表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
間隙の恋  作者: 吉祥天天
第一章
19/30

19 白翁さん(2)


 私は午前中、小学校も見に行ってみた。

 フェンス越しに校庭を覗くと、休み時間だったのか、小さい子から大きい子まで、一緒になって遊んでいるように見えた。

 賑やかな笑い声、叫ぶ声、飛び交うボールーーーそれでも、統廃合される程度には子供の数は少なかったのだろうか。

 校舎の端に寄り添う様に立派な銀杏の樹は立っていた。

 今は初夏の陽射しに照らされて鮮やかな濃い緑で、木陰が涼しげだったーーー秋は輝く様な金色に染まるのだろうか。

 掃除大変そうだなー、とか思ってしまったーーーー。



「もともと、『白翁さん』はあの小学校が建ってる場所にお社があったそうなんですよ。それが隣りのN市に工場が出来た関係で、この駅の反対側に社宅が出来たもんだから、一気に人口が増えてねー。それで小学校を新設するってなった時に、神社を今の場所に移転して、それで銀杏の樹だけが残ったそうなんですよ」



 だから今でもお祭りの子供神輿の発着点はあの銀杏の前なんですよねー、と彼女は誇らしげに語った。

 が、一転顔を曇らせる。



「だけど工場が閉じた途端、人が減ってしまって、遂に廃校になっちゃうでしょう? 今度の温泉施設は相当大きな施設になる様だし、あの樹が切られてしまうんじゃ無いかって、皆心配してて・・・・」



 そうですか、と倉吉は彼女の聞きたい事を一通り聞いて、暫く思案した後、「銀杏の樹を切るかどうかは、自分たちにもわかりません。ただーーー」



 倉吉は少し思案する様に間をとって続けた。



「ーーー温泉施設ですか? おかしいですね。小学校の跡地については、まだ用途も何も、全く白紙の筈ですよ?」


「あら、そうなの? 誰に聞いたんだったかしら。私はてっきり、あの辺りに温泉施設が出来るつもりでいたわ」



「ねえ?」と後ろにいる作業服の男のお客さんに話を振ると、その人も「ああ、そう言っとる人は何人も居るよ」と同意する。

 私は、寒気がしてきて、無意識に手を擦り合わせていた。

 指先が酷く冷たいーーー。



「ーーーそれに、近頃変な噂があって・・・」



 店員さんは何かに憚るように声のトーンを落とす。



「ーーー小学校に向かっていると頭痛がしてくる、って人が何人もいて。これは、『白翁さん』か銀杏の樹の怨みとか祟りじゃないかって・・・」


「ーーーっ、」



 カチン、と大きな音を立てて磁器のレンゲが丼に当たってしまった。



「・・・・すみませんっ」


「萩野さん?」



 倉吉に怪訝そうな顔をされたが、大丈夫と頸を横に振った。

 温かい湯呑みからお茶を飲んで、ゆっくりと息を吐いて少し落ち着きを取り戻す。

 完食していて良かった。



「あらまあ、変な事訊いてすみませんねー。怖い話聞かせて悪かったわー。ただの噂だから気にしないでー」



 店員さんは気を遣って明るく笑いながら謝ってくれた。

 お茶のお替わりを勧めてくれたが遠慮する。



「ーーーとにかく、温泉施設も何も、まだ全く決まって無いから、神様だって怨むはずがありませんよ」と倉吉がにこやかにそう言い、ジャケットを持って立ち上がった。

 謎の説得力に圧されてか、店員さんはうんうん、そうかー、そうだよねーと笑う。

 一応地域住民の意志として、小学校を通じて樹を切らないよう市に申し入れては? という倉吉からのアドバイスにも熱心に頷いていたーーーー。



 取り敢えず会計は倉吉に委ねて、私は先に店を出た。

 相変わらず暇そうなタクシーが一台停まっているだけの閑散とした駅前ロータリーに、今は詐欺事件への注意を呼びかける標語が繰り返し流れていた。

 少し前へ進むと、LEDビジョンが見えてきて、警察官の制服を着た動画アイドルが啓発のコントを動物のキャラクターと展開していた。

 その方角ーーーーテナントビルの横の道のその先に、濃い緑の梢がちらと覗いていた。

 小学校の銀杏の樹だった。



「何を睨んでいる」



 倉吉の声にはっとして振り向く。

 いつの間にか店から出て来ていたらしい。



「ーーー睨んでいません。あ、いくらでしたか? お支払いを・・・」



 『天津飯』と見ただけで即決したので、恥ずかしながら値段を見ていなかったのだ。



「いや、構わない。ーーーーあれは例の動画を配信しているタレントじゃないか?」


「そうです。やはり地元出身だけに認知度は高いようですねーーーって、いえ、お昼代くらい自分で・・・」



「いいんだ」



 倉吉が強い口調でそう言ったので、思わず私も財布を持つ手を止める。



「ーーー本当に。こちらの都合で勝手に店まで付き合わせてしまったから」


「はあ・・・」



 何だ、塩対応の自覚はあったのか。

 もしかして、物欲しそうにオムライスの写真を見ていたのもバレていたのかしら。

 は、はずかしーーーせめてその時一言、都合により行きたい店があるとか、言ってくれれば私だって・・・。

 都合ーーー都合って、つまりはさっきの・・・アレ?



「市役所には午後二時の約束だから、後でタクシーに乗るとしてーーーその前に『白翁さん』に行こうか。擦り合わせしておきたい」


「・・・はい」



 やっぱり、そっちの都合で、それは『白翁さん』なんだ。

 そして、やっぱり付き合わなければならないらしい。

 一体、その『白翁さん』て何なの?

 それって仕事とどう関係あるの?



 思い切って尋ねたところ、「行ってから話す』とさっさと歩き出した倉吉に仕方無く着いて行くしかなかった。

 仕事だけじゃ無い、何か含みのある口振りだったのが気になったけどーーー。

 私の手はまだ財布を握ったままだった。

 ホントに良いのかな?とは思ったが・・・・。



「ーーーあの、お昼、すみません、ご馳走様でした」


「いや、いいんだ。ホントにーーーー」



前を歩く倉吉がちょっと肩をすくめたのが見えた。



“ワンコインだったし”



え? 



 線路沿いの道を心なしか早足で歩く倉吉の背中を、私は信じられない思いで見上げた。

 おかしいな、倉吉が人間らしいーーーまるで照れ隠しの為に早足になっているように見える。

 それに、それにーーー。



「え、安っ」



 そしてその後、私は更に信じられないものを聞いた。



「プッ・・・」



 倉吉がーーー笑った!?



 その時、駅を通過する快速電車がけたたましく私たちを追い抜いて行き、どんなに耳を大きくしても続く笑い声を確認することは出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ