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間隙の恋  作者: 吉祥天天
第一章
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2 夕暮れ時の邂逅


 必ず定時で退社する松澤さんを五分だけ引き止めて発表を見てもらい、最後のダメ出し部分の修正や残務処理をして事務室を出たのが午後七時前のこと。

 あの日はノー残業デーでフロアに残っている人は少なく、廊下も人気が無かった。

 エレベーターの前に行くと全て一階に向けて降りている状況で、三階分なら階段で行こうと非常扉を抜けたのだった。



 十七階から更衣室のある十四階に行く途中、十五階部分に隣の店鋪棟の屋上庭園に出られるゲートがあり、 丁度そこへ行きがかって庭園の方を見るともなく目を向けた、その時。

 ピカピカっと眩しい光が明滅したようなものが見えた。

 あれ、何だろう、雷? まさか、傘持ってきて無いよー、とか考えながら空模様を確認する為に屋上庭園に出たーーー。



 日没の時刻で空が薄青から紫に変わりつつある中、所々茜色に染まった雲がポツポツ浮かんでいる程度で、雨の心配は無さそうだった。

 普段お弁当を食べたり、仮眠を取っている人もいるお昼の賑わった様子と違い、誰も居ない夕暮れ時の庭園は、清々しいけど何処か寂しく見えて、私はふと下の風景を見たくなり、植栽が並んでいるフェンスの方へ歩み寄って行った。

 その、目の前で、ピカピカっと夕陽が反射したかと思うと、



(えーーーーー!?)



 そのピカピカが人の形を取った途端、目の前にスーツ姿の男の人が立っていた。



(ーーーーーー!!)



 声は出てなかったと思うーーーでも心臓が止まる程のショックで固まっていた。

 目の前に突然現れた男性は、こちらを向いた瞬間驚いた表情をしたかに見えたが、すぐに無表情でゆっくりとこちらに向かって歩き出した。



「お疲れさま」



 さっき目にした驚愕の光景に全く不釣り合いな落ち着いた声の響きに、私の体内の血が再び流れ出した。

 そして、夕陽の逆光で見えなかった端整な貌が徐々に明らかになってくる。

 その人は、私も知っている人ーーーー企画部一課の倉吉さんだった。



「ノー残業デーに残業かい? 熱心だね・・・ええと、確か、二課のーーーー」


「は、ははは・・・」


「ははは?」



 だめだ、萩野って答えようとしたが完全に震えている。

 初夏だというのに寒気もしてくるし。

 どうしようっ。



「・・・・」


「・・・・」



 あーもう、助けてー、って思ったら、倉吉さんが横向いてクスッと笑った。

 何だろう、すごくバカにしたような笑い方ーーーー。って、



〝キミがココに来たトキ、ボクはユウヒを見てイタ〟



 急に近付いて来た倉吉さんは私の額に手を当てて、鼻が触れそうなほど直ぐ目の前でそう囁いていた。

 そのままジッと私の目を覗き込んでいる。

 背筋が凍るとはこういうことだと直感していた。



「私が此処に来た時、倉吉さんは夕陽を見ていました」



 私がそう言うと、倉吉さんは手を離してゆっくりと一歩下がった。

 口元は笑っているけど目が全然笑っていない。



「お疲れさま、早く帰りなよ」


「お、お疲れさまでした、お先に失礼しまーす・・・」



 私はボンヤリとしている風で挨拶すると、踵を返してゲートに向かった。



「また、月曜日にね、萩野さん」



 ジッと背中に倉吉さんの視線を感じながら、逃げ足になるのを必死に堪えつつ、普通の足取りになるよう心掛けながら、でも一刻も早く階段に辿り着きたい思いで一杯だった。

 ゲート内に入り、自動扉が閉じてもまだ恐ろしくて振り向けなかった。

 そこからは猛ダッシュで階下の更衣室へ逃げ込み、それでもまだドキドキしながら着替えを済ませ、化粧直しもせずに飛び出した。

 倉吉さんに遭遇するのが怖くてエレベーターにも乗れず、一人になるのが嫌で階段も使えず、禁じ手である隣の店舗棟へ通じる連絡路を守衛さんに頼んで通してもらい、百貨店のフロアの人波に紛れてようやく、身体の強張りが解けたのだった。


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