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今の私

アマノリリスさんは基本後方支援系だったりします。


 「!? ……っ!」


 激痛で声も出せずに腕を抑えてうずくまる。


 『緊急プロセス実行。鎮痛剤および冷却剤の投与します』


 陸式・己の内部が急激に冷やされていき、同時に痛みもだんだんと和らいでいくと冷や汗が額を伝って地面に落ちた。


 「乾斗さん!?」


 驚きの声を上げながらアマノリリスが駆け寄ってきた。


 「どうしたんですか? 今、緊急とか鎮痛剤とか聞こえましたけど!?」


 「……っ」

 

 『陸式・己(ろくしき・つちのと)を使用した負荷により乾斗様の右腕は損傷しております』


 まだ痛みで声が出せないでいると代わりにサリーが答えてくれた。


 「怪我をしたってことですか? 見せてください、治療してみますから」


 『先日、アマノリリス様に相談され検証した結果、アマノリリス様が普段使用している回復魔法はこの世界ではあまり効果がないことが判明しました。ですが、多少改良を加えた結果、効果が発揮できるようになっております』


 アマノリリスの回復魔法で大丈夫なのかと思っていると察したかのようにサリーが助言をしてくれた。


 「……頼む」


 ようやく出せた声でアマノリリスに治療を頼むと彼女は一層気合を入れたような目をして俺の右腕に両手をかざした。


 「サリー、陸式・己(ろくしき・つちのと)壱式・甲(いちしき・きのえ)を外してくれ」


 『Will do』


 サリーの操作により俺の腕から装備が外れていく。露わになった俺の腕は真っ赤に腫れあがっていて至る所から血が流れ出ていた。

 俺の腕の惨状にアマノリリスは一瞬視線を外したがすぐに視線を戻した。


 「<我が名に連なる熱き力よ。今、その力を癒しとせよ>」


 アマノリリスの手のひらから光があふれ出して俺の右腕を照らし始める。和らいだ痛みがまたぶり返してきたかと思うと痒さが右腕を走り出す。なんとも言えない感覚に耐えていると右腕の腫れが引いていき、血も止まり始めた。

 大分楽になってきたところで俺は安堵の息をついた。痛い目には何度もあっているが慣れることはない。世の中には痛い目に会うのが好きという人がいるみたいだが、その人らの気持ちを俺はきっと理解できない。

 そういえば以前漆さんにドMだと断言されたことがあったが、陸式・己の批評と共にその件を否定しておこう。


 「アマノリリスさん、ありがとう。だいぶ楽になった」


 「いえ、これくらいは。むしろようやくお役に立てて私が少し嬉しいくらいです」


 「役になら最近は農作業を手伝ってもらっているから大分役立っているよ」

 

 「そちらでも役立てているなら良かったです」


 「俺が言えた言葉じゃないが、自分を謙遜しすぎるのは良くない。アマノリリスさんは女神なんだ。もう少し尊大でもいいくらいだと思うぞ」


 「尊大って言われても私はずっとこうでしたから。いつも私を崇めてくれる人達の役に立ちたくて、感謝に報いたくていましたから」


 「……ならもうすぐ報えるんじゃないか。10日後だったよな」


 「はい」


 今朝、サリーから報告があり、アマノリリスの世界への救援隊の出発が10日後に決まったとのことだ。案内なども含めてアマノリリスはその救援隊と共に行くことなる。なんだかんだで慣れ始めてきたこの生活も残り期間は少ない。

 俺は救援隊に参加できないし、世界が救われたら彼女は自分の世界に残るだろう。女神である彼女は傷ついた世界、傷ついた人々のためにやることが沢山あるはずだ。


 「ようやくこの世界に来た目的が果たせるんだ。もう少し嬉しそうにしたらいいじゃないか」


 吉報だったはずなのにアマノリリスの顔があまりすぐれない。


 「嬉しいですよ。私の世界を偵察してくださった方の報告では魔王軍はまだ進軍をしてないとのことでしたから、間に合ってよかったと心から安堵しています。でも、それとは別にこの世界での生活が……楽しかったんです。私を私として接してくれた人が多かったので、私を見てくれている人がいたので」


 「……よく分からないんだが別にアマノリリスさんの世界の人達はあなたを嫌っていたわけでもないし、大事に崇めていたんだろう? ちゃんとアマノリリスさんを見ていたんじゃないか?」


 「これは……私の我儘なんです、仕方ないって私が納得しないといけないことなんです」


 これは話を聞く流れだろうかと悩んでいると山の精霊が聞くべきだというジェスチャーをしていた。山の精霊も陸式・己のせいでひどい目にあっているのにアマノリリスを気遣えるなんて一つの山の精霊ともなると心が広い。ともかく進められているし、特に拒否する理由もないので聞くことにしよう。

 

 「不平不満があるなら今のうちに吐き出しておけ。俺はアマノリリスさんの世界とは関係ない人間だからな。俺に何を言ってもアマノリリスさんの世界には影響はない」


 「相変わらず乾斗さんは少し突き放したような言い方をしますね」


 「そうか?」


 「そうですよ……だから話しやすいんですけど」


 アマノリリスは少し気が楽になったのか表情が緩んだ。


 「私が長い時を生きる内に心が壊れないようにと人格を生み出していることは前に話しましたよね」


 「ああ、確か今のアマノリリスさんは15年くらいだったか?」


 「17年目です。あ、でも暦の数え方がこの世界とは違うから正確じゃないかもしれません」


 『提供していただいた情報によるとこの世界換算で約10年となります』


 「じゃあ、私は千華ちゃんと同じ10歳ですね……ってそんな嫌そうな顔しないでください!」


 千華ちゃんと同じとかそんなはずはないだろうという心の叫びが顔に出ていたのか。


 「話を戻しますね。私は私の世界ではまだ17年目なんです。なので世界には前の私を知っている人が当然多くて、人々が話す私の話題は私ではなくて前の私で。人々の感謝は前の私になんです。楽しそうに話される内容を私は覚えていなくて……でも楽しそうな笑顔を見ると覚えていないなんて言えなくて」


 正直、俺には理解できない事象だ。神様特有いや、アマノリリスの悩みであり、自身で納得しないといけないことだ。


 「きっと前の私も同じような悩みを持っていたはずなんです。私は何度も何度も人格を新しくする度にこんな悩みを抱えてきたはずなんです。心を守るために人格を新しくしているのにそのせいで苦しいなんてチグハグですよね。だから、だからですよ、本心じゃないんです。少し、本当に少し心の片隅で思ってしまってるんです……」

 

 小さく息を吸うようにアマノリリスが言葉を区切った。


 「……ないって」


 呟くような小さな言葉で聞きにくかったが『帰りたくない』っと言ったように聞こえた。

 この世界が気に入ってくれた、居心地が良かったということなら嬉しい事だがこれは逃げだろう。本人も言っているが本心ではなく、弱音を呟いている。

 自分の世界へ戻った際に世界の人々はアマノリリスをどう迎えてくれるのか、理由はどうあれ誰もが不安で仕方ない時に自分の世界を放置してこちらの世界へ来たのだ。逃げたと思った人もいるかもしれない。そう考えてしまえば今の自分に自信が持てないアマノリリスが帰る事をわずかに躊躇する気持ちは理解できる。


 なので自信を少しでもつけてやって送り出すのが俺の役割というヤツだろう。山の精霊も何やらイケイケという風な動きをしているし期待されているのなら応えてやるのは嫌いじゃない。


 「素直な話をすると俺にはアマノリリスさんの悩みは理解できない。前の自分とか言われてもそんなものはないしな。だけどこれだけは自信を持って言える。例え記憶喪失やらで今の俺の事を全て忘れても俺は間違いなくまた千華ちゃんを好きになる、絶対に。千華ちゃんを好きになる、妻にするというのは俺にとって根本的な部分だ」


 何を言っているんだというアマノリリスの視線を感じるが話を続ける。


 「そういったモノはアマノリリスさんだってあるはずだ。前の自分から受け継いでいる根本的なモノ。それは最初のアマノリリスさんが持っていたモノだ。ずっと受け継いできて……乗り越えてきた。前のアマノリリスさんも前の前のアマノリリスさんも今のアマノリリスさんが感じている苦悩を乗り換えて女神として立派に世界を守ってきたんだろ。なら今のアマノリリスさんが乗り越えられないはずがない」

 

 名前を呼びすぎてゲシュタルト崩壊起こしそうだ。


 「むしろここにいるアマノリリスさんは今まで経験したことがないほど辛いことを乗り越えてきているんだ。世界を守ろうと救おうと。世界を救うことに比べれば大抵の悩みは大したことがない。だから……なんだ……」


 根拠がないセリフ、いや、それ以前に理屈が通っていないかもしれないセリフを言ってしまったことに内心で後悔し始めて言葉が詰まる。


 「大丈夫だ。俺の知るアマノリリスさんなら大丈夫だと信じている」


 不安で不安で仕方ないはずなのにそれでも俺に余計な心配をかけないように気丈にふるまっていたこの子の強さは本物だと知っている。だから大丈夫だと俺は言える。


 「……乾斗さんの知ってる私なら…………ですか」


 アマノリリスは自分に言い聞かせるように言葉をゆっくりと口にした。


 「ありがとうございます。大丈夫な気が……してきました」


 「なら良かった」


 自信付けは成功したようだ。しかし、世界を救えるような人達、例えば父さんのような人達ならもっと気の利いた言葉を言えたのだろう。要はコミュニケーション能力だ。異世界との関りが増えていくとこちらの方面も強くなっておかないといけない場面が訪れるのだろうか。

 戦闘に関しては強くなる方法はいろいろ思いつくし実践できるが、コミュニケーションといわれると何をどうすればよいか思いつかない。別に苦手なつもりはないが得意というわけでもない。

 どうしたものかと悩んでいるとアマノリリスがやたらとニコニコしているのに気付いた。

 

 「何か嬉しい事でも?」


 「ちょっとだけありました」


 何が嬉しかったのか分からないが機嫌がいいことは良い事だ。


 「乾斗さん、聞きたいんですけど……今、私に言ってくれたような言葉って千華ちゃんに言ったことありますか?」


 質問の意図は不明だが、答えなくてはいけないと千華ちゃんとの思い出を思い返してみる。


 「乾斗さん、思い出して虚空を見つめて笑顔にならないでください、ちょっとひきます」


 「ああ、すまない。つい、思い出の千華ちゃんが可愛くて、いや、現実でも千華ちゃんは可愛いんだが……思い出には思い出なりの補正があって……」


 「誰に対する言い訳ですか、もう。質問に答えてください」


 「……ないと思うぞ」


 「信じてるとかあなたなら大丈夫だとか……ですよ」


 「たぶんない。千華ちゃんには基本可愛いしか言ってないからな」


 「それは会話として問題がある気もしますけど……ともかくあの言葉は今のところ、私にだけ向けられた言葉だということが分かりました。満足です」


 勝手に満足されて困惑する俺は助けを求めて山の精霊に視線を向けると山の精霊はいつの間にか直していた両手を顔付近に持ち上げてヤレヤレという風なジャスチャーをしていた。山の精霊は俺の視線に気づくと右腕を一直線にある方向へと伸ばした。その先には陸式・己の威力で折れた木々があった。


 「えっと、そちらの話が終わったなら今度はこっちの話だ……そうです」

  

 「……怒ってるよな」

 

 「口調的にはかなり」


 下手な言い訳は不要。すばやく謝罪した方がいいだろうと考えて俺は山の精霊に向けて両膝を付くと深く頭を下げた。


 「すいませんでした」


 素直で素早い謝罪のおかげかこの後、山の精霊の遊び相手を夕暮れまで務めることを条件に許してくれた。


女神との別れも近い

(一章の終わりも近い?)

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