45.説明の終わり
とりあえず状況を確認しよう。
二人のことを知りたいと言ってきたゴルさんは、何とも言えない表情でソファに座っている。蒼龍と黒狼を見たためか、そんな二体をテイムしている俺が信じられないのか、気絶して倒れているマーサさんに申し訳ない気持ちがあるのか、いずれにせよ形容しがたい表情をしている。
カールさんはと言うと、先程まで彫像よろしく固まっていたけどマーサさんの助けをかりて復活を果たす。しかし床に倒れているマーサさんを見てまたも彫像とかす。もしかして死んでいるとでも勘違いしたのだろうか。
そして問題となっているサフィとノワールは―――
『ねぇ~もう終わりぃ?』
『ノワールばかりずるいぞ。妾にもするのじゃ』
猫なで声でいつになく甘えるようにしてぐりぐりと頭を押し付けてくるノワールと、ずるいと言って負けじと対抗するサフィ。
うん、混沌だな。
マーサさんをこのまま床に寝かせておくのは偲びないけど、まずは二人をどうにかしないといけないため左手でノワールを、右手でサフィの頭を撫でる。幾分か撫でて満足してくれたのか、押し付ける勢いは和らいだ。これでおしまいという意味でポンポンとしてマーサさんをソファへと座らせる。
彼女には申し訳ないことをしてしまったけど、ノックせず彼女が入ってきたのも事故の要因の一つなので、次回からは気をつけてほしい。
マーサさんをソファへと座らせたことによって、ゴルさんに振動が伝わったせいか漸く言葉を発する。彼女のために弁解をしておくと、体重が重かったわけではなく変な所を触らないようにと意識し過ぎた所為で、うまく座らせることができなかったのだ。
「はぁ…今日はもうこれ以上驚くことはないだろう。…ないよな?」
「たぶんないかと」
そこは断言してくれよ、って目で訴えかけられてもこっちが困る。
「それでそいつらは元に戻るのか?」
「人間になるって意味ならそうですね」
二人に目を向けると光輝き、メイド服を着た女性が現れる。本当にいつ見ても不思議だ。人の姿に戻ったのでさっきまで座っていた場所に座り直す。
「何とも奇怪なスキルだな。どうやったらそんなスキルを獲得できるんだ?」
「さぁー?俺が覚醒したら二人にスキルを獲得したみたいです」
「スキルが進化するのは聞いたことがある。だが新しいスキルを獲得した何て聞いたことがないぞ。テイマーって皆そうなのか?」
「俺に言われても…」
他のテイマーを見たことはあるけど、そんな話聞いたことはない。もし知っていたら二人が擬人化した時に気づいている。そう言えば神様はFランクからSランクへと覚醒を果たしたのは、俺だけって言っていたからその影響かもしれない。
「うぅーん…」
「お、案外早く寝覚めたな。大丈夫か?」
「ここは…?……冒険者の案内を終えて執務室へと入って………そうです!大きな狼がいた……はず…何ですけど、いないですね…」
「狼なら目の前にいるぞ」
「???」
マーサさんが目を覚ましたけど、カールさんは彫像のままだ。てっきりカールさんの方が先に動き出すと思っていたけど、そこまで驚く様な光景だったのかと思ってしまう。
彼女はしっかりと記憶があり、最後に見た狼を思い出すものの現在は人の姿に戻っている。変身しているって表現の方が正しいか。
「寝起き早々悪いだが、多めに紅茶を用意してくれ」
「か、畏まりました」
どれだけ必死に思い出そうとしても彼女の記憶は間違っていない。考え過ぎていた所為で、吃ってしまったようだが命令内容は聞き逃していなかったみたいだ。
彼女が準備のため動き出すと、タイミングを計ったかの様にカールさんも動き出した。
「あれ私は…?」
「いつまでボケッとしている!」
「も、申し訳ありません!」
「どんな状況でも瞬時に状況を理解しろ。そんなんじゃすぐに死ぬはめになるぞ。肝に銘じておけ」
「はっ!」
まぁ今回ばかりは仕方ないが、と愚痴みたいに溢している。急に怒鳴りだして今度はこっちが驚かされた。
数分後に少し大きめのポットを持ってマーサさんが戻ってきた。カップに注がれてすぐにゴルさんは口をつけた。
「あちっ!……ふぅー漸く落ち着けた」
まるで煙草を吹かすようにして紅茶を飲んでいる。ちょっと心配になってしまうが、やはりマーサさんの淹れた紅茶は美味しい。折角なので茶菓子にでもと、買っておいたクッキーを取り出す。みんなで摘まめる様に大皿へ盛る。いち早く手を伸ばしたのは、いつものごとくノワールだ。
「ティータイムには少し早いですけど」
「おっ、悪いな。……美味しいクッキーだな」
「で、どこまで説明しましたっけ?」
「マーサのためにも最初から頼む」
はぁ仕方ないか。もう一度サフィとノワールに頼みその姿を見せる。また気絶なり固まられても困るので、その点は念を押す。
「やっぱりあれは見間違いではなかったんですね!」
「てっきりマーサさんが殺されたのかと…」
「二人は賢いのでそんなことしませんよ」
『全くじゃ。妾たちは魔物じゃが理性ある魔物ぞ』
誤解も解けたことでやっと話が進む。二人はまたソファに戻り、優雅に紅茶を飲むサフィと茶菓子に夢中になるノワール。どこにいてもいつも通りで安心していいのか、注意すればいいのか悩ましい。
「蒼龍と黒狼がいるとは、エミリーのやつとんだ隠し玉を寄越したな」
「エミリーさんとは最近会ったばかりで、初めて二人が従魔だと気づかれましたよ」
「あいつは鑑定のスキルを持っているからな。隠し通すのは無理があるから、あいつと出会ったのが運の尽きだ」
「そこまで深刻な問題ではなかったですけどね。それに人前でスキルを使っているので、知られても困りません。ただスキルの獲得方法を求められるのは困ります」
「研究者の連中からすれば、垂涎ものだろうな」
そんな奴らに追い回されるのは勘弁願いたい。
その後いくつか二人に対する質問に答えていった。一頻り話をして俺たちのことも認めてくれた。ダンジョンについての詳しい説明は攻略の前日にしてくれるそうなので、今日はこれで解散となった。マーサさんに部屋を案内してもらい、久しぶりに三人でゆっくりと過ごせる。