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優しい女神が怒る


 「魔法か超能力かは不明だが面白い技を使う。少なくとも女神の世界にはいなかったな」


 よく見るとガイールの顔面を覆っていた面の部分にヒビが入っていた。多少なり効いていると確信し、膝を打撃して僅かに頭部が下がったタイミングで再び顔面を打撃する。ガイールの体が浮き上がり、足が地面から離れた瞬間を狙い、今度は後頭部に狙いを定めて打ち付ける。

 打ち付けて打ち付けて息が続く限り打ち続ける。


 「はあぁぁっ!!」


 やりすぎということは決してない。相手がまだ戦う気でない間に勝ち切る。勝ちきれないまでも相当のダメージを与えておかなければいけない。

 俺の能力は視界の対象を殴るというものだ。実際の腕で殴っているわけでないから腕に殴った反動が無い。だから普通に殴り続けるよりは疲れが少なく連打が出来る。だが、それでも疲れは貯まり続けているので限界はいずれ来る。

 息が切れて打撃が止まった一秒にも満たない時間。

 俺のすぐ目の前にガイールが立っていた。

 反射的に拳を繰り出すより先にわき腹から衝撃が走り、俺の視界が上下逆さまになった。地面へ叩きつけられ、そのまま倒れそうなる体を腕力で無理やり起き上がらせる。


 「攻撃は大したことはないが防御はそれなりにあるようだ」


 防御を固める腕の間から見るとガイールの顔面が露わになっていた。砕けた兜の下から覗いた顔は予想外に人の顔だった。鬼みたいな強面を想定しただけに少し虚をつかれる。整ったその顔は瞳を閉じており生気が感じられず、ガイールの巨体にしては小さな顔に違和感があった。


 「っ!?」


 息を飲む声に視線を動かすとアマノリリスが口元を抑えて全身を震わせていた。とても恐ろしいモノを見たような表情をしている。ガイールの様子は先ほどと変わりはしない。あえていうなら顔が露わになったことだが、特別怖がるような顔でもない。


 「……トさん」


 アマノリリスが誰かの名前を呟いたようだが良く聞こえない。だが、アマノリリスはその名をガイールに向かって呼んだことは分かった。


 「女神よ、その様子ではこの顔を忘れていないようだな。いい反応だ。わざわざこの顔で来た甲斐があったというものだ」


 「ガイールっ!!」


 アマノリリスの怒りの声を初めて聴いた。ただ単純に憎しみを込めて相手の名を叫んだ彼女が手をかざすとガイールの全身が業火に包まれた。押し寄せてくる熱波から逃げるように距離を取りつつ、アマノリリスにも近づかないようにする。燃え盛るガイールを睨みつけて燃やし続ける彼女には近づけなかった。

 怖さもあったがそれ以上に驚きがあった。彼女が、アマノリリスがこんなにも黒い感情を持っていたことに。

 女神と言えどあれだけ感情豊かなのだから考えてみれば当たり前だ。むしろ彼女は人よりも感情の振れ幅が大きく黒い時には本当に真っ黒になってしまうのかもしれない。


 「サリー、空間隔離装置の発動まで後どれくらいだ。救援はいつ頃来る?」


 『空間隔離装置は後130秒で発動。救援到着までの時間は計測不能です』


 「計測不能!? どういうことだ?」


 異世界からの侵攻時に駆け付ける職員は基本A級だ。彼らの移動速度なら数十分もあれば到着するはず。


 「現在、都内各地が同時に異世界からの侵攻を受けており、A級職員はその対応にあたっています」


 「都内各地に同時に!?」


 異世界からの侵攻は多々あるが、同時に複数個所という事例は極めて稀な事態だ。


 「いったい何が起こってるんだよ!?」

 

 『都内各地が同時に異世界からの侵攻を受けております』


 「それはさっきも聞いた。理由とか原因は分からないか」


 『現状では情報不足のためお答えできません』


 「ああ、そうだろうなっ!」


 淡々としたサリーの声に八つ当たりだと分かりつつ苛立って声を出してしまう。

 分かっていることは救援が来る望みが薄い事、つまりガイールとは俺一人で戦わなくてはいけないということだ。ほぼ無防備だったガイールに俺の打撃は効いた様子はないが、今のアマノリリスの攻撃が効いているのなら望みはある。

 全身を燃やされているのだからこれで決着がついてもおかしくはない。しかし、ガイールに動きはない。燃やされている痛みの声も息苦しいさの声も出さずにじっと立ち続けている。もちろん倒れる様子もない。

 おかしい。変化が無さすぎる。アマノリリスの炎の熱さは離れている俺にもしっかりと伝わってくる。ガイールの身を包んでいる炎は幻覚などではなく間違いなく燃え盛っている炎だ。

 怒りの感情の赴くままに攻撃したアマノリリスも状況の変化の無さに疑問を抱き始めたのか炎の勢いが弱まっていった。


 「どうした? 女神よ。象徴ともいえる炎の威力が以前に比べて落ちているようだが? もっとも以前の状態でも私を燃やすことはできなかったがな」


 ガイールが腕を振る動作をするとその身を包んでいた炎が千切れるように消えていった。今まで炎に包まれていたガイールは平然と立っていてダメージがあるように見えない。


 「サリー、アマノリリスさんの封印具を解除できるか?」


 『それは封印具としての機能をオフにするということでよろしいでしょうか』


 「そうだ」


 『総務課への申請が必要となります。加えて前提条件として乾斗様に封印具の機能を全てオフにする権限はありません』


 「そこは融通を効かせろ、緊急事態だ。この場をアマノリリスさんの助力無しで切り抜けられるか? 必要なら後で始末書をちゃんと書くから。手書きで」


 『……権限がないためできません』


 「融通が効かないやつめ」


 『申し訳ありません、ですがアマノリリス様の封印具の効力を50%まで軽減しました。これが最大となります』


 「何もないよりは……か」


 サリーの声をインカム越しで聞いたアマノリリスの視線がこちらを向く。俺は一度頷いた後、俺を無視しまくっているガイールの側頭部を全力で殴りつけた。ガイールは殴られた頭を僅かに傾けながら俺を見た。ガイールがアマノリリスから視線を外した直後に先ほどより激しい炎がガイールの身を包んだ。

 距離は取っていたはずなのに熱さで肌が焼けるのを感じて慌てて後ろへと下がる。

 アマノリリスは以前燃やす対象を選べると言っていた。だが、今はその対象を選ばず燃やしているのだろう。対象を絞ると威力が弱まるか、理由は分からないがこれではあまり近づけない。


 「まあ、俺は近づかなくてもいいんだけどなっ! 弐式・乙(にしき・きのと)展開!」


アマノリリスさんは感情豊かなので怒る時はとても怖い。

後、ガイールとアマノリリスさんは以前にも対決済みですねー。

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