110 嘘じゃなかった
「なぁ。精霊と妖精からの言葉には何かあるのか?」
戻って来て執務室にいるジェームズに聞いてみた。マイアはどうしたかって?動きそうにないから、近くの宿屋に置いてきた。流石に引きずって歩くわけにもいけないし、外で放置するわけにもいけないからな。
「精霊や妖精は人のように嘘はつかないからな。まぁ。人を惑わす者や騙す者はいるがな。」
その辺りに違いはあるのか?それって嘘に含まれないのか?
「くくく。大体、妖精や精霊は人を誘導して貶めて楽しむ者たちが多いんだ。先程の話では、別に彼女たち自身が楽しむための言葉ではないだろ?そう言う意味のない嘘はつかない。」
意味のない・・・もしかして毎回脅しのように言われているヴィーネの『凍っちゃうの』は俺を騙そうとしているのか!
「じゃ、ヴィーネの『凍っちゃうの』は嘘か。」
「それはわからないな。氷の精霊が街にいること自体が異常だからな。それにエンがここを離れている間は見かけなかったぞ。」
どういうことだ。別に俺に付いてきていたわけではないから、元の住処に帰っていたのか?じゃ、そのまま帰っておけよ。
「しかし、面倒なことにならないといいのだが、エンだからな。」
ん?何がだ?
「この白き神が創られた世界で神に見放されたと知れば、狂気沙汰な事だ。」
俺にはよくわからない感覚だな。神が何かしてくれるわけでもなく、神に縋り付くモノでもない。
まだ、ナディアって神の言葉は伝えていないから、いいんじゃないのだろうか。神に怖いって言われるって相当だよな。
「ああ、話は変わるが、次の行商までの間は食堂の改善の続きをしてくれ。」
「あ?キアナがいればなんとかなるだろ?」
俺がそう言うとジェームズはため息を吐きながら、遠い目をしていた。
「エンが言っていたよな。スキルがあるから料理ができると思っていたのが間違いだったと」
「ああ。」
「誰もが作れる料理が作れないんだ。」
意味がわからないな。俺が行商に行く前はそれなりの物を作っていたよな。
「スキルだ。スキルで料理を作っているから、同じ工程をたどっても同じものが作れない。キアナ自身が作る物は美味しいのだが、他の者が作ると全く別の物になるんだ。」
なんだと!スキルでそれだけの違いが出てきてしまうのか。それだと、キアナが作る料理のレシピ化が出来ないということじゃないか。
無駄だったのか。キアナ、使えないぞ。
はぁ。暇だし食堂に行ってみるか。今の時間なら夕飯の準備をしている頃だろう。
ジェームズの執務室から出て、食堂に向かう途中、ヴィーネの突撃に遭った。
そのヴィーネの頭をガシリと掴む。
「毎回それはやめろと言っているよな。あと、今日はもうアイスはやらんぞ。」
「エン。凍っちゃうの。」
はぁ。それはもう通じないぞ。
「駄目だ。今日は駄目だ。」
ヴィーネは俺の手を掴んで頭から剥がしながら
「今日のエンは意地悪なの。エンのアイスは魔力がいっぱいだから、ヴィーネはお昼寝をしなくても元気になれるの。エンが居ない間はお昼寝して我慢したから、エンはもっとアイスをヴィーネにくれるべきなの!」
ん?昼寝?ああ、確か200年昼寝していたんだったか。それの何が関係するんだ?
「何で昼寝するんだ?」
「ヴィーネは古い古い精霊。だから、たくさん食べたの。」
食べたから昼寝をすると?
「大きな大きな氷のドラゴンを食べてヴィーネは強くなったけど、ドラゴンの力はヴィーネには大きかった。だからお昼寝するの。」
あー。あれか、その力を制御出来ないと、自分自身を眠らせて周りへの影響を押さえるか、外から魔力の元となるものを取り込んで氷の力を制御すると・・・嘘じゃなかった。マジで凍っちゃうのだったのか。
ヴィーネに抱えるほどのアイスを渡す。凍らされるのは勘弁だ。そして、そのまま食堂に向かった。
「だから、わからんって言っているだろ!」
「なんで、わからないのかが、わからないのですけどぉー。」
マギクスとキアナが言い合っているようだ。マギクスは普通に料理が出来ていた一人だ。その彼がわからないと言っているんだから、相当めちゃくちゃなんだろう。
その二人が言い合っている中、各個人が各々の仕事をしている。きっといつものことなんだろう。俺が出入りしていた頃にはそんな事はなかったのにな。
「何を言い合っているんだ?」
俺が声をかけると、全員が俺の方を向いた。おう、一斉に向かれると怖いな。
「エン、聞いてくれ!」
「エン、聞いてよ!」
マギクスとキアナが駆け寄って来た。この二人が並んでいると、アルティーナとキアナが一緒にいるような錯覚を覚えるな。
それを言うとマギクスが怒りそうだから、絶対に口にはしないがな。