後は頼んだはもう嫌だ
アマノリリスを安心させるために言った言葉に何時の間にか上空から降りてきたガイールが答えた。視力は回復しているようでしっかりと俺を見るその眼力だけで気圧されそうになる。
「楽しみにしてくれるならもう少しじっと待っていてくれないか」
「それはできんな。私の使命は女神を連れ帰ることだ。これ以上は遊んでいる暇はない。他所で暴れている部下も連れて還る必要もある」
「他所で暴れている? おい、どういうことだ」
「言葉通りだ。女神が消えて以来、魔王様の命で一切の戦いを禁止させられたせいで欲求不足な奴らが多くてな。女神捜索のためということで何人か連れてき。全員がこの世界で好き放題暴れているわ。女神を探すという目的を忘れてな。真面目に命を果たそうとしているのは我だけよ」
A級職員の救援がない理由もこいつらのせいだったか。
『各地の戦闘のうち、一部は終了しておりますが引き続きA級職員は別の地区へ駆けつけているため、乾斗様がいるこの地区への優先度は低く位置付けられております』
サリーの無慈悲で冷静な報告に冷や汗を拭う。
確かに当然の判断だ。WDWC職員がいる現場よりも民間人だけの現場が優先されるのは当然だ。さらに隔離空間を展開しているのだから最悪の俺が倒れても時間が稼げると判断されている。
「こんなことなら隔離空間の展開はやめておけば良かったか?」
『それは推奨されない行動です』
「分かってる。ただの愚痴だ」
こうなったらひたすら時間を稼ぐしかないと覚悟を決めて再び身構える。
「では終わりとしよう」
聞こえてきたガイールの声は腹部から走った激痛にかき消されそうになる。攻撃されたと理解したのは斬り飛ばされた後だった。喉の奥から込み上げてきた血が口から噴き出る。
『あらば骨および内臓への損傷大。早急に治療が必要と判断します』
そんな暇はないと言い返そうとしたが、込み上げてくる血が邪魔をして声を出せない。
アマノリリスの加護で強化されているのにも関わらずガイールの動きにまったく反応できなかった。上半身が斬り飛ばされていないのはスーツのおかげで、内臓や骨が形を保っているのは加護のおかげだろう。
これがヤツの本気だとしたら今まで相当手を抜いていたことになる。
必死に姿勢を立て直してガイールに打撃を飛ばす。が、視界でしっかりと捉えていたガイールの姿が消える。視界の端に影が見えた瞬間、きちんと視界に収めるより前に両腕を掲げて頭を守る。
直後に来た上からの衝撃に地面へ叩きつけられた。右腕から聞こえてきた嫌な音を無視して斬りかかってきたガイールを蹴り飛ばして距離を稼ぐと無事な左腕を支えに転がりながら立ち上がる。
「よく防いだ。カンの良さは勇者以上だな」
「……っ」
何か言い返そうと口を開くが声の変わりに血が噴き出す。
『右腕損傷、折れています。緊急処置として鎮痛剤およびスーツ圧迫による外固定を実施』
スーツの引き締めが強くなり圧迫される。痛みが走ったが同時に投与された鎮痛剤のおかげで次第に和らいでいった。この場合、感覚がなくなっていくという表現の方が正しいのかもしれないが、痛みで戦えなくなることはなさそうだ。
「最後にもう一度聞こう。女神を渡せ。そうすればこれ以上お前を害しはしない」
「無駄な時間とか言いつつも無駄な質問はするんだな」
口に溜まった血を吐き出すとようやく声が出せた。声を出すだけ息をするだけで再び痛みが全身を走る。倒れそうになるが、駆け寄ってくるアマノリリスが見えたので奥歯を噛んで耐える。そして右手を掲げてアマノリリスを静止させる。
「答えは一緒だ。彼女は渡さない」
「だろうな。お前のような奴らは皆、そういう愚かな答えをする」
一息で距離を詰めてきたガイールに拳を叩き込む。先ほどまで多少は効いていたはずの俺の攻撃にガイールは何の反応も見せずに俺の頭を鷲掴みにする。
ガイールに鷲掴みにされた俺の頭は想像したくない想像通りに地面へ向かって叩きつけられた。
頭部への衝撃で意識が一瞬飛ぶ。
すぐ意識をなんとか持ち直すが再び襲ってきた頭部への衝撃で視界が真っ暗になり意識がまた飛ぶ。何度も襲い来る激痛に意識を失い、そして戻される。何度目からか痛みを感じなくなり意識深く沈んだ。
心臓が跳ね上がる衝撃で俺は目を覚ました。全身が軽く痙攣しており、何とか開けた視界はぼやけていてよく見えない。顔全体が腫れあがっているようで感覚があまりない。
自分の身に何が起きて、こうなっているのか思い出す前にサリーの声がした。
『意識レベル上昇、念のためもう一度電気ショックを与えます』
「やめろ、サリー」
危機的な状況への反応からか一気に事態を思い出す。
血と土が交じり合った唾液を吐き捨てながら立ち上がりガイールを探す。意識を失っていたのはどのくらいの時間か分からない。俺への攻撃が止んだということは救援が来たのか。
はっきりとしてきた視界に見えてきたのはガイールの傍に立つアマノリリスの後ろ姿だった。
「アマノリリスさん!」
思いのほか出た大きな呼び声にアマノリリスが振り返る。震える両手を抑えるように胸元で握る彼女は泣いていた。
何があった、俺が気絶している間に何が……。
「よ、良かったです、目を覚ましてくれたみたいで」
震える声で今まで聞いたことがないほど弱弱しい声でアマノリリスが言葉を続ける。
「お別れはちゃんとしたかったので」
「何を言っているんだ、何があったんだ!」
「状況から理解しろ、敗者よ」
横から会話に入ってきたガイールを睨みつける。
「貴様は女神の嘆願により命が救われたのだ。着いていくから救ってくれとな。感謝して残りの命を全うするがいい。もっとも女神の世界が滅んだ次はこの世界かもしれぬがな」
「アマノリリスさん、そいつと一緒に行くっていうのか! それが何を意味するか分かっているのか!」
「……分かって……ますよ。乾斗さんが救われます」
「違うだろ! 俺の事じゃないだろ!」
分かっているはずだ。彼女はソレを言葉にしたくないだけだ。言葉にすると考えてしまう。これから自分の世界がどうなってしまうのかを。だから彼女は言葉を濁して少しでも前向きな言葉を出した。
俺は今、彼女にソレを言わせようとしたのかと自己嫌悪に陥りそうになるがそれは後回しだと歯を食いしばる。
本来は明日救援隊が彼女の世界へ行く。彼女の世界は救われるはずだった。だが、ここで連れ戻されて魔王軍の侵攻が開始されればどうなるか分からない。
状況が変わったといって救援隊の出発が先延ばしになるかもしれない。明日行けたとしても救援隊が付いた頃には世界が滅ぼされている可能性もある。
当然そうならない可能性もある。だが、それでも彼女は自分の世界を滅びる可能性の高い選択をした。
たった一日の差が絶望的な選択を彼女にさせてしまっている。
「乾斗さん、私、この世界に来て良かったです。私の世界とは歴史も文化も何もかも違うけど、だからこそ今まで経験出来なかったことを沢山経験できました。料理、美味しいかったです。千華ちゃんやカカクゥさんもいい人で良くしてもらいました。念願の妖精さんとも会えました。沢山の知識も勉強できました」
アマノリリスが別れの言葉のようなモノを話しているが俺にはそんな話を聞く気はない。考えるべきは勝つ手段だ。手段はある。時間がないだけだ。
「私、ここがとっても好きです。素敵な人達が住んでいる素敵な世界だと思います。だから……だからこれ以上は迷惑はかけられません。一番お世話になった乾斗さんには千華ちゃんと幸せになってほしいですから」
「それは言われなくても幸せになる」
「もう千華ちゃんの話題が出ると反射的に行動しちゃうのは乾斗さんのイイ所ですけど、結構人にひかれる所ですよ」
「女神よ、時間切れだ」
ガイールがアマノリリスの肩を掴む。アマノリリスが体を震わせて歯を食いしばったのが分かった。
「乾斗さん。この世界は……私の大好きなもう一つのこの世界は乾斗さん達が守ってください。大丈夫です、乾斗さんも知っている通りこの世界には強い人が沢山いますから。魔王軍なんかに負けませんよ。だから……だから、後は頼みます、お願いしますね」
アマノリリスが笑っている。前にも見たことがある笑顔だ。だけど、それはアマノリリスの笑顔じゃない。千華ちゃんの両親の笑顔だ。異世界へ連れて行かれそうになる寸前、千華ちゃんを俺に託した際に見せた笑顔だ。
頼みと願い。それを言っておいて俺に向けるその笑顔には何の意味があるんだ。俺に頼んで安心した笑顔なのか。今も昔も俺は頼られて安心してもらえるほどの人間じゃない。頼られても困る。勝手にお願いされては困る。それを無碍に出来ない俺に、これ以上俺に背負わせないでほしい。
「そんな頼みはもう聞けない」
だから今回ばかりは拒絶させてもらう。
ガイールさんちょうつよい
 




