終幕が来る
殴った衝撃音が周囲に響く。殴ったガイールの体は地面に叩きつけられ、周辺を大きくへこませた。体の殆どを地面にめり込ませたガイールは一切の動きを止めて静かになる。
『陸式・己、緊急パージします』
サリーの操作で無理やりに外された陸式・己が俺の右腕から地面に落ちて、露わになった右腕からは壱式・甲の上からでも分かるほど血があふれ出ており激痛が走る。歯を食いしばって意識が飛ばされそうなるのを耐えている内にサリーが打ち込んだ鎮痛剤が効いて痛みが和らぐ。だが、大量に投入したせいか眠気が強くなってきた。
「サリー……電気ショック」
『Will do』
電気による痛みが走り眠気が緩和される。ガイールを倒したことを確認しなければ寝るわけにはいかない。
「状況確認を頼む……サリー」
『敵生体の状態を確認中……』
サリーの確認が行われている中、足から力が抜けて後ろに倒れてしまう。このまま頭から落ちるのはやばいと直感したが足にも体のどこにも力が入らない。
頭部への痛みを覚悟したが、倒れこむ途中で誰かに背中を支えられる。
誰かというかこの場には一人しかいないのだが。
それと正確言えば支えるというよりも後ろから抱き着かれているというのが正しい。
「乾斗さん……」
アマノリリスの涙声が聞こえる。また泣いているようだ。抱き着いているアマノリリスの腕の力が強まり腹部が圧迫され、その結果、激痛が俺を襲う。
「いっ!?」
「ご、ごめんなさいっ!」
反射的に離れようとしたアマノリリスの腕を左手で掴んで止める。
「こ、このままゆっくりと下ろしてくれ」
「は、はい……」
地面に座り込んで少し落ち込むと改めてアマノリリスと顔を合わせる。泣き顔だったが安堵しているような表情だった。
「乾斗さん……倒したんですよね」
「たぶんな。これで起き上がってこられたら打つ手がない」
「ありがとうございます」
「今、お礼を言われる理由が分からないんだが?」
「この言い方が正しいのか分かりませんけど、乾斗さんは仇を取ってくれました。私の世界……ガイールに殺されてしまった多くの人の……」
「そのお礼ならいらない。俺一人では無理だった。アマノリリスさんの加護のおかげだ。加護がなければ途中で死んでたよ」
今こうして意識が保てているのも加護のおかげだろう。サリーの予想していた限界時間は過ぎているはずだ。
「そんなことありません。乾斗さんが諦めなかったから、最後まで勝とうとしたからです。私の力なんて本当に何の役にも立たなかったんですから」
「謙遜するなといってもアマノリリスさんの場合は無理だな。謙遜したままでいいからこの前みたいに治療してくれないか。このままだと医療班が来るまで生きてられる自信が正直無い」
「は、はい。<我が名に連なる熱き力よ。今、その力を癒しとせよ>」
アマノリリスの手から発せられた回復魔法の淡い光に照らされるとむず痒い感覚が全身を走った。痒さに耐えるために顔が歪む。
「い、痛かったですか? すいません、何か失敗を……」
「違う違う。これは効いている証拠だ、たぶん。サリー、確認はまだか?」
『既に完了しています。敵生体の完全沈黙を確認。乾斗様の勝利と判断します』
「完了していたならはやく言ってくれ。今の今まで気が抜けなかった」
『アマノリリス様が乾斗様に抱き着いた辺りで完了していましたが空気を読みました。優秀ですので』
「なんの空気を読んだんだ?」
サリーの行動に疑問は残るがともかく戦闘が終わったことが分かりようやく安堵が出来た。
「これで送迎会に行ける。でも買い物はもう一度しないといけないか」
俺の視線の先には地面に散らかってしまった肉や魚などの食材があった。戦闘中に気が付いたら手放していたが想像以上の惨状だ。この場合の存在は経費などで出るだろうか。別にお金には困っていないがこれはこれだろう。
「もう乾斗さん、送別会どころじゃないですよ。すぐに病院に行かないと」
「怪我ならアマノリリスさんが治してくれてる最中だろ。信頼してるからちゃんと治してくれ。そうじゃないとと千華ちゃんの料理が食べれない」
「乾斗さんはいつも千華ちゃんですね」
「カワイイお嫁さんのことを常に考えるのは当然だ」
緊張が解けてやや口調が軽くなり、この後の事に思考が巡る。怪我の治療、食材の買い直し、汚れてもいるから一度風呂にも入らないといけない。この戦闘のレポートはサリーがやってくれるだろうが、それとは別に直接報告に行かなくていけないだろう。科学課の人達にもお礼を言わないと……。
考え込んでいると瞼が重くなってきた。緊張が解けたせいか今まで無視していた疲労を一気に感じ始めて体が休めと命じているようだ。
アマノリリスの治療を受けているし、医療班もすぐ来るだろうから今寝ても大丈夫だろう。
素直に目を閉じて休もうと全身の力を抜く。
「っ!!?」
突然、全身に緊張が走り眠気が一気に消し去った。もう限界だと悲鳴を上げていた体が、生存本能が危険を知らせるように俺を叩き起こす。
直感が示したガイールが倒れている方向へ視線を向けると、ガイールの体から何か黒いモヤのようなモノがあふれ出ていた。
「なんだ、アレは……」
絞りだした声が震えていた。震えている体がヤバい何かが起ころうとしていることを教えている。アマノリリスの回復魔法が止まっていることに気付いて様子を見るとアマノリリスは両肩を抱えるようにして震えを抑えていた。その顔は見たことがないほど恐怖に染まっていた。
「……きます」
『異世界からの干渉を確認。敵生体を起点に干渉が発生。干渉極大のため観測しきれません。緊急避難を提言します。出来る限りこの場から離れてください』
サリーの警告に従おうにも体が言うことを聞いてくれない。負傷もあるがそれ以上に見えない何かに縛り上げられているように指先一つ動かせない。
心臓の音だけが高鳴っていくのが聞こえる静寂の中、ガイールの体から発生した黒いモヤが上空に広がっていき視界を覆っていく。
「情けなし」
黒いモヤの向こうから低い声が聞こえてきた瞬間、心臓が鷲掴みにされたかのような感覚に襲われて冷や汗が噴き出した。
サリーは空気読める子。
それはそうと、一難去ってまたという展開




