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間隙の恋  作者: 吉祥天天
第一章
20/30

20 白翁さん(3)


 店で聞いた通り、線路沿いを歩いていると、程なく散髪屋のグルグル回る印が見えてきた。

 手前は賃貸マンションだったので、散髪屋を通り過ぎてその隣にたどり着くと、なるほど、茶色の屋根に白い壁、サッシの引戸という、一見普通の家か店舗のような佇まいの建物だった。

 壁の掲示板には、『七夕まつり』の告知が貼ってある。

 引き戸は倉吉が手を掛けるとカラカラと軽快に開き、誰でも入れるようだった。



 中はがらんとしていた。

 屋根裏の桁を支える柱が数本並ぶだけの何も無い床に、踏石が一列敷かれていて、奥の祭壇まで続いている。

 祭壇といっても、床から数段上った所に小さな古びた祠が置かれているだけの簡素なものだ。

 その祭壇の向かって右の柱には色とりどりの色紙で出来た千羽鶴が掛けられていた。

 反対の左の柱にはーーー。



「『翁』の能面だなーーー」



 倉吉が近寄って見上げている。

 刻まれたいく筋もの皺、白い髭で柔和に笑む古ぼけたその面は、能を観たことがない私にもそれと分かった。

 先程の店の人が言っていた、これが『白翁さん』のしるしなのだろう。



 パン、パン、と拍手し、拝礼した倉吉は、暫くブツブツと何か呟いていたが、最後に一つ拍手しそれを終えると、振り返って言った。「少し説明しておくよ」ーーー。



 椅子も何も無いから柱を背に私たちは立っていた。

 窓が少し開いていて、そこから心地良い風が室内に入り、千羽鶴が時折揺れている。 

 粗末なお社ではあったが、供えられている緑葉は艶があって瑞々しく、掃除も行き届いているようで、塵一つ見当たらないなー、とそんな風に床に目をやっていてーーーー途端にゾワっと鳥肌が立った。

 床の踏石が・・・墓石のような薄いグレーの石だったはずなのに、今はレンガ色になっている!!

 たった今変わったーーー? 恐らく、倉吉が拍手したその時に。

 何で、こんな仕事中に結界を閉じるんだ。 

 今から始まる話って、そっち? そっち系の話なのーーーー?



「午前中に俺がこのエリアの担当者から得た情報によると、再開発事業はともかく、あの小学校の用地に関わるなら、先ずは此処『白良髭明神』に挨拶するべし、との事だった」


「ーーーー」


「まあ、それが『白翁さん』なんだが、その理由は大体さっきの店で聞いた話でもわかったがーーーーこの『白翁さん』は昔から長くこの土地にあって、地域の人との関係も大変良好なんだそうだ。特に子供が大好きで、例の、社の土地を譲って此処に移転する時も、当時の担当者の記録によれば、子供たちのためならと快く応じてくれたのだそうだ」


「・・・・」


「ただ、その時の唯一の条件が銀杏の樹を残すことだったらしい。永い付き合いの樹を惜しんだとか。今でもーーーたぶんこの時間も、『白翁さん』は大抵小学校の銀杏の樹の上に居るか、子どもたちと一緒になって遊んでいるそうだ」


「・・・・」



 恐るべし、『白翁さん』。

 白良髭明神ーーー明神って、神さまでしょ? それが子供たちと一緒に遊ぶって・・・ボール蹴ったり、縄跳び跳んだり? 神さま何やってんのよ。

 もしかして、さっき運動場に、いた? いたの?

 恐るべしーーー。

 


「ーーーーつまり、再開発事業の成功の可否をも、あの小学校の案件が左右するかもしれない。ちょっと大事になってきたーーーー」


「あのー・・・」


 私は小さく手を挙げて倉吉を止めた。



「すみません、頭が付いていかないんですが・・・今の話は倉吉さんの裏稼業の話・・・じゃないんですか?」


「は? 裏稼業・・・って何なんだ」



「だってーーー」と私はトントンとレンガ色の石を示して、「そういう話をしてるんですよね? そこに仕事の話が混ざってくるので理解が追いつかないんですが・・・・」


「・・・・」



 暫く沈黙した倉吉は、ふぅー、と息を吐いて「そこからか」と呟いた。


「いや、悪かったーーーーひとまず、俺の裏稼業は置いておくとしてーーー結界を閉じたのは『白翁さん』を話題にしてその名を呼んで説明していれば、呼び寄せてしまう恐れがあるからだ。だから聞こえないように結界の中で話したかった」



 倉吉は「そうだな・・・」と思案しながら話し出す。



「一般的に建築工事の際に地鎮祭や棟上式を行うのは知っているだろう? 俺がしているのは、言わばその前段階の調査の話だ」


「前段階?」


「そう。何処の土地でもそこには歴史があって、そこでそれらをずっと見護っている存在がいる。それらに敬意を払う為に地鎮祭などは執り行われるが、でもそれは計画も何もかも決まった後の、着工直前の話だ。出来ればそれ以前、計画段階より前に色々知って対処しておく事で、より良い企画を立案出来るし、拙い場合は撤退の判断も可能だ。実際工事が始まってから差し障りがあって建設を中止することになったり、完成しても長続きしないで廃れてしまうこともある。あらかじめこういう準備をして進めたプロジェクトは概ね上手く行く事が多いんだーーーー変な横槍さえ入らなければ」


「・・・・」


「その前段階が『上』が関わる領分だ」


「『上』?」



 「オフィスタワーの上層部だ」と倉吉は言う。

 つまり、あの誓約書にあったアレか!

 我が社のある『ミツワ・エアタワーズ』のオフィス棟には、主にミツワグループの企業中心に入居していて、特に三十階より上はグループの上層部が占有している。

 グループの会長室や取締役会議とかする会議室や応接室なんかがある筈だーーーー勿論滅多な人は入れない。

 私も、入社式の時に一度だけ三十階のホールに入ったきりだ。

 つまり、グループの上の方で動く話ということで・・・。



「ーーー通常は『上』がネットワークを使って必要な情報を集めて、その中の必要な情報を必要な部署に下ろしている。今回も『上』からの指示だーーー直接田所主任に報告は出来ないが、いずれ業務に反映される」


「それをーーーー何故私に?」


「まずは萩野さんのため。その土地に関与するにあたって、こうやってあらかじめ顔を見せて挨拶しておく方がその後何かとやり易いからーーー俺はいつもそうするようにしている」



 それに、萩野さんは守秘義務の宣誓をしただろう? だから話せるんだがーーーと倉吉は言う。



「ーーー本当の所、俺としてはチームのメンバーは勿論、工事関係者から行政の面々に至るまで、その土地に関わる全ての人に知って欲しいと思っている」



 そう言うと、倉吉はゆっくりと目線を上げた。

 剥き出しになった屋根の裏側の梁にズラリと額装の写真が並べられていた。

 その大部分がお祭の写真でーーーー色褪せた古い物から最も新しい昨年の物までーーーー法被姿の子供達が神輿を担ぐ様子や、神輿に担がれる『翁』の面を付けた高齢男性を写している物が多かった。

 それら全ての人に笑顔が溢れていたーーー。



「萩野さんが報告してくれた紙の記録の調査や地域住民への聞き合わせで、その土地の歴史や由来、現在の需要や問題点、将来像などを知った上でこの『白翁さん』のことを知ると、見えてくるものもあるはずだ」


「ーーーー」


「どうだ? やっぱり『巻き込まれたくない』『知りたくなかった』と思うか?」


「ーーーっ!」



 どきりとした。

 見透かされていたというのもあるが、尋ねた倉吉の眼が一瞬揺らいだように見えたから。


「ーーーーいいえ」



 「そうか」と倉吉は少し表情を和らげた。「ーーー先祖伝来の地を長く護っている所と違って、俺たちの仕事で関わるのは、主に数年単位で所有者や用途が変わるような土地だ。我々一人一人ははたかだか数十年しかそこに居続けられず、すぐに入れ替わってしまう。百年、千年単位で其処に在り続けているモノたちの意向を少しでも汲むことで、その数年、数十年という期間をより長く出来るんじゃないかと・・・そう願っているんだ」



 最後の方は独り言のように呟いた倉吉だった。



 「知って良かった」とまでは言えない自分がいた。

 まだまだ、訳の分からないモノを忌避したい気持ちは拭えていないし、出来れば避けていたい。

 けれど、このお社の写真や、さっきの話からも、『白翁さん』と地域との関係性はよく分かった。

 その関係性を損なわないように考えるのが、それを知った私たちの役目なのだということもーーーー。




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