 しかしお立ち台ってーーーー。

 そこが可笑しくて笑う。



 「会議室に女子社員が溢れない為の予防策かな?」と笑って離れて行った丸尾さんは、もしかしたら私の緊張をほぐして元気付けようと思ってくれたのかもしれない。

 やっぱりあの人は二課の、そして私の癒しだ。

 有難うございます、丸尾さん。

 私、頑張ります!



 通常業務を前倒しで詰めていた為、午前はあっという間に過ぎた。

 時折会議室から戻って来た主任達が「あれは凄いな」とか報告会の感想を漏らしているのを聞き流しながら自分の事に集中する。

 「二課の報告会は三時からです」と、丸尾さんが知らせてくれた。

 一課のテーマでかなり時間を費やしたのだそうだ。

 まあ、いつもの事らしいけど。

 資料の最終チェックをしてメモリを持ち、一つ深呼吸をして私は会議室に向かった。

 毎回、二課の発表時は部長と両課長以外、暇な二課の部員がポツポツいる程度でのんびりした雰囲気の中で行われるーーーーはずだった。



 大会議室の入口に一課の事務担当の岡本さんが座っていた。

 一課は人数が多いので事務担当がもう一人居る。

 彼女が部署に残っているのだろう。

 一課は女性も多いのだが、年上年下関係無く皆バリバリ仕事が出来る人ばかりだ。

 男性同様外勤も多く、普段社内でも制服ではなく私服のスーツを着ているのもあって、自分とは違うというか、気軽に話しにくい雰囲気なのだ。

 その点岡本さんは今年の新入社員で、数少ない後輩として親しみを持っている。

 今も入っていくと、声を控えながら「スマホをお持ちならお預かりします」と微笑んでくれた。



 言われるままスマホを出すと番号札を渡された。

 岡本さんの後ろのカゴには結構な数の携帯電話が並べられていてーーーー。



「え? 一課がまだ終わっていないの?」



 小声で問いただすと、「もう二課が始まってますよ」と教えてくれる。

 まさかと思いながら扉を開けると、その通り二課の一個目の担当である田淵さんが発表していた。

 でも、でも! 一体何で?

 どうしてこんなに一課の人が大勢残っているの?



 端の空いた席に腰掛けて辺りを伺って見たが、座席は半分以上埋まっていて、見慣れた二課の人よりも一課の人の方が多いくらいだった。

 ベテランから主任クラス、若い人も居てーーーーって、え? 最前列に座っている後ろ姿は、もしやーーーー!



 二つ目の発表が終わり、休憩が言い渡された。

 照明が点灯して明るくなり、退室する人やサイドテーブルに用意された給湯スペースに各自飲み物を用意しに行く人などで雑然とする中、私は前に出て発表の準備に取り掛かる。

 どうか退室しますようにーーーーという私の祈りは叶えられる事なく、飲み物を手にしてやや寛いだ部長の「始めていいよ」の声がしても、最前列には倉吉さん、乾さんの二人が並んで座ったままだった。

 前列付近は特に女性社員が多くて視線が突き刺さるようだし、怖くて顔を上げられないものの、倉吉さんが尋常じゃない鋭い目線で睨んでいるのが判った。

 もう、徹底的にそっちは見ない事にしていたけど。



 そんな中、後方の席に座る松澤さんに気付いた。

 松澤さんは、椅子の上で伸び上がるようにしてこちらを見ていた。

 私を気にしてくれているのか気難しい顔色だ。

 ああ、松澤さんに心配を掛けてはダメじゃないか。

 ここまでくるのに本当にお世話になったのに。

 しっかりしなくてはーーーー私は頭を練習の最初へ巻き戻しをして、「よろしくお願いします」と一礼した。

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