反省会
多数を相手にした戦闘経験があまりない主人公です。
「ちょ、ちょっと主任!?」
「駄目だよ、ハロルド君。乾斗はどMなんだから、もっとSでいかないと。という訳でハードモード突入」
「乾斗、気を付けてくれ! 主任が今の君では対処が難しい敵を選択してしまった」
「……望むところだ。勝てる相手と戦っても訓練にならない」
『乾斗様、直上来ます』
サリーの警告で体を後ろへと引く。寸前、爪が鼻をかすめていった。上空から着地した相手に俺は壱式・甲を振るう。能力による打撃は地面をえぐり、殴りたかった相手は再び空へと逃げていった。
「小さな悪魔種か」
相手の姿を見て素直な感想を口にする。この青空に似合わない真っ赤な体に蝙蝠のような翼、両手足には鋭い爪が伸びていた。ギョロギョロとした目が俺を笑うようにとらえている。
大きさとしては人間の小学生低学年ほどの悪魔種が目視できるだけで5体。俺を囲むように空中に漂っている。
「サリー、周囲の状況を」
『Will do。小悪魔種、8体を確認。5体は周囲に展開中。残り3体は乾斗様の直上100Mほどで滞空』
「真上かよ」
Aランクの戦闘課職員なら100M先の敵を見つけて正確に倒すこともできるのだろうが俺には無理だ。能力的に遠すぎて届かない。しかも真上。この囲まれている状況で下手に視線を他に逸らしたら間違いなく周囲の奴らが襲ってくる。
『乾斗様、直上にて魔力反応。魔法による攻撃と想定します』
サリーの警告に従い、真上からの攻撃を回避するため右側へと飛ぶ。同時、右側にいる小悪魔種を能力で殴りつける。腰が入っていないため、リザードマンへ放った一撃より軽いがリトルデモンを殴り飛ばすには十分だ。
背後で上から撃たれた魔弾が地面に直撃した。爆風に背中を焼かれながらさらに前に進もうとするとサリーの警告音声が聞こえた。
『前方”特”注意です』
警告に従い、勢いで前に行こうとする体を足に力を込めて必死に押しとどめる。
先ほどまで行こうとしていた前方に魔弾が着弾する。
爆風と飛んでくる地面の破片から頭をガードするために腕を上げて耐えているとまたサリーの警告音声がインカムから響く。
『再び直上。回避してください』
サリーは滞空しているのは3体と言っていた。1体が誘導、もう1体が足止め、最後の1体がトドメとそれぞれ役割分担をもって魔弾を撃ってきたのだろう。
回避しようと足に力を込めるが、先ほど無理に足を止めてしまったため反応が遅れる。
『緊急回避処置を実行』
間に合わないと思った瞬間、着ていた筋力強化スーツが強引に俺の体を動かした。地面を転がるように魔弾を回避して立ち上がると俺の視界に広がる風景がいつの間にか草原から調整室の真っ白い風景に変わっていた。
ハロルドがシミュレーションを緊急停止したのだ。
「大丈夫かい!?」
「……ああ、大丈夫だ」
心配するハロルドの声に気落ちして答える。今、回避できたのはサリーが俺の身を守るために筋力強化スーツを操作したおかげだ。サリーの助けがなければ魔弾の直撃を受けていた。
俺自身の不甲斐なさに深くため息を付く。サリーが上空に3体いることを報告してきた時点で波状攻撃は予想できたことだった。その上での行動ができていなかった。
「ハロルド、もう一度頼む」
「すまない、乾斗。先に装備の調整をしておきたい。弐式については特にね」
「……分かった」
悔しさで奥歯を強く噛みながら壱式・甲を初期状態であるブレスレットの状態に戻す。
気持ちを落ち着かせようと何度か深呼吸をしている間に調整室のロックが解除されたので部屋から出るとハロルドが飲み物とタオルを手渡してくれた。
「お疲れ」
「ああ、漆さんは?」
「主任なら小悪魔種を出すだけ出したら自分の席に戻って行ったよ。主任の気まぐれで危険な目に合わせてしまってすまない」
「危険なことをするのが戦闘課の仕事だ。気にしないでくれ」
「その仕事の危険を減らすのが僕ら科学課の仕事なんだよ」
「十分仕事をしてくれているさ。調整室もそうだし、この装備も特注で作ってくれたしな」
「両方とも作ったのは主任だよ。僕みたいな凡人にできるのは主任が作ったモノを微調整するくらいさ」
「ハロルドも十分天才だろ」
15歳で大学入学後、18歳で卒業していて博士号をいくつも取得していると聞いている。一般的に考えて天才と呼ばれる部類だ。
「天才ね。主任に会う前は自分は天才だって思ってたよ。でも、まあ本物に出会ってしまうとね。自分をついつい卑下してしまうのさ。しかも、世界には主任クラスが数百人はいるっていうし」
「漆さんが数百人いるのを想像したら頭が痛くなるな」
「そうだね。僕は想像しただけで胃が痛くなったよ」
雑談をしながらハロルドは俺から受け取ったブレスレットにいくつもの端末を付けて調整作業に入った。俺は邪魔にならないように部屋の隅で先ほどの戦闘の反省点をまとめることにした。
「サリー、戦闘のレポートを頼む。っと、その前にさっきは助かった」
『お礼は不要です。乾斗様をサポートするのが私の仕事ですので。それに緊急回避の動作チェックができたので結果的に上々と判断します』
「俺の気持ちの問題だ。言うだけ言わせてくれ」
『Will do、では受け取るだけ受け取らせていただきます。1,000サリーポイント追加です』
「では改めてレポートを頼む」
サリーの操作するドローンが机にゆっくりと着陸するとカメラの部分から光が投射されて壁に先ほどの戦闘の映像が映された。
『乾斗様、レポートですが、激辛、辛口、中辛、甘口がありますがどれがよろしいでしょうか』
「カレーか? 激辛で頼む。厳しくしてもらわないとタメにならない」
『Will do』
サリーの激辛レポートは想像以上に辛く少々心が折れかけた。
サリーの激辛モードはきつい想定。