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両腕分の奥の手


 「乾斗さん?」


 「勝手に頼るな。俺は頼られるほど強くない、弱いんだよ。弱い俺に頼るくらいならもう少し自分で頑張れ、抵抗しろ、他人を諦める理由にするな!」


 「で、でも、こうしないと乾斗さんがっ!」


 「ああ、さっきので殺されていた。だけどな、アマノリリスさん、あんたは世界を守る義務があるんだろう。自分の世界だ。人間一人の命運と世界の命運を天秤にかけて一人の命を取るんじゃない!」


 「なんでそんなこと言うんですか! 私は私の世界を守りたい、私の世界で生きている人達を守りたいんです! 本当です! でもだからって乾斗さんが……目の前で殺されるのを我慢なんてできるわけないじゃないですか!」


 「我慢しろ!」


 「出来ません! 私の世界も乾斗さんの命も大事なんです。私はただ目の前の命を救いたくて……だから」


 「我が言うのも可笑しいが女神を虐めるのもその辺りにしておけ。これ以上無駄な時間をかけるというのなら貴様を黙らせる」


 ガイールが俺に向かって手をかざした。先ほど空間を圧縮させた攻撃が来ると察して避けようとしたが、足がうまく動かずガイールの掌握した空間に捕まってしまう。そして全方位、頭から足の先まで空間ごと押しつぶされる。


 「ぐっ!」


 なんとか体は潰されずに済んでいるが口を開くことすらキツイ状況になる。


 「ガイール、やめて! 素直に付いていくって言っているでしょ!」

 

 「勘違いするな、女神よ。付いてくるのは当然だ。貴様が鳴こうが喚こうが連れていくことに変わりはないし、さして労力に違いもないだろう。それでも貴様の願いを聞いてやったのは滅びゆく世界の女神へ対する我なりの粋な計らいだ。それを無碍にする輩には手心を加えてやる理由はない」


 ガイールが手を握る動作をすると圧がさらに強くなり、体中の骨が軋み始める。圧に耐えられなくなった留め具が壊れたウェストバッグが落下して中身が散乱する。


 「やめて! やめてよ! お願いだから……やめてよ!」


 アマノリリスが泣きながら細い腕でガイールを叩く。当然ガイールにダメージなど与えるはずもなく、逆に何度も叩くアマノリリスの腕から血が出ていた。


 「私のことならいくら傷つけてもいいからこれ以上はもう私の大事な、好きな人達を傷つけないでよ……」


 アマノリリスが膝から崩れ落ちていく。俯いているので顔は見えないがおそらく泣いている。

 ガイールのせいではあるが、俺のせいでもある。泣かせてしまった、怒らせてしまった。癪だがガイールの言う通り虐めてしまったかもしれない。彼女なら俺が犠牲になることを望まないこと、そんなことになるなら自分を犠牲するくらいのことは想像できていた。自分の世界と二択で選ぶことなんてできないことも。


 「アマノリリスさん、あなたは本当に女神らしい女神だよ」


 通信機越しで俺の呟いた声が聞こえたアマノリリスが俺の方を振り向く。彼女の視線が俺へと向いたタイミングでウェストバックの中から零れ落ちた小さな銀色の箱に向かって打撃を飛ばす。手首を動かして殴るだけの威力の無い打撃だが、箱を殴り飛ばすのには十分でアマノリリスの方向へと飛んでいく。

 飛んでくる箱に気付いてくれたアマノリリスが箱へと手を伸ばす。が、銀色の箱がアマノリリスへ届く寸前、ガイールが遮るように前に出て箱を掴んだ。


 「なんだこれは? 女神への餞別か? それともこの状況を打開する道具か。だとしたら苦肉の策にしても渡す方法が雑すぎる」


 「雑で結構。お前が持った時点で大成功だ」


 『到達します。アマノリリス様、防御姿勢を』


 サリーの言葉でアマノリリスさんが頭を守るようにして身を低くすると同時にWDWC東京支社より発射されてきた銀色の飛来物がガイールへと直撃してガイールを吹き飛ばした。

 ガイールの意識が途切れたからか束縛から解放された俺は飛んできた箱の煙で視界が悪い中、ガイールが吹き飛ばされた方向へと走る。痛みが全身を激しく駆け巡るが気合で無視する。最後は気合かと自問自答しながら走る際中、煙の隙間からアマノリリスと目が合ったが詳しい状況を説明している暇はない。

 今の攻撃でガイールを倒せていればと期待はするが、そうでない場合にはこのタイミングでしか追撃はできない。勝機はここしかない。走っていると落下してきた飛来物、陸式・己(ろくしき・つちのと)が入った箱が転がっているのが見えた。

 ガイールも周辺にいるはずと左右を見渡していると煙の中から伸びてきた腕が俺の首を掴んだ。


 「あがぁっ!?」


 息苦しさで苦痛の声が上がる。


 「随分とふざけたことをしてくれたものだな」


 ガイールの声と共に煙が徐々に晴れていって姿が見えてきた。


 「!?」


 鋼鉄の箱の直撃を受けたためだろう。ガイールの兜が外れてその頭部が露わになっていた。ガイールの頭部は想像以上に歪だった。顔の前面にはアマノリリスさんの世界の勇者の顔が縫い付けられており、側頭部や後頭部には皮膚が一部にしかなく、ひび割れた白い骨がむき出しになっている部分と錆付いた金属で覆われている部分が混在していた。唯一の皮膚と呼ぶ箇所も人の肌ではなく爬虫類のような鱗が張り付いていた。

 色んなものを適当に無理やり繋ぎ合わせたような姿に気持ち悪さが胸の奥から込み上げてきた。

 俺の表情から感情を呼んだのかガイールは張り付けた顔の口元を無理やり引っ張り笑顔を作る。


 「我の姿に恐怖したか? 当然だ、そうなるように作られている」


 「つ、作られた?」


 「我を含めた魔王軍は魔王様により創造された者達よ。より多くの生物を恐怖させるために姿を、力を与えらえたのだ」


 「悪趣味だなっ!」


 首を絞める力が強まり苦しい息が漏れた。


 「誉め言葉だ」


 「誉め言葉? お前、自分の姿が本当は嫌いなんだろ?」


 「何?」


 「くっそ硬い鎧で体と顔を隠して、唯一見せてもいい部分は他人の借り物。オカシイじゃないか。自慢の、褒められるもんならもっと堂々と見せるもんだ」

 

 「……っ!」


 図星だったのかガイールは両手で俺の首を絞めてきた。


 「すぐには殺さん。このままゆっくりと絞め続けて苦しませながら殺す」


 言葉通り力が徐々に強くなり、意識が飛ばないギリギリで締め上げてきた。

 

 「た、助かる。一気に殺しに来られた終わりだった」


 「?」


 俺の言葉の意味が分からずガイールの首がわずかに傾いた。何かあると警戒してくれたおかげで腕の力が少し弱まった瞬間、隠し持っていた手錠をガイールの両手にかける。


 「サリー!!」


 『Will do、封印式作動します。効力100%』

 

 喉を掴んでいたガイールの手から力が抜ける。何が起こったのか分かっていないガイールの顔面に能力と実際の左拳で二重に打撃を叩き込んだ。

 ガイールは殴り飛ばされて地面を転がっていく。俺は追撃を加えようとしたが足がもつれて転んでしまった。慌てて立ち上がるとガイールもほぼ同時立ち上がっていた。


 「何を、何をしたぁぁ!」


 必死に手錠を引きちぎろうと力を込めながらガイールが叫ぶ。

 生憎と答えてやる義理も余裕もないので拳を叩き込む。封印式が効いているようでガイールは再び殴り飛ばされる。ダメージについては見た目では分からないのでこの後はガイールが動かなくなるまで殴り続けるしかない。


 『乾斗様、封印式への負荷が高いため効果は長く持ちません』


 「どのくらい持つ?」


 『乾斗様の体ですか? それとも封印式でしょうか?』


 「両方だ」


 『封印式は約4分ほどが限界と計算します。乾斗様の方は平均的な活動限界値として3分。気づいていないと思いますので報告しますとかなりの量を出血しています』


 サリーに言われて自分の足元を見ると周囲には赤い血だまりが所々に出来ていた。スーツの隙間から漏れ出たのだろうか。実際の量は分からないが見た目的に確かにそれなりに出血しているようだ。


 「人間……これだけ血を流しても大丈夫なんだな」


 『大丈夫ではありません』


 「後3分は大丈夫なんだろう?」


 『残り2分40秒を切りました』


 急がなくてはいけない。サリーの計算は期待値込みだ。今この瞬間気を失っても不思議ではない。そうなればせっかく作ったこのチャンスが無駄になる。このまま攻撃を続けて俺が倒れる前にガイールを倒せるか。こればかりはサリーに聞いても分からないだろう。これまでは時間を必死に稼いできたがこれからは時間をかければかけるほど俺が不利になる。やるべきは超短期戦。一撃での決着だ。幸いにもそれができるモノが近くある。


 「サリー、本当は使うつもりはなかったが……」


 『推奨されません』


 「俺が言う前に拒否するな。何をするのか分かっているのか?」


 『状況から推測しました。陸式・己の使用は勝率は上がりますが生存率が下がるため推奨されません。専用AIとして乾斗様の生命を保護する役割があります。これ以上の体への負傷は認められません』


 「科学課で再調整しているはずだろ。以前のようにはならないさ」


 『再調整の報告は受けておりますが、それでも体への負担はゼロではありません』


 「時間がないんだ。これ以上の言い争いはしたくない。頼む、サリー。お前のサポートが必要なんだ」


 『……』


 珍しくサリーが黙り込む。


 「優秀なAIだろ? なら俺への負担がなるべく無くなるように調整してくれ」


 『今までで最難関の命令と判断します』


 「できないか?」


 『……できないとは言えません。優秀なAIですので。ですが、この命令を達成するためには乾斗様のご協力も必要となります。ご自身でも生命の保護に取り組んでください』


 「当たり前だ。死ぬ気なんてサラサラない。今日の送別会のメインディッシュは千華ちゃんの手料理だぞ。食べるまで死ねるか」


 千華ちゃんの手料理を食べることを意識したら気のせいだろうが元気が少し戻った。


 『乾斗様、時間が2分を切りました』


 「お前がゴネていたせいだろう?」


 起き上がってきたガイールを倒すように殴りつける。着ている鎧が重いせいか動きが遅くて助かっている。ガイールがまた起き上がる前に陸式・己が入ってる箱へと移動して装備する。装備するのは右腕分だけだ。怪我をしている状態で両腕にこの重さはそれだけで体力が減る。右腕なら既に折れているしこれ以上怪我を負っても治療は右腕だけで済む。それに左腕は起き上がってくるガイールへのけん制のために軽くしておきたかった。


 「おのれぇ、この鉄の輪のせいか! 我の力を封じるとは小癪なっ!」


 ガイールが膝を尽きながら悔しそうに叫ぶ。


 『封印式への負荷増大。残り時間約60秒です』


 「一気に短くなりすぎだろ。サリー、調整早くしろ」


 『Will do、20秒ほどお待ちください』


 残り時間が1分を切っている中での20秒は致命的に長い。焦っている中、ガイールが俺の右腕に装備した陸式・己に視線を移したのが分かった。あからさまに威力重視な見た目の武器だ。警戒されて逃げられたヤバい。

 次の瞬間、嫌な想像通りにガイールが距離を取る行動をする。確実に仕留めるために実際に殴って能力と二重で打撃を与えたい。逃げられると近づくためだけに時間が取られて封印式と俺の限界が来てしまう。

 逃がさないため足へと打撃を飛ばすが動く足への打撃は視点がズレて攻撃が外れる。これ以上距離を取られたらヤバいと俺も走り出した直後、ガイールの逃げた先に炎の壁が現れた。


 「女神かっ!」


 「逃がさないっ!!」


 アマノリリスが出した炎の壁を前にしてもガイールは中へと飛び込んで距離を取ろうとする。

 しかし、一瞬、本当に一瞬だったが炎を目の前に躊躇したガイールの足が止まった。それだけで十分だった。

 左拳から放った一撃がガイールの足を捉えて膝を崩す。

 膝を落として俺の方を振り返り、悔しそうに歯を食いしばっているガイールの顔面の上から陸式・己の拳を叩きつけた。


ようやく叩き込めましたー。

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