女神のとっての妖精と妖精にとっての女神 Part.2
妖精達が久しぶりに登場となります。
太陽が照らす朝の自宅の庭先で俺が畑に水を撒いていると視界の端を何かが横切った。気にせず水巻きを続けていると今度は何かが落ちた音が聞こえて視線を向けると程よく熟してたブルベリーの実が枝ごと落ちていた。
ただ見ているだけなら声をかけてくるまで待つつもりだったが、一枝とはいえ大事に育てている植物を傷つけられたのであれば一言言わなくはいけない。
「トリス、ロンナ。出てこい」
「ほら、トリスがドジするから乾斗君が怒ったじゃない!」
「ロンナが押すからだろ!」
口喧嘩をしながらトマトの影から二人の妖精姉弟が姿を見せた。
「何か用があるのか?」
「え、怒ってないのか? ブルーベリーのこと」
「実の一つや二つで怒りはしない。ただこのまま放っておくともっと落とされそうだから声をかけた」
俺が怒っていないことにトリス達はほっと胸を撫で降ろした。もしかして俺は怒りっぽいと思われているのか。
「アマノリリスさんに会いに来たのか?」
  
「今それはまだ心の準備が……ただ昨日異世界から来た奴らに襲われたって聞いてよ。怪我してないか心配になって」
  
「その場に俺もいたわけだが、心配したのはアマノリリスさんだけか?」
  
「……」
  
俺の質問にトリス達は互いに顔を見合わせた後、あっと何かに気付いたように目と口を大きく開いた。
  
「け、乾斗君のことも心配だったのよ」
  
「そうそう! お前とは長い付き合いだしよ。心配しないわけないだろ」
  
「どう考えても今の今まで俺の事は蚊帳の外だったみたいだが……」
  
「……」
  
トリス達が黙ってしまう。正直まったく心配されなかったことは多少ショックだが、それだけ女神であるアマノリリスが妖精達にとって魅力的なのだろう。俺の事については俺なら無事だと信頼してくれていたと思うことにする。
  
「アマノリリスさんなら怪我一つないから安心しろ」
  
「そうか! 良かった!」
  
トリス達は顔を輝かせて喜ぶ。
  
「来たついでだ。ちゃんと顔も見ていくといい。後ろにいるぞ」
  
「え?」
  
一瞬で表情を固めて二人が振り返る先には倉庫から野菜を入れる籠を持ってきたアマノリリスがいた。
  
「わぁ、お二人が妖精さんですね!」
  
「うわぁぁぁっ!!」
  
「きゃっ!」
  
トリス達の声に驚いたアマノリリスが体勢を崩して後ろに倒れそうになったが、慌てて伸ばした手でアマノリリスの腕を捕まえてなんとか支えることができた。
「あ、ありがとうございます」
「気にするな。アマノリリスさんがこけた衝撃で育てた野菜がダメになったら困るからな」
「別にクレーターとかできませんよ。重くありませんからね、私」
「そこまで言っていない。蔦や枝を掴んで倒されたら困ると言ったんだ。言葉足らずだったな」
腕を引いてアマノリリスの体勢を元に戻してやると数メートル先へ逃げるように飛んで行ったトリス達に視線を向ける。
「妖精さんがあんな遠くに……嫌われてるんでしょうか。大声出されましたし」
「逆だ。好きすぎて近寄れないんだろう」
「そうなんですか? 安心しました。何か嫌われるようなことしてしまったのかと」
「最初に俺を異世界へ連れ去ろうとしたこと以外は嫌われるようなことしてないだろ」
「……事実ですけど、それは事実ですけど。今言いますか?」
「すまん、口が滑った」
「実はずっと乾斗さんに嫌われてたんですね、私」
アマノリリスが俺から視線を外して膝を抱えてうずくまってしまった。
続けて失言をしてしまい、どう弁解しようか悩んでいると後頭部に何かが当たった。
首だけで後ろを振り返るとトリス達がどこで拾ったのか小石を投げつけてきていた。
アマノリリスをいじめるなということだろう。
「……アマノリリスさん。出会いが最悪だったのは事実で、第一印象も最悪ではあったが、今は別に嫌っているわけじゃない。落ち込まないでくれ」
言っておいてなんだがフォローになっている気がしない。
「いいんですいいんです! 私だって第一印象は良くないんですからね! いきなり電撃ショックで気絶させられたんですから!」
「その対応は別に間違ってなかったと思うが……ただ威力については俺も少々やりすぎだったと」
アマノリリスが口を真一文字に結んで睨んできた。また失言をしたようだ。そしてさっきほどから後頭部に当たる小石の大きさがだんだんと大きくなっている。
大怪我をする前に土下座でもした方がいいだろうか。しかし、気持ちが込められていない謝罪をするのはアマノリリスに失礼だ。
「俺は謝らない」
気持ちの整理が整うまで少し待ってもらおうと声を発した瞬間、後頭部に硬い何かが鈍い音を立ててぶつかった。後頭部からしみわたるような鈍痛に頭を抱えてうずくまる。
「け~ん~と~くぅぅん」
痛みに耐えているとロンナの低く凄みのある声が上空から聞こえてきた。見ると両腕を組んだロンナが鬼のような形相で睨んでいた。この前の単眼巨人の方がよほど優しい顔だった気がする。
「女神様に何を言っているの!! 失礼にもほどがあるわ!」
「そうだそうだ!」
ロンナに続くようにトリスから同意の声が上がった。
「非礼は認めるが後頭部への不意打ちは本当に危ないからやめてくれ。サリー、危険なら警告しろ」
『危険性は低いと判断しました。加えて乾斗様なら2割の確率で避けられるかと』
「2割はほぼ避けられないだろ」
石が大きくなるまでまだ大丈夫だろうと避けようとしなかったのも原因だが、戦闘中でもない限りそうそう気を張ってられない。
『常在戦場の心構えが必要だと先日<Bランク職員AIコミニュティ>で話題に上がりました』
なんだ、そのコミニュティは。
わずかに痛みが治まってきたので立ち上がるとアマノリリスが心配そうな視線を向けてきていた。
「心配ない。少し変なところに当たっただけだから」
「本当ですか? 結構痛そうでしたよ」
「自分を虐めていた乾斗君を労わるなんて素晴らしい女神様だわ!」
「えっと……ありがとうございます」
「いえいえ、これくらいの賛辞は当然……きゃぁぁぁ!!」
ロンナが再び大声を上げてアマノリリスから離れていき、追いかけていったトリスの胸倉をつかんで激しく揺さぶりだした。
「ど、どどどどど、どうしよう! 私、女神様と話しちゃったわ! わっ!」
「おおおっ、落ち着けってぇぇ! 脳がぁ、脳がぁぁ、しぬぅぅ!」
トリスとロンナが騒いでいる様子を見てアマノリリスが笑顔を浮かべた。
「賑やかな二人ですね。とっても楽しそう」
「弟の方が死にかけてるぞ」
「それはいけません。止めないと」
アマノリリスがロンナ達に近づいていくが混乱しているロンナは気が付かずにトリスを揺さぶり続けている。
「妖精さん、もう手を放してあげてください」
「え!?」
声を掛けられてアマノリリスの顔が自分のすぐそばにあることに気付いたロンナは動きを止めた。そしてそのまま体を魔法で固められたかのように硬直させたまま落下していった。
「くっ」
地面と衝突する寸前に伸ばした手で何とかキャッチすることが出来た。手の中のロンナは変わらず体を硬直させたまま動く様子がない。
「大丈夫か、ロンナ」
「……」
「ロンナ?」
「ほ、放っておいていいぞ、乾斗。びっくりしすぎて気絶してるだけだ」
頭を抱えたトリスが俺の肩に休むように降り立った。
「それは大丈夫なのか?」
「たまにあるんだよ。喜びすぎると」
ロンナを手の中に収めたままゆっくりと立ち上がるとアマノリリスがまた心配そうにしていた。自分の言動でロンナが何度も変な挙動をしていれば心配するのは当然だ。
「私、妖精さんに近づかない方がいい気がしてきました……」
「ああ、えっと女神様。それはそれでロンナが悲しむと思いますから……」
「トリスはロンナに比べてまだ平気みたいだな」
「ロンナが混乱しているのを見ていたから相対的に落ち着いただけだよ」
トリスが深くため息を付くとひどく疲れた様子で俺の肩で寝転がり始めた。
「どうしたらいいんでしょうか?」
「今はまだ時間が必要なんじゃないか」
少なくともロンナが気絶しないようになるまでは会うと今回のようなことになるだけだ。
アマノリリスはそうですねっと答えると残念そうに肩を落として静かに家の中へと戻っていった。
念願の妖精と出会えたのにちゃんと会話することも遊ぶこともできなかったことが残念だったのだろう。
昨日と今日とでアマノリリスはだいぶ気分が落ち込んでいる。何か気晴らしでもできればいいのだが。
「トリス、ロンナはいつ目を覚ますんだ?」
「分からねぇよ」
「……サリー、推測できるか?」
『失神から目を覚ます時間について推測は難しいと判断します』
「いつ目を覚ますにしても今すぐはないか」
俺はロンナを倉庫に運ぶと肥料袋の上に寝かせた。
「トリス、後は頼めるか」
「ああ、起きるまで見ておくよ。起きた瞬間にロンナの大声が出るかもしれねぇけど気にしないでくれ」
「分かった。水撒きや一通りの作業をやってた後でもロンナが起きないようなら家の中で寝かせよう」
「その時は頼む」
ロンナの事をトリスに任せて俺は中断していた水撒きや朝食用の野菜の採取、畑の整備を再開させた。
雑草取りをしている時に倉庫の方からロンナの声が聞こえてきた。ロンナが起きたのかと雑草と取り終えた後に倉庫を覗くと二人の姿は無く、また来るという置手紙だけが肥料袋の上に残されていた。
ロンナがアマノリリスとまともに話せる日は来るのか。
 




