漆式能力強化壱式装備
俺の声に反応して両手首に装着しているブレスレットが展開し、中から発生した黒いナノマシンが俺の両腕を包み込むように付着していく。
『漆式能力強化壱式装備。問題なく展開しました。動作に問題ありません』
サリーによる動作チェックが終えると俺の両腕は指先から肘の辺りまで黒いナノマシンで覆われた状態になった。軽く締め付けられているだけで重さはほとんどない。肘まであるややきつい手袋をつけているような感覚だ。軽く握りこむとナノマシンが赤く発光して無数の線が腕を走る。
壱式・甲の性能は単純だ。打撃力の向上。普通に殴ってはリザードマンに効果がない俺の打撃力を壱式装備は5倍程度増幅してくれる。
俺の状況変化に警戒したリザードマンは距離を取るために後ろへと下がった。俺は強く拳を握りこむと距離を取ろうとしていたリザードマンに向けて拳を放つ。
拳が直に届く距離ではない。だが、俺には拳と届かせる能力がある。
<視線に捉えた対象との距離を無視して殴ることができる>
視線が捉えていたリザードマンの顔面が実際に殴られたようにへこみ、さらに後ろへと吹き飛んでいった。
『有効打撃と認定。ターゲットの意識レベル低下を確認しました。壱式・甲による乾斗様の打撃力向上は規定値内です』
サリーの報告通り俺の視線の先ではリザードマンが地面に倒れて動かなくなっていた。
慎重に近づいて確認するとリザードマンの顔面が俺の拳のサイズでへこんでいた。
「不意打ち気味で殴って昏倒させるのがやっとか」
俺の能力はサイコキネシスのような念動力と同一視されがちだがそこまで便利じゃない。力を使えるのは殴った時だけ、蹴りでは使えない。実際に殴る動作をしないと発動しないし、見えない目標や遠すぎる目標は殴れない。加えて威力も実際に俺が殴ったのと同じでそれ以上にもそれ以下にもならない。
壱式・甲で殴っていなければ昏倒すらさせられなかっただろう。
「防御力のあるリザードマンだからね。人だったら死んでる威力だよ」
ハロルドの励ますような声が聞こえてきた。
「人を相手にするだけなら俺もこの装備を作ってくれとはお願いしていないさ」
俺個人の力では異世界の怪物達を相手にするには力不足だ。
それにこの世界には人と定義していいのか怪しい強さを持った人達が沢山いる。俺はこの専用装備を使ってもその人達の足元にも及ばない。
「乾斗、それじゃ次行くよ」
ハロルドの声と共に再び前方に光の柱が現れた。
何が出てくるのかと身構えていると光の中から無数の蔦が現れて襲い掛かってきた。
その場から下がると同時に襲ってくる蔦を能力を使って殴りつける。本物の腕で殴るとその瞬間に絡みつかれてしまう可能性があるが俺の能力で遠くから殴る分にはその心配はない。
が、殴られた蔦は少し勢いを損なった程度で再び俺に向かってきた。
蔦全体がしなるため打撃による効果は弱い。
それはおそらく本体も同じだろう。
襲い掛かってくる蔦を打撃しながら視線をずらすと人間の大人でも軽く呑み込めるほどの大きさのウツボガズラが壺型の口をこちらに向けていた。
戦闘課の訓練としてあの種のモンスターに呑み込まれたことがあるが、あの中は狭いし液体がベトベトするし、甘い匂いが思考を麻痺させてくるので非常に厄介だ。俺程度では呑み込まれたら外には出れないだろう。
ウツボカズラによく似た食人植物。確か正式名称は別にあったはずだが、思い出せないのでこの場ではウツボカズラと称しよう。
この手の相手との戦い方としては蔦に捕まらないように距離を保ちつつ戦うのがセオリーだ。相手は植物系なのだから火を使う魔法や超能力などで燃やせばよいのだが、俺にその能力はない。ただ殴るだけしかできない能力だ。
なので俺はまた装備に頼る。
「弐式・乙展開!」
声に反応して甲状態で展開されていたナノマシンが配列を入れ替えていき、握った拳の前方に半円状の刃が形成される。握りこむとナノマシンが青白く光り始めて刃を照らした。
向かってくる蔦に拳を振るうと打撃が斬撃になり蔦を切り裂いた。
蔦を切られた相手が怯み、蔦の攻撃が止んだ。
その一瞬にウツボカズラへと向かって走り出し、能力の射程内に相手を収める。接近に気付いたウツボカズラが蔦を伸ばしてくるが、それらには構わずウツボカズラ本体に向けて拳を振るう。
斬撃となった拳がウツボカズラの体を切り裂く。しかし、一撃だけでは傷が浅い。なので迫る蔦をかわしながら続けて拳を振るい続ける。
十発以上打ち込んでようやくウツボカズラは沈黙した。ズタズタに切り裂かれた胴体からは消化液があふれ出して地面を溶かしていた。
息が上がり、体中が熱くなっていたがその中でも一番熱くなっていたのが両腕だった。
弐式・乙が高温で発熱し俺の腕を焼いていた。
弐式・乙は打撃を斬撃に変換するという優秀な装備ではあるのだが、稼働した際の発熱量に冷却量が追い付いていないため、使う度に俺は腕に火傷を負う。
「ハロルド、腕が熱い」
「分かってるよ。うーん、この前の調整で大分改良したんだけどね。威力向上で発熱量も上がってるせいでプラマイゼロになってるのかな」
「はやくなんとしてくれ」
「冷却は引き続き行っているからしばらく何もせず待っていてくれるかい」
「サリー、どのくらい待てばいい」
『現在の弐式・乙の内面温度は45度。規定の温度に戻るまで約180秒です』
「分かった。息も上がっているし少し休む」
弐式・乙の温度が下がっていくのを感じながら俺は改めて周囲を見る。先ほどまで戦っていたのは間違いなのだが、青空にどこまでも広がる草原は俺の心を和ませてくれる。こんな場所にいつか家族全員で遊びに来たいと思ってしまう。家族で一番下の俺が今年で17歳なので家族全員でピクニックを楽しむような歳でもないのだが。
『乾斗様、弐式・乙の内面温度が規定値に戻りました』
「分かった、サリー。壱式・甲、展開」
次はどんな敵が現れるか分からないので一番使いやすい形態である壱式・甲へ戻しておく。
「乾斗、準備はいいかい」
「問題ない。ハロルドこそちゃんとモニターしてくれよ」
「してるよ。ちなみに報告すると前回のシミュレートより動きは良くなっているね。主に回避かな。前回は今のような相手だと何度か攻撃を受けていたのに今回は一度で済んでる」
「運が良かっただけだ。100回やって100回無傷なら動きが良くなったと評価してくれ」
「自分に厳しいね、乾斗は」
「このくらいで厳しいとはいわない」
「なら次は厳しいのいくよ」
「!?」
突然、漆の声が聞こえたかと思うと視線の先で無数の光の柱が立ち上った。
専用装備は10種類構想がありますが、大半は開発中。