修行相手は木人in山の精霊
修行回になります。
山の中の秘密の特訓場的な感じ。
仕事もない休日、俺は山登りをしている。山といっても家の裏山だ。この裏山も暁家の土地となっている。標高50メートル程度なので登ったからといってとりわけ景色が綺麗なわけでもないが、ここには温泉の源泉があり、父さんが山を買った一番の理由だ。悲しいことにその温泉大好きな当人がここ数年は自慢の温泉に入れていない。一日もでも早く兄さん達を見つけ出してゆっくりと温泉につかってほしいと心から思う。
歩きなれた山道を登っていると少し開けた整地された場所に出た。昔は一番上の兄さんが使っていた自主練場所で今は俺が引き継いでいる。筋トレ用の器具や木で出来た人型の組み手用人形、通称木人は兄さんからのお下がりだが手入れをしているので十分現役だ。
今日ここに来た目的は自主トレだ。
最近は不甲斐ない場面が多いので精神的にも肉体的にもより一層鍛えなくてはいけないと思い立った。日々のトレーニングを怠っていたわけではないが、仕事の合間だったり、調整室でのシュミレーションが主だった。こうやって時間をちゃんと作ってのトレーニングは久しぶりになる。
ここは雑音もなく静かなので心身ともに鍛えるのにはちょうどいい。
持ってきた水分補給用のドリンクやタオル、着替えが入ったボストンバックを地面に置くと準備運動を始める。
両腕を左右に振り回しながら左右の足を上げ下げ、上半身だけでクロールをするように腕を振り回す動作を交互3セットほど繰り返す。他にも体を温めるために軽くジョギングや伸びを繰り返しているといい感じに体が温まってくる。
体が火照り始めた頃、自主練場に置いてある木人が固定されたその場からゆっくりと動き出した。横目で木人が動き出したのを確認すると準備運動を中止して呼吸を整える。
木人は俺の間合いのギリギリで足を止めると半身に構えを取った。習って俺も構えを取る。
今、俺は強化スーツを着ていないのでスーツの筋力補助は受けれない。漆式装備のブレスレットはしているが展開する気はない。代わりに拳には昔使っていた革製のグローブを付けている。拳を守るにはこれで十分だ。
木人とは俺の元々の力だけで戦わなければならない。
  
どこかで鳥が飛び立った音を合図に前へと進んだ俺は木人の胴体に拳を打ち込む。確かな手ごたえを感じる俺の顔を目掛けて木人の拳が飛んでくる。首を捻って交わすがその隙に木人の拳が俺の腹部へと向う。高く上げた足で防ぐが、防いでも貫通してくる痛みを奥歯を噛みしめて耐えて木人の胴体に上げた足で前蹴りを放ち距離を離す。
木人に痛覚はない。生物なら痛みで多少なり発生する行動の遅延がないため、どれだけ攻撃を受けても直ぐに反撃をしてくる。では最終的に木人との戦闘をどうやって終わらせるかというと木人を破壊するか、”彼ら”が遊び飽きるまで耐えるしかない。
  
木人は”彼ら”によって操作されている。”彼ら”とは精霊だ。この山に根付いている精霊らしく、木人を操ることは兄さんの時代から行われてきた。兄さんにしても俺にしても組み手の相手に丁度いいと歓迎しているが、精霊達にとっては木人を使って俺達と遊んでいるだけらしい。俺は精霊の言葉を理解できないというか聞こえないので、精霊と会話が出来た兄さんから又聞きだ。精霊の方は俺の言葉が理解できるらしいので精霊にジェスチャーをとってもらうことでなんとか意思疎通くらいは取れている。
木人が不意に俺に向かって腕を突き出す。数メートル離れているので拳が届く距離ではないが、嫌な予感しかしなかったので急いで回避体勢を取る。右へと動いた俺の体の脇を巨大になった木人の腕が突き進み地面をえぐりながら通り過ぎていった。
相手は山の精霊だ。木で出来ている木人の形状を変化させることなど当たり前のようにやってくる。それ以外にも……。
右へ回避行動を続けていた俺の足に何かが引っ掛かり体勢を崩す。転ぶことはなかったが動きが止まってしまう。足元を見ると植物の蔦が罠のようにピンと張られていた。
これも山の精霊の仕業だ。裏山全ての植物を精霊達は自由に思うがままに操れる。裏山は暁家が所有しているが、本当の持ち主は彼ら、山の精霊達だ。
足が止まった俺を目掛けて先ほどの巨大な腕が視界一杯に迫ってくる。覚悟を決めて防御姿勢を取る。が、腕は寸前で動きを止めた。一瞬、呆気に取られていると拳大ほどの枝がさらに伸びてきて俺の額を殴打した。
「っ!」
的確に額を殴打されて後ろに後ずさる。追撃を覚悟して防御姿勢を取るが一向に追撃が来ない。木人を見ると腕を元の大きさに戻してまるでかかってこいとでも言うように腕をクイクイと曲げていた。
「ああ、そうだよな、貴方達は遊んでいるんだよな。遊び相手が簡単に倒れちゃつまらないからってワザワザ手を抜いてくれて……」
お礼をするように前傾姿勢に取り、後ろへ動かした両足に力を込める。
「ありがとうございますっだぁ!」
溜め込んだ力を一気に開放して木人の距離を詰める。当然のごとく俺の動きを読んでいた木人はカウンターに腕を繰り出してくるが、俺は体をさらに前に倒して腕の下を潜り抜ける。
そのまま滑り込むように足払いをして木人の体勢を崩す。木人は前のめりに倒れて両腕を地面について体を支えた。
木人の後ろに走り抜けた俺は引き返すと同時にジャンプして無防備な木人の背面に踵を振り下ろした。木人の体が軋み、腕が体を支えきれずに地面に大の字に倒れ伏した。
「どうだ? 遊び相手として甘く見すぎると逆に楽しめないぞ」
俺の言葉への返事をおそらくはしているのだろうが、俺には声すら聞くことができないので木人の反応を見て、山の精霊達が何を言っているか察するしかない。
少し距離を取り木人を注視していると木人がゆっくりと立ち上がった。背中部分には俺の一撃の傷として大きな割れ目が出来ていた。
木人は手足をバタバタと動かし始めてまるで踊っているかのような動作をし始める。
『MPが吸い取られそうな動きですね』
「サリー、黙っていてくれと頼んだだろう」
俺のサポートが仕事であるサリーは自主練においても助言をして俺を助けようとするので今回は助言をしないように命令をしておいたのだが。
『Will do、申し訳ありません。先ほどまでしていたゲームで似たような動きを見たもので』
「……暇なのか?」
『……』
サリーが答える前に木人の体に変化が表れ始めた。木人の体が淡い光に包まれると背中部分の傷が徐々に治っていった。
「あいかわらず便利な体だな。元は兄さんのお手製だろうに。いや、だからか?」
一番上の兄さんは父さんと母さんの力を兄弟で特に引き継いでいた。婆さんの捨てたはずの女神の力まで使えていた記憶がある。そんな兄さんの手作りなのだから山の精霊の力も合わさってとんでもない木人になっているのかもしれない。
傷の修復を終えた木人は五体満足を誇示するように軽快なステップを踏み始めた。さっきまでの変な踊りよりはマシだが、馬鹿にされているようにしか感じない。
「腕の一本くらいもぎ取らないと認めてもらえない感じだな」
踊り続けている木人の顔部分に右足で蹴りを叩き込む。僅かに体勢が左に寄れたがそれ以上は動かない。俺は右足を木人の首部分に引っ掛けたまま、そこを支点に木人の背後へと回り込む。
木人の前に倒れないように堪えている中、木人の頭上で体勢を整えると両足をかけて首を締め上げる。息をしていない木人に首を絞める行為は無意味だが、木人に肩車をされるような体勢になった俺は木人の頭を上から一方的に殴れる位置にいる。
木人は俺を振り下ろそうと上半身を激しく揺らすが足で首をがっちり固定して振り下ろされないように耐えながら頭を殴打する。
「頭も固いな、やっぱり」
頭部への打撃は木人でもそれなりに効いているはずだが、外見的には傷がついているようには見えない。
振り下ろせないと判断したのか木人は近くの大木へと向かって走り出した。俺ごとぶつかろうとしているのだと察して足を緩めて木人から離れようとしたが、緩めた左足に木人の腕が木の根のように絡みついて離れられなくなる。
弐式・己を使えばと考えを振り払い、自由な右足で木人の顔を蹴りつけた。
蹴られた反動で木人が体勢を崩した結果、大木との衝突コースをズレた俺と木人は大木を挟んで左右に転がり落ちた。
草の生い茂る地面に叩きつけられるように落ちた俺は急いで立ち上がろうとしたが、手足に草が絡みつき動きを封じられてしまった。
絡みついてきた草を力づくで剥ぎ取っている間に木人が接近し、硬い木の拳が立ち上がろうとしていた俺の頬を強打した。
「ぐぅ!」
痛みで意識が途切れそうになったのを耐えると左拳の二撃目を受け止める。受け止めた左拳を押し返しながら立ち上がり、木人と顔を突き合わせる。
木人の顎を狙って左アッパーを打ち込むがそれは木人に防がれてしまう。
両手で互いの体を押しあう力比べをする形になり、俺は後ろへと押されないように全力で前と力を込める。
「はあああぁぁぁっ!!」
一気に押し切ろうと声で気合を乗せる。
『乾斗様、後ろへ退避を!』
サリーの真剣な口調な警告に従い、木人を突き飛ばして俺は後ろへと退避する。先ほどまで木人と俺がいた場所に上空から火の手が降りそそいだ。火の手は俺と木人を遮るように燃え上がるが不思議なことに草木が燃えるようなことはなかった。
サリー達AIの一部は暇さえあれば戦術研究と称してゲームなどをやってます。
 




