アマノリリスの世界
「改めて自己紹介から。私の名前はアマノリリス。世界ヴァラリアで太陽の女神と呼ばれています。ヴァラリアは暁さんのような人族だけが住む世界です。なので私も人々が親しみやすいよう同じく人族の姿をしています。他の異世界のように人を害する魔物のような存在がいませんが、大型の肉食獣は存在します。魔法を使える人もいるので人々が協力すれば十分に倒せる程度です。人同士の争いはありますが、それでも比較的平和と呼べる世界でした」
アマノリリスが一度言葉を切った。考え込むように瞳を閉じた後、力強く見開いたのでここからは本題なのだろう。
「突然です。本当に突然奴らは……魔王軍が現れました。他の異世界から侵攻してきたんです。奴らは現れたその日に世界の半分を蹂躙しました。圧倒的な数と力でです。私の世界にも勇者と呼ばれる強い人はいました。私は女神として勇者や魔王軍と戦う人々に加護を与えて魔王軍に立ち向かおうとしました。でも……」
再度言葉が切れる。言いたくないことを必死に体の奥から引き出そうとしているような表情を浮かべてそれでもアマノリリスは言葉を続ける。
「魔王はおろか配下の魔物達にもまったく歯が立ちませんでした。何度目かの戦いで勇者も破れ、世界の人々は絶望に打ちひしがれました。このまま世界が全て蹂躙されてしまうと覚悟していたのですが、不意に魔王軍はその侵攻を止めました。理由は分かりません。ですが、私はこれを最後の機会と思いました。はるか昔に他の世界の神に渡された本のことを思い出して私は異世界の勇者に世界を救ってもらおうとしたのです。最後の手段でした。私の世界を、人々を救うにはこれしかないと」
「そこで俺と出会ったわけですね」
「いえ、実は暁さんの前に何人か転生させようとしていたのですが、準備に戸惑っている間に見失ったり、他に人が現れたりで機会を逃していました。ようやく準備万態で待機していた所に暁さんが現れたのです」
「運が良かったのか悪かったのか……俺でなければそのまま転生させられていたでしょうし、未遂ではなくなるから問答無用で逮捕でした」
「はい、そのとおりです。本当にごめんなさい」
「もう謝罪は結構。いつまでも謝れるとこちらが申し訳なくなります。次に頭を下げるのは世界を救ってくれてありがとうと礼を言う時にして下さい」
俺の言葉にアマノリリスの顔から若干緊張が解けたような気がした。
「いくつか質問してもよろしいですか」
「はい、なんでも大丈夫です」
「魔王軍と言っていましたが魔王自体の名前は分かりませんか。サタンとかルシファーとか」
適当に思いついた魔王っぽい名前を例に挙げてみるがアマノリリスは首を横に振って否定する。
「ありません。配下の魔王軍幹部達も魔王様と呼ぶだけでしたし、魔王本人も特別な名称は名乗りませんでした」
「その口ぶりだと魔王とは対面したことあるみたいですね」
「一度だけ。勇者が倒された時です。絶望に沈む私達の前に魔王は姿を表しました。天を真っ黒に染め上げるほど巨大な黒い霧。それが魔王でした。口も目もどこにあるか分かりませんでしたが、その場にいた私達は全周囲から魔王に睨みまれているような感覚に襲われながらその背筋が凍るような冷たい声を聞かされ続けました。そこで心を壊してしまった人もたくさんいました」
「よくその場から生き残れましたね」
「それは魔王の気まぐれとしかいいようがありません。私達が恐怖する姿に満足したのか魔王は配下と共に去っていったのです。その時から魔王軍の侵攻が止まりました」
「なるほど。それならまたいつ気まぐれで魔王軍が侵攻を開始するか分からない。だから焦っているわけか」
「はい。今この瞬間にも魔王軍が侵攻を始めているかと考えると私は……」
自分の世界のことを思い出しているのかアマノリリスの目に涙が浮かんでいた。
想像していた以上にアマノリリスの世界は切羽詰まっていた。
もしかすると既に自分の世界が滅んでいるかもしれないという恐怖にアマノリリスは常に苦しめられている。
俺ならその恐怖に耐えられるかと考える。おそらく耐えられない。知らない間に大事な人が亡くなってしまうなんて考えるだけで心臓が止まってしまいそうだ。
『乾斗様、心拍数が急上昇しております。どうかなさいましたか?』
体調を管理しているサリーが不調に気付く。考えただけで体調を乱すなんて心身ともに鍛え方が足りない。
「気にしないでくれ。少し嫌なことを考えただけだ」
『Will do』
アマノリリスを見ると自分の世界と人々のことを想ってすっかり気落ちしている様子だ。
「アマノリリスさんの事情を聞いた所で今度は俺の事を少し話しましょう。一方的に聞くだけじゃ申し訳ない」
「暁さんのことですか?」
「ええ、家に着くまではまだ時間があるので聞いてください」
「あ、あのその前にいいですか?」
「どうしました?」
「言葉遣い……普通にしていいですよ」
「別に普通ですが?」
「でも最初に出会った時とは違いますし」
「それは犯罪者として対応していたからです。今はどちらかといえばお客として対応しています。その違いです」
「お客でなくていいです。事実、この世界で私は女神ではありませんし、いろいろと負い目の方が多いので」
本人はそういうが女神は女神だ。それなりの敬意は必要だろうし、総務課からも頼まれている以上、客として扱うのは当然のことだ。しかし、俺としてもアマノリリスから直接被害を受けているため、敬語を使い続けるのは違和感を感じざるをえない。
この違和感が今後少しの間とはいえ生活を共にしていく上でなんらかの障害になる可能性は……。
「深く考えるのは面倒だからやめるか。気を遣うのも疲れるし」
考えたいことは別にあるためアマノリリスへの対応は必要最低限にしたい。アマノリリスが気を使うなというのであればその通りにしよう。万が一、総務課から注意されたなら直せばよいだろう。
「では改めて俺の事を話すからちゃんと聞くように」
「私から言っておいてなんですけど、割り切りはっきりしてますね」
「行動は早い方がいいだろう。まずは……そうだな。何か聞きたいことはあるか?」
いざ自分のことを話そうとしても何を話せばいいか。名前や仕事についてはもう話してあるからそれ以外になる。趣味を話すのは違うと思ったので逆に聞いてみることにした。
「えっと……それではご兄弟は?」
お見合いかっとツッコミたくなったが耐える。
「兄が二人に姉が一人、俺は一番下だ」
「お兄さんやお姉さんも暁さんと同じようにこの仕事をしてるんですか?」
「……いいや、していない」
兄達の事情を話すべき少し悩むがいずれ知ることになるだろうと考えて口を開いた。
「みんな、異世界へ連れていかれたよ」
主人公側の事情ですが、こっちはこっちでそれなりです。