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女神の人助け

 「ペットが逃げた」


 「ペット?」


 「ペットだよ、犬だよ! 娘と妻が可愛がってる! 今日、俺は夜勤で仕事に行く前に犬の散歩をしてくれと頼まれてな。さっきまでしていたんだ。ところが何かに驚いたポロが、ああ、イヌの名前な。ポロが急に吠え出してどこかに走っていってしまったんだよ」


 「探されたんですよね」


 「当たり前だろ! 表通りも裏通りもさんざん探したさ。でも見つからないんだよ……ああ、娘や妻に知られたら絶対に嫌われる、怒られる」


 男性は頭を掻きむしりながら頭を両膝の間に埋めた。男性にとって娘や妻に嫌われるのがとても怖い事なのだろう。俺も千華ちゃんに嫌われたらと思うと心臓が止まりかねないので気持ちはとても分かる。


 『乾斗様、一瞬心拍数が不安定に変化しましたがどうかしましたか?』


 「気にするな、サリー。平気だ」


 『Will do。状況的から”いつものこと”と判断します』


 いつものこととはどういうことだ。

 サリーへの疑問に思いながら男性を見るとアマノリリスが男性の背中を撫でながら優しく声をかけていた。


 「大丈夫です。ポロちゃんのことなら私も探すのを手伝います。一緒に探しましょう。見つかれば怒られることなんてありませんよ」


 「だけど、もうすぐ娘が帰ってくるし時間が……」


 「まだ時間があるなら諦めたらダメです。さあ、探しましょう」


 「……」


 アマノリリスの励ましの声に男性は小さく頷いた。

 犬探しか。まともにやっていては送別会の準備が遅くなる。なので本来なら業務以外の使用は控えるべきだがアマノリリス関連ということでなんとかなるだろう。


 「サリー」


 『Will do、頼られることを想定して既にサーチ済みです。周辺カメラをチェックした結果、リードを付けたままの犬が近く公園の草葉の陰で寝転がっているのを確認しています。1時間ほど前に男性と一緒に散歩している犬と類似箇所をサーチ。同一個体で間違いないと判断します』


 「優秀だ。500サリーポイント進呈してやる」


 『久しぶりの高ポイントに私は歓喜しています』


 言葉ではそう聞こえたが声のトーンはいつもの通り無感情にしか聞こえない。


 「アマノリリスさん」


 男性と共に犬探しに行こうとするアマノリリスを引き留める。


 「乾斗さんはすいませんが、先に帰っていてください。私は犬が見つかったらすぐに帰りますから。送別会には間に合うと思います」


 「犬なら見つけた」


 「え!?」


 アマノリリスと男性が驚きの声を上げる。男性はともかくアマノリリスはサリーの事を知っているのだから驚くことはないだろうに。


 「ど、どこにいるんですか……」


 男性が駆け寄ってきて俺の肩を力強く掴んだ。大事な犬が見つかったのだからこの行動は仕方ないかもしれないが圧が強い。


 「今、案内しますから、少し離れていただいてよろしいですか」


 「あ、ああ、すまない。興奮してしまって」


 「いえ、お気持ちは理解できますので。では、いきましょうか」


 サリーが見つけた犬がいる場所まで寄り道せずに向かうと犬は芝生の上で呑気に座り込んであくびをかいていた。


 「ポロっ!」

 

 男性の声に反応した犬は耳をピンと立てて顔を男性に向けると尻尾を振りながら駆け寄ってきた。男性は飛びついてきた犬を抱きしめると優しく体を何度も撫でた。

 娘さんや奥さんが大事にしていると言っていたが、犬が嬉しそうに駆け寄ってくる様子と男性の嬉しそうな様子から男性自身も犬を大事に可愛く思っていたことが分かった。


 「良かったですね。見つかって」


 「はいっ! はいっ! ありがとうございます!」

 

 深く頭を下げる男性から着信音が聞こえてきた。


 「ああ、娘から電話が。うんうん、散歩中だ。今から帰るから」


 電話を終えた男性は犬のリードを強く握りしめて立ち上がった。


 「大変お世話になりました。お礼をしたいのですが早く帰らなければいけなくなりまして」


 「お礼なんて結構です。ね、乾斗さん」


 「ええ、礼を言われるほどの事はしていません。苦労もしていませんし」


 「せめて言葉だけお礼を重ねさせてください。ありがとうございました」


 男性は何度もお礼を言って見えなくなる直前にもう一度頭を下げて犬と共に帰っていった。


 「……良かった、本当に」


 「……」


 満足した顔をするアマノリリスを俺はじっと見つめる。本当なら人助けをする余裕はないはずだ。明日で自分の大切な世界の運命が決まってしまう。助かる公算は高いがそれでもだ。


 「乾斗さん、どうかしました?」

 

 「いや、満足そうだなっと」


 「はい、満足ですよ。あの人もあの人の家族もこれで幸せなんですから」


 「アマノリリスさんにメリットはないだろうに」


 「メリット?」


 「利益、アマノリリスさんにとって得にならないだろうって言ったんだ」


 「……利益ならありますよ。あの人が幸せになったことです」


 「うわぁ」


 あまりにも聖人すぎる言葉に若干の嫌悪感を感じてしまった。


 「乾斗さん、その反応はひどくないですか?」


 「すまない、アマノリリスさんが素晴らしい事を言ったのは理解しているんだが、清浄すぎると逆に毒になることもあるんだ」


 「アンデットには光魔法がよく効くみたいなことですか?」


 「そんなものだが……その例えだと俺がアンデットにならないか?」


 「乾斗さん、どっちかというか闇が強い気がしますし……」


 心外な発言だった。一人の女性を一途に愛する俺のどこに闇があるというのだろうか。むしろ幸せの光にあふれているとすら思っているのに。


 「乾斗さんって自分の事を割と普通だと思っているかもしれませんがそうじゃないですからね」


 「世界一カワイイお嫁さんがいるからな。普通ではないことは自覚している」


 「……」


 アマノリリスが無言でじっと少し睨んできた。気に障るようなことを言っただろうか。


 「用が済んだなら早く帰るぞ。カカクゥさんの下ごしらえも終わっているだろうし」


 「はい、送別会楽しみです。どんなものなんでしょうか?」


 「別に特別なことはしない。みんなでご飯食べてアマノリリスさんには明日の抱負でも言ってもらうくらいだ」


 「抱負?」


 「意気込みや決意を言ってくれればいい」


 「なら最初から決まってます。私は私の世界を」


 異世界からの侵略を告げるアラートが公園中に響き渡る。音量が前回の比ではなく、より緊急性を要していることは間違いなかった。


 「!?」


 『緊急警報発令。異世界からの何かが現れようとしています』

急転直下。

当然ながらただでは帰れない。

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