122 俺、使えねぇ
さぼった分長いです。
ルギアが術を放つのと、俺が結界を張るのが同時だった。ソルまで庇う余裕がなかった。暴力と表現していいような叩きつける吹雪が視界一面を覆う。
人の魔術のことを散々危険だとか、もう少し考えろとか言っていたが、コレをやった奴に言われたくないな。結界を張ってなかったら凍え死んでいただろう。ソルは無事だろうか。
徐々に視界が晴れてきた。巨大な影が倒れ・・・いや、動いている?あの猛吹雪と言っていい攻撃を耐えた?
薄っすらと見える大きな影は小さな影に腕を振り上げ押しつぶそうとしているところで、俺は結界を解除して駆け出す。
「俺を殺す気か!」
ソルの怒鳴り声が響き渡り、完全に視界が晴れた俺の目には・・・。俺の目がおかしい?思わず足を止めてしまった。
俺の目の前には3メルあろうかという金の毛を纏った大型の犬がいた。それも太い足でルギアを押しつぶして、唸り声を上げている。
それもそこからソルの声が聞こえたような気がした。
「ソル、重い」
地面と太い脚に挟まれたルギアが視線を斜め上に向けながら言っている。まるで大型の犬がソルで在るかのように。
「重いじゃねぇ!俺が死ぬところだったじゃないか!魔術は使うなと言っていたよな。忘れたとは言わせねぇぞ」
唸り声を上げながら、大型の犬からソルの声が聞こえて来た。やはりソルが犬なのか?
「なぁ?その犬はソルなのか?」
俺は二人に声を掛ける。すると俺の肩の上から『バカ!僕は逃げるよ』と声がしたと思ったら肩が軽くなり、大型の犬が俺を睨み付けてきた・・・と思ったら目の前が真っ暗になった。な、何が起こった?っていうか腹と背中が何かに挟まれて痛い。ギリギリと食い込んでくる。もしかして俺、食われている?
「痛い痛い!」
マジで痛い。下から突き上げるような振動と共に腹に食い込む痛みが走り、次いで足を引っ張られ、新鮮な空気が肺を満たした。
唾液まみれで地面に倒れ込む俺に上から重みがのしかかる。
「誰が犬だと?俺の何処が犬だと?」
地獄の底から響くような声が頭上から降ってきた。
え?犬って言ったのが駄目だったのか?それで俺は食われたのか?
「エン。狼族を犬族と間違えるのは失礼だぞ」
ルギアの声が呆れるように言ってきたが、やはりそれが駄目だったのか?狼と犬の違いなんてわからないぞ。見た目同じじゃないのか?
「ルギア!お前もお前だ!俺は怒っているんだからな!」
おっふ。圧力が増した。中身が出そうだ。ソル、俺が悪かったから足をのけて欲しい。マジでヤバい・・・・。
目を開けると見たことのない天井だった。屋根の形が天井になっている?背中は乾燥した植物を編んだような敷物が敷いてあった。どうやら、昨日来たときに泊まった掘っ立て小屋のようだ。顔を横に向けると、囲炉裏の側にルギアとソルがいた。
起き上がり声を掛けようとしたところで、腹に激痛が走る。腹に目線を向けると、包帯でぐるぐる巻きにされていた。
ダンジョンで魔物にやられた傷じゃなくどうみてもソルらしき犬・・・狼に噛まれたときの傷だろう。仲間にヤられるとは思っても見なかった。
「エン。目が覚めたか?」
ルギアが近づいてきて、俺の顔を覗き込んできた。
「大丈夫か?大分血が流れていたが、手当てはしておいた。言っておくが、エンが悪いからな」
この傷は自業自得だと言いたいのだろう。だが、誰も俺にソルが犬化、じゃなくて獣化するなんて教えてないじゃないか!それに犬と狼の違いは俺にはわからん!
俺は腹に手を翳し、傷を癒やす。
「『神の息吹の神授』」
痛みがなくなり、包帯を外し服を着ようと服に手をかけると服が赤黒く染まっていた。服がこれ程染まっているなんて、相当出血していたんじゃないのか?
腹に穴を開けた後にとどめの如く上から圧力を掛ければ、それは傷が広がるだろう。せめて止血の圧迫にしてくれ。
俺は立ち上がり、イベントリーから新しい服を出して着る。そして、囲炉裏の前で酒を飲んでいるソルの側に寄った。
「ソル。すまなかった」
俺が悪いと言われたから謝る。・・・言い訳は口にはしないが、内心モヤモヤ感が取れない。
「ああ」
それはどういう意味だ?許してくれるのか、それとも不服の返事なのか。顔を見てみるが、囲炉裏の火を見ながら無表情で酒を飲んでいるので、よくわからない。機嫌が悪いようにも見える。
ルギアにこれはどういう状況だという視線を向けるが首を横に振られた。
だから、これはどういう対応をしたらいいのか俺にはわからないんだが?口で言ってくれ。
なんだか居心地が悪いので、散歩に行ってくると言って掘っ立て小屋の外に出た。外は日が落ちており生ぬるい風が吹き抜けていく。
「はぁ」
思わずため息が出てしまった。海まで行き波打ち際を歩いていく。俺はどういう対応をすればよかったんだ?謝るだけでは駄目だったのか?
『元気になったんだねぇ』
上から声が聞こえたかと思えば、頭に衝撃があった。アホー鳥!俺の頭は着地点じゃない。
「俺は元々元気だ」
『いや、さっき腹から血を流して死にかけていたよ』
死にかけていた?まぁ、服が赤黒くなっていたから出血は酷かったとは思う。
『その姿を見た二人がねぇ慌てて出口まで案内しろって。いやー、長年ダンジョンマスターなんてモノをしているけど、仲間に殺されかけてるのって初めて見たよ。本当に君面白いね』
それは不可抗力だ。ソルに禁句みたいなモノがあるなんて俺は知らなかったんだ。
『それに狼族を犬って!ぷぷぷっ。それを本人の前で言っちゃうのも初めて聞いたよ。君、恐れ知らずだね』
ん?引きこもりのダンジョンマスターでさえ知っているような常識だったのか?でも、誰もそんな事を教えてくれなかったぞ。
「なぁ。獣人は普通に獣化するのか?俺はソルがあんな姿になったのを初めてみたんだ」
『うーん。どうだろう?昔は裏ダンジョンを攻略していく獣人によく見られたね。ほら、そんな奴らって耳長達に反抗心を持った奴が多かっただろ?いつか一矢報いてやるって奴らばかりだったからね。ここ200年程はダンジョンに来てくれる人も居なかったからわからないなぁ』
確かに海の中に沈んでしまったダンジョンに行くすべは無いからな。しかし、エルフ族を耳長って確かに人族に比べたら耳は長いとは思うが、なんかダンジョンマスターからは嫌味の類いが感じられる。
「エルフ族は嫌いなのか?」
『当たり前じゃないか!僕のダンジョンをこんな風にしたのはエルフじゃないか!』
正確にはエルフの王と暴君レイアルティス王だけどな。
『それに耳長共はダンジョンをバカにしていたからね。そういえば、僕が魔物をダンジョンの外で操っているのはどうしているかって言っていたよね』
「ああ、何かわかったのか?」
『うーん。僕はできたからできたとしか言いようがないけど、遠見の術じゃ駄目なのかなぁ?黒髪のエルフが言っていたよ遠見と看破で耳長の行動を監視しているって』
アリスが?確かエルフ族から逃げていたと、その時に遠見と看破の術でエルフ族を監視して行動を移していたのか。
それにしてもなんでアリスのことはエルフで他は耳長なんだろう。なんだかんだ言ってもアリスのことは認めていたと言うことか。
しかし、その2つの術を用いればエルフの監視はできるということか、これをルギアにしてもらえばいい。攻撃性の無い魔術ならそれほど危険性はないだろう。魔力量も多いことから2つぐらい余裕で同時展開ぐらいできるはずだ。
「ダンジョンマスター、ありがとう。エルフ族の件はなんとかなりそうだ。」
『どういたしまして、君は面白いからまた来てくれたらいいよ』
「言っておくがダンジョンにはもういかない」
『ぷぷぷっ!ありえない事が起こるって面白いね。僕は長い時を存在しているけど、こんなに楽しいことは初めてだよ。あー、あの時諦めなくてよかった』
諦める・・・
ダンジョンを・・・ダンジョンマスターであることをか。ダンジョンという名の檻の中で閉じ込められた主はダンジョンが強制的に閉じられてしまえば、それは即ち死と直結してしまう。外に出ることが適わない主にとってそれはとても恐ろしいことだったに違いない。
掘っ立て小屋に戻り難たい俺はダンジョンマスターと遊んでいた。内海を『氷雪の天地』で凍らせて、大型ペンギンをダンジョンから喚び出したダンジョンマスターがその2メルの大型ペンギンを操って氷の海を滑っていた。
腹ばいになったペンギンの背に乗って氷の内海を滑る。波の形のまま凍っているから、微妙にジャンプ台みたいになっている。めっちゃ楽しい。
色々心の中にあったモヤモヤが無くなったようだ。
今思ったが、この世界に来てここまではしゃいで遊んだ事がないような気がしてきた。
孤児院にいた時はいつも生きることに必死だったし、ジェームズに世話になってからは仕事をすることに必死だった。
もしかして俺って子供らしいこと全くしてなかった?いや、別にいいんだけど、遊ぶって楽しいんだと今初めて思ったってことは俺って今まで余裕が無かったんだな。
しかし、初めて遊んだ相手がダンジョンマスターってのもおかしな話だ。
「エン」
ん?なんか呼ばれたような気がする。いや、気の所為か。
「エン!いつまで遊んでいるんだ!子供は寝る時間だぞ!」
グイッと後ろに引っ張られ、俺を乗せていたはずのペンギンが滑りながら前方に行ってしまった。俺を置いて行くな!
とても楽しんでいたのにと思いながら、振り返り、俺を掴んでいる奴を睨みつける。・・・・何だか毛の塊しか見えない。
目線を上に向けていくと俺の服を咥えた獣らしき口が見える。
何だ?この状況?
多分ソルだと思う。っていうかそうだと思いたい。声はソルの声だった・・・と思う。
ソルじゃなかったら凄く危機的状況になってしまう。
「苦しいからおろしてくれ」
多分ソルだと思われる獣に話してみるが、振り子のように振られ、空中に放おり出されたと思えば、獣の背中に着地していた。
マジでこの状況はなんだ?ソルも遊びたかったのか?
「エン。悪かった」
ん?
「頭に血が上ってしまっていたんだ。もうちょっとで、エンを死なしてしまうところだった」
ああ、確かに服の様子から大量に出血はしていたとは思うな。
俺も悪かったんだろうと思うし。
「あの、アマツに残された言葉が頭の中を巡っていたんだ。ずっと不思議だったんだ。アマツの行動が。あの時代は前に進む事に必死で、だが、ふとした瞬間にアマツの行動がおかしい事に気がついたんだ。グアトールもルギアも気がついていなかったんだが、ジェームズは気がついていたようだった。だから、アマツを支える為に俺たちから抜けて商人となったんだろうな」
ソルは俺を乗せたままテクテクと歩いていく。何だかまとまっていない気持ちを吐き出すように、ポツポツと語りだした。
「そう、丁度ミレーテを拠点にしようとアマツが言い出したぐらいだった。時々アマツが行方不明になることがあったんだ。今思えばダンジョンに潜っていたんだろう」
氷の上を歩くソルは掘っ立て小屋に戻ろうとはせずに、あてもなく足を進めているようだ。
俺は相槌も何も言葉にすることはなく、ただソルの話を聞いていた。
「それでアマツが戻って来ると必ず何かを持って帰ってきた。『落ちてたとか、見つけちゃった』と言ってはいたが、それは戦いに役に立つものだったり、軍資金になるようなものだったり、ミレーテを町から街にするほどのものだったり・・・何度か言ったんだフラフラするなら誰かを連れて行けと。けれど、何も変わらなかった。はぁ、その理由が今になってわかるとは」
これは俺が責められているのだろうか。だから、ソルは俺を噛み殺す勢いだったんだろうか。
「アマツはエンに全てを託したんだろうな」
え?なんでいきなりそんな俺の責任が重い話になったんだ?俺が責められている話ではなかったのか?
「それなのに俺は頭に血が上ってエンに噛み付いてしまって・・・はぁ、俺は何をやっているんだか」
そう言ったあとソルは氷の海を駆け出した。俺が息ができないほどの勢いで走り出し、俺は振り落とされない様に必死でしがみついた。いや、これの方が死にそうだ。
翌朝、エルトのダンジョンマスターと村の代表者の夫婦に見送られて、ミレーテに向かって騎獣で飛び立った。
結局、俺はあの後息も絶え絶えで掘っ立て小屋に戻ったあと気絶するように眠った。
思い返せば、朝ごはん食べたあと、出血多量で死にかけ、その後夜にはしゃぎまわり、とどめはソルの背中で窒息寸前の騎乗だった。それは意識も飛ぶよな。
そして、俺は行きと同じくソルの後ろに乗って騎獣で空を飛んでいる。これは、仲直りしたでいいのだろうか。
しかし、俺はこれだけはソルに言っておかなければならない。
「ソル。昨日の話だが、俺は天津じゃない。だから、天津と同じ事をするつもりはない」
「分かっている。エンはエンの好きにするといい」
本当に分かっているのか?まあいい。ルギアにも言っておかなければならないことがあったな。
「ルギア。魔術の練習をするつもりはないか?」
俺がそう言うと、ルギアはビクッと肩を揺らして俺の方をみた。
「昨日の事はその・・・あれだ。もう少し魔術が使えるかと思ったんだが、あ、うん。すまなかった」
ああ、俺が魔法の使い方を教えたから、魔術も使えるかと思ったのか。魔力が多すぎて不安定な事には変わりはないから、安定的に魔力を放出できるようにならないとな。
「それは、そうなんだが、攻撃系魔術じゃなくて、索敵系の魔術だ。エルフの監視に使えるのではないのかと、エルトのダンジョンマスターに教えられたんだ」
「エルフの監視?」
「そうだ。遠見と看破の魔術の2つ同時併用だ。魔力量は問題ないが、安定性がないからそこを訓練すれば使えるんじゃないかと思う」
「エン。そんな事をダンジョンマスターに聞いていたのか」
ソルが感心したように言う。
「俺はてっきり夜遊びをしているかと思ったんだが」
それは本気で遊んでいたぞ。思いっきり楽しんでいた事は認めよう。
しかし、今回のことでやっぱり俺はダンジョンに一人で行くことは無謀だと認識してしまった。はぁ。俺の不運はダンジョンマスターの意に反して影響を及ぼすほど恐ろしいものだったなんて・・・つらいなぁ。
そして、有言実行とばかりに帰路の休憩中にルギアに魔術を教えてみた。結論から言おう。駄目だった。全く持って駄目だった。
不安定ながら猛吹雪の魔術を発動できたのだから、索敵に必要な魔力を同心円状に広げることをしてから、そこから有れば便利だろうと思われる結界の構築をしてもらおうとしたのだ。だが、出来なかった。結界のケの字も構築されなかった。
いや、歪ながら同心円状の魔力放出は出来てはいた。問題は魔術の構築だった。
なぜ、全く魔術が形にならないのかと、俺とルギアの何が違うのかとステータスを見ながら考えていたら、ふと目に止まった文字があった。
それを見た瞬間、俺は地面によつん這いになって項垂れてしまった。
俺ってもしかして魔術創造スキルで魔術を使ってないか?
確かに考えただけで魔術を使えている。ルギアはステータスに魔術という項目があるのに対して、俺はスキルの中の魔術創造(別紙参照)だ。これって根本的に魔術の使い方が違う?
俺には誰かに魔術を教えることは無理だと判明したのだった。
俺は憂鬱な気分でミレーテのフィーディス商会に戻ってきた。まさか俺の方が使えないなんて・・・。
明日はユールクスに会いに行って報告をしなければならないなぁ。それも何も収穫がなかったと。憂鬱だ。とても憂鬱だ。
「あー!戻って来た!」
中庭を通り宿舎に戻ろうとしたところで、声が降ってきた。上から?
空を仰ぎ見ると、すぐ目の前に赤い目があった。あ゛?
「君!酷いよ。か弱い女の子を放置するなんて!」
俺の目の前には空中に浮遊しているマイアがいた。放置というか何処に帰せばいいのか、わからなかったから、態々宿を取ってやったじゃないか!
「君に付きまとうって言ったよね!」
「いや、諦めてくれ俺はここで仕事をしているんだ」
「それは大丈夫!私もここで雇われることになったから!」
なんだと!ジェームズなんで怪しい大魔女志望のマイアなんて雇ったんだ!どこの部門に入れるつもりだ。この前人が余ってるって言っていたばかりだったよな!
ん?大魔女志望?
「なぁ。マイアは・・グフッ!」
突然横からの衝撃が来た。俺は突撃してきたヤツの頭をガシリと掴む。
「エン。お帰りなの。ちょっと頭が痛いの」
「ヴィーネ。お前は毎回突撃しないと気が済まないのか?」
そう、お決まりのヴィーネからの突撃を受けた。多分アイスが欲しいのだろうと抱える程のアイスを出してヴィーネに手渡す。
「愛情表現なの。そこの魔女よりヴィーネの方がエンのこと大好きなの」
何故、そこを比べるんだ?ヴィーネはマイスプーンでアイスを食べ始めた。
「君は小さいのにモテモテだね」
小さいは余計だマイア!未だに空中に浮遊している大魔女志望に聞いてみる。
「なぁ。マイアは遠見と看破の魔術を人に教えることはできるか?」
「出来るよ。でも、私が君に教える事があるなんて嬉しいなぁー」
「いや、俺じゃない」
「え?じゃ、君じゃないの?」
「俺の魔術の使い方は・・・まぁ、自己流だから人に教えるのに向かないんだ。だから、他の人に遠見と看破の魔術を教えて欲しい」
「うーん。でも直ぐには難しいかなぁ。その2つって上級魔術になるからね」
なんだと!あのアホー鳥の情報使えない。いや、そもそもルギアにさせようと言うのが間違いだったのか?しかし、エルフの事で他の誰かを巻き込もむのは違うと思う。
「そうか、わかった。この話は忘れてくれ」
「え?私、役立たずじゃないよ!私、やれば出来る子だよ!魔術沢山教えられるよ!」
近い近い近い!俺は一歩づつ下がって行くが、何故かその分近づいてくる。
「マイアさん。おサボりは駄目です」
俺とマイアの間に白い髪に三角の耳が生えた人物が割り込んできた。
「今日のノルマを達成していないのに、フラフラとどこかに行かないでください。あと、どれぐらい残っているか分かっているのですか?」
「・・・60個」
「だったらサボらずに仕事をする!」
「はいぃぃぃ!」
マイアは浮遊しながら慌てて去って行った。そして、俺とマイアの間に割り込んで来た人物が振り返る。とてもモジモジしながら・・・先程の勢いはどうした?アルティーナ。
「お、お帰りなさい。エン」
「ああ、ただいま」
「キャッ!新妻みたい」
何を言っているんだ?両手で顔を覆ってクネクネしているアルティーナに聞いてみる。
「マイアに何をさせているんだ?」
「え?マイアさん?魔女の紬いだ糸は色々効力があるから、衣服部門の生産に携わってもらっているのよ」
おお、魔女の紬いだ糸って特別な糸になるのか!知らなかった。それはジェームズも雇って扱き使うよな。
「それでエン・・・」
またアルティーナがモジモジしだした。言いたいことがあるならさっさと言えよ。
「なんだ?」
「お帰りなさいのチューを「エン!戻ってきたなら戻って来たって言いなさいよ!」」
アルティーナが何か言いかけたところで、キアナの声と共に捕獲されてしまった。
「戻って来たと思ったらフラフラと直ぐに何処か行ってしまって、もう少しキアナさんとデートしてもいいよね」
「良くねぇよ」
俺を捕獲したキアナがおかしなことを言い出した。俺も色々忙しいんだ!別に遊んでいるわけじゃない・・・いや、今回はダンジョンマスターと遊んでいたけど、きちんと目的はあった。
「休みをどう使おうが俺の勝手だとおもうが?」
「少しは日頃のキアナさんに感謝の意を込めてデートに誘うべきだと思うけど?」
どこにキアナに感謝をする事があったんだ?文句を言おうと口を開こうとしたとき、横から引っ張られた。
「キアナとデートする前に私とデートに行きましょ?エン」
アルティーナ、お前もか!
「エン。アイスが無くなった」
ヴィーネ!食べればアイスは無くなるものだ!っていうか食べるの早すぎだ。
「エン。まだ明日も休みだったよね。キアナさんとデートに行こう」
「エン。私とデートに行きましょ」
「お前ら!仕事をしろ!明日は用事があるから暇じゃない!」
俺はそう言って腕を振り切って、ヴィーネにガリガリの棒アイスを口に突っ込んで宿舎の方に向かって行った。
あいつら、仕事中に何をしているんだ!
なんだか、帰ってきてから一気に疲れた。宿舎に入ろうとしたところで、足を止めた。
俺、米を食べてない。せっかくもらったダンジョン産の米を!
今は昼時が終わって、皆が仕事をしている時間だ。この時間なら食堂はまだ夕食の準備を始めていないはずだ。そう思い、隣の宿舎に足を向ける。食堂がある宿舎の方にだ。
食堂に足を踏み入れると、丁度食堂の従業員が遅めの昼食を取っているところだった。
「エンさま。戻って来られたのですか。おかえりなさい」
食事をしていたミリアがわざわざ入り口にいる俺のところまで慌ててきた。
「ああ、ただいま。ミリア、食事を中断してまで来なくてもいい。ガジェフ。ちょっと厨房を借りるぞ」
ガジェフが頷くのを確認して、厨房に入っていく。横目で厨房で働く従業員を見る限り、いい人間関係を作れていそうだ。ギスギスした職場はしんどいからな。
ええっと、米を自分で炊くには・・・・土鍋?そんな物ないなぁ。ネットでポチッとして土鍋を購入する。
そういえば、直火で米を炊くなんて前世で子供の頃に飯ごうで炊いたぐらいしか記憶にないなぁ。
米を研いで土鍋にいれ、水は・・・手の甲で適当に測るか、これは米が微妙に一合に足りなかった時によく使った手段だ。
はっ!しまった。俺は今子供の手だった!まあいいか。どうせ失敗しても食べるのは俺だ。
沸騰して8半刻蒸らしで8半刻出来上がったご飯は普通に日本米だった。天津流石だ!
しゃもじが無かったのでそこにあったスプーンで土鍋の中のご飯を混ぜ返す。おお、軽くだがおこげもできている。
そして、小皿に移して口の中にご飯を入れる。熱い!だが美味い!
炊きたてのご飯は流石に美味しい。ご飯をおかずにご飯を食べられるぐらいだ。とは言い過ぎだが、これに卵を乗せて醤油を掛けて食べたら絶対に美味いよな。
ふと視線を感じて顔を上げるとそこにはジェームズがいた。眉間にシワを寄せて俺の事を見ているようだが、用があるなら声を掛けてくれよ。
「ジェームズ、どうした?用があるなら声を掛けてくれよ」
「さっきから、呼んでいたが?」
え?そうなのか?全然気が付かなかった。
「それは悪かった。で、なんだ?」
ジェームズは俺が作ったご飯を指しながら
「これはどうした?」
と聞いてきた。どうしたと聞かれても貰ったとしか言いようがないなぁ。
「貰った」
「誰からだ?」
「ダンジョンマスターから」
「はぁ」
そう言ってジェームズは頭が痛いと言わんばかりに右手で頭を押さえている。何だ?
「エン。これを定期的に仕入れることは可能か?」
それを俺に聞かれても困るなぁ。お米はユールクスから貰ったものだから、俺の采配でどうにかなるものではないからな。
「確認してみないとわからないが、いきなりどうしたんだ?」
「アマツ様がいらしたときは定期的に手に入れることができたんだが、今では手に入れることが適わなくなってしまったものをエンが料理していると聞いてきてみたんだ。まさかダンジョンマスターから手に入れていたとは」
その呆れ具合は俺に対してか?それとも天津に対してだろうか。
来ていただきまして、ありがとうございます。
ギリ一ヶ月経ってないですか?一ヶ月分の文字数には満たないですが、さぼった分多めに投稿しております。
どうしても、別の話を書きたかったのですが、流石に3つ同時投稿は無理でしたのでこのような感じですみません。
次話も不定期になります。できるだけ一ヶ月を目途にとは思ってはおります。