閑話:国境警備隊の特別メニュー
今回は閑話となります。時系列は前話から一日経っています。
クレト達冒険者が到着した翌日、1階の広いホールにて一部を除いた国境警備隊が集まっていた。集められた理由は知らされていなかったものの、人の口に戸は立てられぬため大方の内容をほとんどの警備隊は知っていた。
「なぁ聞いたか?今日は特別メニューをやるんだと」
「何だそれ!?せっかく冒険者のおかけでダンジョン関係が一息つけて休めると思ってたのに」
「あとは、事前にトイレに行っておけって言われてたな」
「唯一それだけは指示されたけど、さっぱり意味が分からん」
ニンヘルダンジョン出現に伴って国境警備隊の仕事は激務となった。ダンジョン内の調査や警備、帝国が抜け駆けしないようになど24時間体制だ。調査は早々に打ち切りとなったものの通常業務もこなさないといけないため、とにかく忙しかったのだ。
ダンジョン攻略にはまだ早く、それまでは暇だからとダンジョンの入口前での警備を"永遠の旅"が引き受けてくれたのだ。他にも国境警備の一部仕事を"獣の魂"が引き受けてくれた。そのため少し手が空いたで喜んでいたら、特別メニューという謎の訓練が追加されたのだ。実際にはゴルが冒険者に頼んで集められるだけの隊員達を集めたのだ。
訓練は仕方ないにしてもトイレを済ませておけという意味不明な事を言われ、ますます混乱する中その時がきた。
「よしよしちゃんと集まったな。知ってる者もいるみたいだが、本日は特別メニューを行う。特別と言ってもお前達はただ剣を構えて立っていればいい。それとちゃんとトイレは行ってきたな?」
国境警備隊の隊長と副隊長が入室した途端、先程までの弛んでいた空気はどこへやら。皆一様に敬礼し、その表情はひどく真面目だ。
しかし隊長の説明を受け、困惑やら拍子抜けなどといった表情へと変化した。トイレ云々は冗談かと思っていた人もいて、内心笑っている者もいた。その人達は訓練後に後悔することになるのだが…。
そしてある一人は何故か苦笑いの様な、頬を引きつる様な、あるいは可哀想な人を見る様な、そんな表情をしている。事前に内容を知っている、いや、既に体験をしている。自分の所為でこのメニューが急遽決まったため、やはり申し訳ない表情が一番しっくりくる。
「色々と言いたいことはあるだろうな。そういうのは一先ず置いといて、お前達に訓練相手を紹介する。入ってくれ」
てっきり隊長か副隊長が訓練相手と思っていた警備隊一同は、一斉に入口を凝視する。
入ってきた人物は大人な美人女性と可愛らしい女性だった。しかもメイド服を着ている所為で、もしかしてそっちの訓練なのか、と一部誤解している人もいる。二人の女性の後ろには警備隊の纏め役である秘書のマーサがいた。
「それじゃあ自己紹介をする。こちらの女性がサフィ、隣の女性がノワールと言う」
「よろしく頼むぞ」
「よろしくね~」
二人の自己紹介を受けさらに困惑する一同。よろしくって言われてもこっちはメニュー知らないんだけど、と内心でツッコミをいれる者がいるくらいだ。それと自己紹介短すぎと思っている者もいる。
「早速開始するっ!隣同士剣が触れ合わない間隔を空けろ。その後中段に剣を構えろ」
隊長の一喝により雑念は失くなり直ぐ様行動に移す。さすがは国境を守護する者達だ。国境故にいつ何が起こるのか不明なため、常に臨機応変の対応が求められる。そういった点はよく訓練されていると言える。
「最初に言っておくが、決して剣を手放すな。それと剣を振り回すのも厳禁だ。2回行うため1回目からリタイアした奴は後日、俺直々に稽古をつける故真剣に取り組め!」
「「「はっ!」」」
隊長の最後の通告を受け表情をさらに厳しくする。まぁ中には美しい二人を見て鼻の下を伸ばしている者もいるが。
「最初はサフィからだ。一瞬光輝くが害はない。少し眩しいかもしれが決して目を離すな」
「では行くぞ。心してかかれ!」
サフィが激励を送ると、隊長が言った通り光輝いた。
光が収まるとそこへ現れたのは一頭のドラゴンだ。見た目が小さいからといって侮ってはいけない。彼女は紛れもなくドラゴンなのだ。
冒険者みたいに普段から魔物を見る機会が多くはないが、それでもドラゴンの危険性は十分認識している。彼女から発せられる威圧感は彼らにとって計り知れないものだろう。
何とか剣を握る手に力を入れ、落とさない様に必死になってはいるが剣先はぷるぷると震えている。中には圧に耐えられずに倒れる者や隊長の忠告を無視した結果、失禁する者もいた。
「そこまでっ!!」
ドラゴンと対峙して何分経過していたのか彼らには分からなかった。数分、あるいは数十分だったのか、永遠にも思える程長く感じられた。
隊長の終わりの合図を受け、ドラゴンは光輝くと元の美人女性へと戻った。漸く威圧感から解放されへたり込む者が大勢いた。
「思ったよりも耐えれた様だな。失神してる者、中には失禁してる奴もいるが、そいつらは後日稽古をつけるからしっかりと確認しといてくれよ」
隊長の予想よりも耐えれた者が多かったようだが、満身創痍といった印象を受ける。
マーサは隊長からの指示を受け、倒れている者の名前を書き出している。本人も気絶したため人の事は言えないが、失禁してる者には情けないと内心では思っている。
「それでは2回目を行う。もう一度中段に剣を構えろ。また光輝くが気にするな」
隊長の言葉を受け、頬を引きつらせる。もしかして同じパターンなのかと。1回目は面を食らったが今度は大丈夫だ。己の心に喝をいれる隊員達。
「じゃあ~いくよ~!」
そんな隊長達の心境とは正反対な気の抜ける言葉を放つノワール。今度は何が現れるのかとビクビクする隊員達。
光を放ちそこへ現れたのは真っ黒い狼。中にはその正体に気づいている者もいたが、それはほんの一部だ。ドラゴンでなく狼だったため少し気が抜けてしまった隊員がいた。しかしノワールから放たれる圧は決してサフィには劣らない。ただ先程体験したため倒れる者は数名しかいなかった。
「大分いい面構えになったじゃねぇか。それに結構生き残って全く嬉しい誤算だよ。そんなお前達には最後のメニューだ」
「「「「!?」」」」
2回じゃないのかよ、と一様にツッコミをいれる。もし声に出して言える者がいたらこの後に待ち受けるものから回避できたかもしれない。
「もし最後まで立っていられたら特別手当を出してやる。俺も鬼ではないからな、それくらいはしてやる」
その一言を受けてやる気を出す者もいる中、それほどまでにヤバイ事なのかと恐れる者もいた。
「では行くぞっ!!」
その合図を受け―――
「グルルッ!!」
ノワールの威嚇声が響く。言い知れぬ恐怖やら絶望やらを混ぜ合わせたものが押し寄せ――――誰も立ち続けることはできなかった。その光景をみたノワールはスキルを使い人間へと戻ると―――
「私の勝ちっ!!」
「さすがにこれは可哀想だと思うぞ」
「なにこれも隊員達のためだ」
無邪気に笑う者、呆れる者、不適な笑みを浮かべる者、三者三様な表情をしているが、あいにく彼らの表情を伺いみる事の出来た人物はこの場にはいなかった。正面から対峙していなかったのにも関わらず倒れ落ちたカールとマーサ。
その様子を見て、カールにも直々に稽古をつけることを決めた隊長。
後日最初に気絶した者とカールは隊長からの鬼の様な稽古を受け心身ともにボロボロになったものの、皆一皮剥けた様な表情をしていた。
余談が特別訓練をするきっかけとなったカールは、後日隊員達からグチグチと文句を言われたのだった。
誤字報告ありがとうございます!
いやぁーノワールの威圧に耐えられる隊長は相当の実力者ですね!