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戦闘課と科学課

乾斗君は自称女神と別れてある場所へ向かいます。

 戦闘課のフロアがある階でエレベータを降りて俺の視界に入ってきたのは前と左右に広がる無機質な白い通路、そしてエレベータ前で待ち構えていたAIロボットだった。


 『お待ちしておりました、暁様。更衣室までご案内します』


 「頼む」


 AIロボットに連れられて廊下を歩きだす。静かな廊下に俺の足音とAIロボットの走行音だけが響く。


 「誰もいないのか?」


 研修時代の同期がいれば挨拶くらいはと思ったが誰とも出会いそうにない。戦闘課の主な仕事は異世界への対応であるため基本は外の巡回だ。それでも最低限の職員は残っているはずなので誰かとはすれ違うと思っていた。


 『先ほど発生した異世界からの侵攻対応で職員が通常より少なくなっております』


 案内してくれているAIロボットが答えた内容に俺の心臓が大きく鼓動を打つ。

 そんな大変な事態が発生している雰囲気は少なくとも一階の受付にはなかった。何事もなかったかのように全員が普通に仕事をしているように見えた。


 「サリー、本当か」


 『本当です。1時間13分前に中野区で発生、そして2分前に戦闘は終了しております。一般市民および周辺地域への被害なし。戦闘課職員への被害も軽微となっています』


 「俺に連絡は……あるわけないな」


 『規定によりBランク職員である乾斗様への連絡義務はありません』


 事実を淡々とした口調で言われる。Bランク職員である俺が異世界からの侵攻などの場面に出向することはない。現場に居合わせても実力不足で他の職員を困らせるだけだろう。

 いや、気落ちしてはダメだ。

 俺は異世界からの被害を未然に防いだのだ。出来ない事に落ち込むよりも出来たことを誇ろう。


 『暁様、到着しました』


 気落ちしかけた気持ちを切り替えている間に更衣室へ到着していた。AIロボットは案内が終わったため持ち場へ戻っていく。

 更衣室は大勢が着替える部屋ではなく職員一人一人が着替える個室だ。更衣室の中には何もなく、等間隔に切り込みが入った白い壁だけが1R程度の広さの部屋一面に広がっていた。

 更衣室に入ると自動で扉が閉まる。次に等間隔の切り込みがある左壁の一角からワンブロック分の箱がゆっくりせり出てくる。


 『濡れた服をこちらにお入れください。洗濯後お返しします。ご自宅への郵送も可能ですがどうしましょうか』


 「洗濯にかかる時間は30分くらいか?」


 『乾燥まで含めて10分です』


 「早いな。家に送らなくてもいい。用事を済ませたら取りに来る」


 『Will do』

 

 「で、着替えだ」


 『乾斗様の行動履歴からこの後は訓練をされると推測されますので動きやすい服装をいくつかご用意してあります』


 「正解だ。三か月間くらいでよく学習できるな」


 『褒められましたので100サリーポイント追加です。今日は豊作ですね』


 「何を用意したんだ?」


 『一般的なジャージの長袖半袖、道着、ブーメランパンツを用意してあります』


 「最後の一種類は無視するとして長袖ジャージで頼む」


 『色はどういたしましょう』


 「選べるのか?」


 『奇抜な色でなければ問題ありません』


 「じゃあ、青だ」


 自分の髪の色ということもあり青色は好きな色だ。


 『Will do、ご用意します』


 右側の壁から長方形型のブロックが押し出されてくる。蓋がスライドされた開くと注文通りの青色のジャージと上下の下着は入っていた。


 「強化スーツはどうする?」

 

 『防水加工がされておりますので洗濯は不要です』


 私服を脱いで下の強化スーツを触ってみると確かに濡れていない。だが、強化スーツの下の下着は若干乾いたとはいえまだ濡れている。強化スーツと下着の間に若干の隙間があり、そこから水が浸入したためだ。


 「もっとぴったり吸い付くようなスーツはないのか? そうすれば水をかぶっても下着まで濡れずに済むんだが」


 『肌との密着性が高い場合の強い締め付けが発生し人体の動きを制限する可能性があるため推奨されておりません』

 

 サリーに指摘になるほどっと納得する。現状の強化スーツでも多少の締め付けがあり動きにくさを感じている。動きにくさを理由に強化スーツを着ない職員も多くいる。俺は動きにくいデメリットよりも強化スーツで上がる身体機能の方を優先しているが、それでもこれ以上動きにくくなるのは避けたい。


 俺は濡れた下着と私服を洗濯用にせり出ているブロックに入れると手早くジャージに着替える。軽く背伸びや手足を動かして着心地を確認した後、訓練のために科学課の研究室へ向かった。


 支社ビルの地下5階から10階が科学課の研究室であり、異世界技術の研究やそれらの技術を元にした新たな技術の研究を行っている。最大の研究成果を上げているのはイギリスの本社の科学課らしいが、日本もそれなりに頑張っているらしく、先ほど使用した異世界転移用トラップ妨害装置は日本の科学課が最初に開発したと聞いている。


 目的地である地下6階に辿り着き、セキュリティゲートを抜けた俺が研究室に入ると目的の人物、日本支社科学課の主任職人、羽原木はばらき うるしが自席でカップ麺をすすっていた。着ている白衣はいつのモノか分からないラーメンの汁のシミで汚れており、髪も手入れをしていないのか伸ばし放題のボサボサ、肌も荒れているという正直初見で近づきにくい風体をしている男は部屋に入ってきた俺に気付いて手招きをした。


 「やあ、乾斗君。妨害装置の件ならメールを受け取ってるよ。いや、僕もね、あの音はどうにかしたいと思っていたんだよ」


 漆はクマが目立つ今にも寝てしまいそうな目を必死に開けていたが、襲ってきた眠気に勝てずに寝落ちしてしまった。また数日間寝ずに研究をしていたのだろう。起こそうか迷っていると漆の体がビクビクと震え始めた。


 「ん……寝ていた?」


 「大丈夫ですか?」


 「ん、ああ、乾斗君、来ていたね、そういえば。大丈夫だよ。今僕が白衣の下に着てるスーツは脳波を測ってね。睡眠状態になると電撃が流れて起こす機能がついているんだ。電気マッサージにもなるから肩こりも治るし、いい装備だと思うんだよね。先日のコンペでは不採用になったけど」

 

 「当たり前です。そんなことしていたら死にますよ」


 「いや、死にはしないよ。でも活動限界はあると思ってね。コンペでは不採用になったけど、この装備でどれくらい人が寝ずに活動できるか知りたくなったんだよ。実証実験してくれる被験者もいないから今自分で実験中」


 「いつから実験してるですか?」


 「えーっと、待ってね……記録付けてるから。……うん、10日目かな」


 「寝てください」


 「大丈夫だって。前に1か月ほど不眠不休で研究続けたことあるし」


 「聞いたことありますけど。確かその後半年ほど入院したんですよね」


 「うん、スイッチが切れたロボットみたいに気を失ったらしいね。後からその時の動画見て笑ったよ。今でもお気に入り」


 漆の思考回路が人間としておかしいのはいつもことなので俺は研究室に来た目的を遂げることにした。


 「漆さん、装備の調整と訓練をお願いしたいんですが」


 「ああ、クレームじゃなくてそっち。いいよいいよ。調整室は空いてるし。僕は付き添えないけど、暇そうな職員を適当に……あー、ウェストバージニア君! こっちに来てくれないか」


 「主任! それは出身地で俺の名前はハロルドです」

 

 漆に呼ばれて金髪で長身、漆と違って身だしなみを綺麗に整えた青年、ハロルド・エドワードが小走りで近づいてきた。俺より年上だが、この科学課の中では年が近く仲の良い青年だ。


 「やあ、乾斗。調整と訓練だよね。今なら手が空いてるしいいよ」


 「いつもすまない。ハロルド」


 「気にしないでくれ。君達、戦闘課のサポートも科学課の仕事なんだから」


 ハロルドの後を着いてく形で俺は調整室の扉の前に立った。

 調整室の扉は複数のロックで施錠されており、ハロルドが調節室の横に設置された専用端末で順番にロックを解除していく。


 「よし、開いた。さあ、入ってくれ、乾斗。あっと、これを忘れるところだった」


 扉を開けたハロルドが球体型ドローンを渡してきた。俺はドローンを受け取るとサリーに呼びかける。


 「サリー、いつも通りサポートを頼む」


 『Will do』

 

 サリーが応答するとドローンが俺の手から離れて宙に浮いた。ドローンの表面についている複数のカメラが俺に焦点を合わせるように細かく動くのが見えた。

 調整室の中にはカメラがないため、このようにドローンやカメラを持ち来ないと内部の様子を観察できない。漆さんはいずれなんとかしたいと改良を検討中だが、現状でそれほど弊害はないため後回しにされている状況だ。

 サリーが制御するドローンのカメラ映像がハロルドが見ている端末に映し出される。ハロルドは映像の解像度、音声等を確認していく。


 「よし、問題なし。では、入ってくれ」


 「改めよろしく頼む。ハロルド」


 「こちらこそ」


 俺がドローンを連れて調整室に入ると扉が自動で閉まり、ロックがかけられていく音が聞こえてくる。

 調整室の中は窓もない真っ白い壁で覆われた学校の一教室くらいの空間が広がっている。照明器具は見えないがどこからか発光しているらしく部屋は明るい。


 「それじゃ始めるよ」

 

 スピーカーからハロルドの声が聞こえたと同時に目の前の景色が一変する。

 俺の足元にはいつの間にか草原が広がっており、視線のはるか先まで広がっていた。

 天候は晴れ。太陽の温かさが吹いてくる風共に俺の肌をなぞる。

 白い壁はもうどこにも見当たらない。


 調整室。

 個人的にはシミュレーションルームと思っているこの部屋は科学課が開発した装備などをテストしたり、調整したりするための部屋だ。科学課が開発した装備の多くは普通の場所ではテストが出来ないものが多いため、この調整室が開発された。

 仕組みは俺もよく理解していないが、調整室内に一時的に異世界を作成しているらしい。この場で作成された異世界でどれほど破壊行動が起きようと現実世界には影響はないとのことだ。

 

 「いつも通り草原にしてみたけど、別のリクエストはあったかい?」


 「特にない。ターゲットも頼む」


 「了解。ランダム生成でいいね」


 「ああ、スライムや物理的に殴れない奴が出ることを祈るよ」

 

 「それは除外しておくよ。調整にならないからね」


 調整室では戦闘課の職員が異世界で遭遇した怪物を再現して戦闘をすることができる。怪物の種類は日々増えており、各国の科学課が共同で怪物の再現を行っている。

 その異世界の生態系を調査するためという名目らしいが、俺としてはこうやって対人戦以外を訓練できる場所があるのはありがたい。


 『乾斗様、前方に敵生体が生成されます』


 サリーの声に俺は身構える。

 10メートル前方で白い光の柱が立ち上ると中から二足歩行のトカゲが姿を現した。リザードマンと称される爬虫類種の獣人だ。気性は荒い種だが、付き合い方が分かれば同じ生活圏にいても問題がない種族である。顔見知りに何人かリザードマンがいる。だが、みんな高い知性があり理性がある人達だ。

 目の前に現れたリザードマンは視線で俺を下から上へと舐めると威嚇するように舌を躍らせた。知性が高いかは分からないが相手は完全に俺を獲物として捕らえているようだ。


 「ここで友好的な態度を取られても困りものだが!」


 リザードマンは前傾姿勢をとったかと思うと間髪入れずに初速から最高速で向かってくる。

 肉をえぐるような爪の攻撃を寸前でかわして、顔面にカウンターを一撃、その後リザードマンの背後へと回り込み、がら空きの背中に蹴りを叩き込む。が、同時にリザードマンの尻尾が俺の胴体を強打した。


 「ぐっ」


 痛みと衝撃に耐えながら地面を転がり起き上がる。

 初手からそこそこのダメージを受けた俺とは対照的に俺の攻撃を受けたリザードマンは何事もなかったかのように立っていた。

 すぐに襲い掛かってこないのは俺の攻撃が自分の脅威ではないと判断したからだろう。

 確かに俺の打撃ではリザードマンの硬い鱗の皮膚に効果的な攻撃を通すことはできない。

 そんなことは最初から分かっている。分かっているからこそ、俺はわざわざ頼み込んで開発してもらった。

 俺専用の装備を。


 「大丈夫かい? 乾斗」


 ハロルドの心配する声に問題ないと返す。


 「ここからだ! いくぞ、サリー!」


 『Will do』


 「壱式・甲(いちしき きのえ)展開!」

乾斗君専用装備の登場です。どんな性能かは次のお話。


ちなみに大半の戦闘課職員は科学課制作の装備を持っていません。

これは乾斗君が特別というわけではなく、作ってもらう必要がないから持っていないだけです。

個々の能力や異世界所縁の装備の方が強力であるためです。

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