戦い終わって
Aランクの強い、本当に。
「すごすぎだろっ」
視線の先、穴が開いた箇所を起点に空に亀裂が走り出しだす。バラルが壊れないと諦めた隔離空間が緑郎さんの一撃で壊れ始めた。
「あら、壊してしまいましたか。もうすぐ外と繋がってしまいますね。その前に残ったゾンビを早く片付けないと」
驚く俺を横目にベルカさんが残っているゾンビの掃討を開始している。驚いてばかりいられない俺も慌ててゾンビ退治を再開しようとしたが、すでにベルカさんが全て掃討した後だった。
ほぼ同時に隔離空間が完全に崩壊して元の世界へと戻ってきた。周囲に人影はなく一般人は無事に避難した後のようだった。
「今ので最後っと。ふぅ、お疲れ様」
「何がお疲れだよ。結局、ベルカ一人で全部倒していたじゃないか。Bランクとはいえ戦闘課の職員だろ。戦えよ」
上から降りてきた緑郎さんの指摘が的確過ぎて何も言えなかった。二人が助けに来てくれてからは驚いているばかりで何もできない。
ベルカさんも緑郎さんも汗一つ、息切れ一つしていない。これがAランクなのかと実力の差を見せつけられている。
「緑郎君、そんな意地悪な言い方はいけません。彼は私達が来るまで一人で戦っていたんです。隔離空間の展開をして周辺の被害もほぼゼロにしました。彼はやるべきことをやっていたと評価します。ね、ミナモ」
『Will do。異議はありません、ベルカ様』
サリーとは異なるAIの音声が聞こえてきた。ベルカさんのパーソナルAIだろう。
「ミナモも同意見ですよ」
「ベルカさんのAIなんだから否定するわけないでしょ、たくっ」
一仕事を終えて笑顔を浮かべるベルカさんとは対照的に緑郎さんはなにやら不機嫌な様子だ。
「救援に来ていただいてありがとうございました」
深く頭を下げてお礼を述べる。本当に二人が来ていなかったら俺はおそらく死んでいた。感謝をいくらしてもしきれない。
「いえいえ、先ほども言いましたがこちらの方こそ私達が来るまでよく周辺への被害を抑え込んでくれました。感謝です」
「次からはあれくらいの奴は一人で倒せるようにしておいてくれ」
「緑郎君、さっきから言葉きついですよ。なんでそんなに不機嫌なんですか。大好きな魔法を撃てたじゃないですか」
「撃てたには撃てたけど消化不良なんですよ。もっと手ごわいかと思っていたのに」
俺にとっては手ごわ過ぎたっと言うと緑郎さんがさらに不機嫌になりそうな気がしたので言葉を飲んだ。
「ごめんなさいね、暁職員。緑郎君は最近出動が続いているから疲れが溜まってるみたいで、それでちょっと不機嫌なだけなんです。いつもはいい子なんですよ」
「ベルカさん!」
ベルカさんにいい子と言われて緑郎さんが年相応な反応をして顔を赤らめた。
「そんな大声出さないでくださいよ。褒めただけじゃないですか」
「俺はそんな褒め方してほしくない!」
「頭なでなでの方がいいですか?」
「……」
無言になった緑郎さんの周囲に先ほどバラルに放った炎の矢こと『ヴェロクス・フローガ』が無数に現れた。
「困りました。これはちょっと本気起こってますね」
まったく困ったようには見えない笑顔でベルカさんは俺を盾にするように背中に隠れる。
「ベルカさん、何を!?」
「こういう時は男の子は女の子を庇って矢面に立つものです」
「そうは言いますが俺にどうしろと!?」
「安心しろ、死にはしない。ハリネズミになるだけだ」
それは充分死ぬのではないだろうか。
「やめてください! い、いじめはよくありません」」
上空から降りてきたアマノリリスが俺と緑郎さんの間に割って入ると俺を守るように両手を広げて立ちふさがった。アマノリリスの登場は俺も緑郎さんも予想外で面を食らう。少し間アマノリリスと無言で向き合っていた緑郎さんがやる気をなくしたようにため息をつくと『ヴェロクス・フローガ』が消えていった。
「……先に帰ります」
「分かったわ、後の事は任せて!」
ベルカさん、俺の背中に隠れながら言うセリフではないと思います。
緑郎さんが飛び立っていき、姿が小さくなってからようやくベルカさんが俺の背中から離れてくれた。
「ふぅ、あれだけ離れればもう大丈夫ですね」
「からかいすぎですよ」
強いといっても緑郎さんは子供で男の子だ。年上の綺麗な女性の前では大人ぶっていたい年頃でもある。ベルカさんに子供扱いされて不機嫌になる気持ちは俺も似たような経験があるので理解できる。
「うーん、そうなんですかね~。私としてはスキンシップの一環なんですけど……あっ、あなたが最近噂の女神様ですね」
悩んでいる風だったベルカさんはアマノリリスを視界に収めると抱きつくような勢いで握手を求めにいった。
「元女神様とか神様の子孫の友達はいますけど現役の女神様は初めましてなんですよ。申し遅れました、私はベルカ・ミネンと言います」
「は、初めまして、アマノリリスです」
アマノリリスが求められた握手をしようと手を出すが、触れそうになる寸前でベルカさんが手を引っ込めた。
「あははっ……今はちょっと汚れているので握手は後で機会があれば」
ベルカさんは返り血で汚れた手を隠すように背中に回した。
「さてさて、名残惜しいですけど……暁職員。緑郎君にも言いましたけど後片付けは私がしますから、この事の報告のためにアマノリリスさんと一緒に東京支社に向かってください。もうすぐ迎えの車が来るはずですよ」
「いえ、片付けなら自分も手伝いを」
「暁職員だけならお願いしたかもしれませんが……この場にあまり彼女を長居させるのは気が引けるので」
ベルカさんがアマノリリスに視線を向けているので俺も向けてみるとアマノリリスが左右に目を動かしては辛そうに目を閉じる行動を繰り返していた。
今頃気付いた。
いや、気付てはいたが俺自身戦闘後で気持ちが高揚していたので意識の外へと追いやっていた。
俺達の周囲にはゾンビ軍団の死骸が散らばっていることを。加えて見ようとしなくても目に入ってくるのは真っ二つに切り裂かれたサープスの死体だ。割れ目から未だに血と内臓が漏れ出している。
調整室、シミュレーションルームで行う戦闘であれば敵は倒せば跡形もなく消えてくれるがこれは現実で死体は消えることはない。ベルカさんの言う片付けとはこれらの死体のことも指しているのだろう。
ベルカさんの言う通り、アマノリリスが長居する場所ではない。彼女にとってこの死体の山は自分の世界で起った惨劇を思い出す光景になってしまっている。
「……分かりました、東京支社へ向かいます。後の事はお任せします」
「はい、任されました。私の方にも専門の応援チームが来ますから気にしないでくださいね」
ベルカさんに向けて深く頭を下げた後、具合を悪そうにしているアマノリリスの腕を掴んでその場から離れる。少しでもアマノリリスの視界に嫌なモノが入らない場所へ連れて行こうと速足になる。
「サリー、迎えの車はいつ来る」
『まもなくです』
「もう少し移動するから到着場所の調整は任せる」
『Will do』
「ぐっ……」
鎮痛剤が切れてきたせいで身体に痛みが走る。痛みに耐えるために足を止めて歯を食いしばる。痛みと共に熱を帯び始めた体のあちこちに対してもう一度鎮痛剤を打つべきか迷っているとアマノリリスが心配そうに顔を覗いてきた。
「大丈夫ですか、暁さん」
「正直な話……平気じゃない。情けないな、カッコ悪いところばかりみせて」
「いいえ、そんなことありません。立派でした」
「……お世辞でもありがたいよ。多少は頑張ったかいがあったと思える」
「お世辞じゃありませんよ。誰かを守ろうとする人は立派なんです。自分の身を盾に剣にして立ちあがるのは勇気ある行動です。とても立派だと、誇らしいと私は思います」
「女神様にそう言ってもらえるなんて栄誉だな」
「冗談か、からかってると思ってます?」
女神とワザとらしく言ったのが少し気にくわなかったのかアマノリリスが不機嫌そうにする。
「いや、アマノリリスさんが冗談を言えないは分かってる。素直に今の言葉は受け取っているさ」
アマノリリスに裏表がないことは短い付き合いながらも分かっている。本当に純粋で人を想いやり、愛している女神だ。そんな彼女が自分の世界のためとはいえ、この世界の人間を巻き込もうとした。どれほどアマノリリスの精神が追い込まれていたのかは想像もできない。
「ならいいんですけど」
「救えるといいな。アマノリリスさんの世界」
「え? 突然どうしたんですか?」
「Aランク職員の実力は見ただろう。あんな凄い人たちが他にも沢山いる。アマノリリスさんの世界と人達は絶対に助かる」
「はい、そう思います。とてもとても心強いです。あの人達なら私の世界を助けてくれる」
言葉を自分自身に信じ込ませるようなアマノリリスの顔はどこか不安そうに見えた。
「……本当にそう思ってるか?」
「本当に思ってますよ」
「思ってないだろ? アマノリリスさんが冗談や嘘が下手だというのはさっきも言ったとおりだ。顔に真実が出すぎている」
「下手とは言われてません」
「反論するところはそこか?」
「あ、あとちゃんと思ってます」
「後付けな言葉だな……魔王軍っていうのはベルカさん達より強いのか?」
俺の質問にアマノリリスは口を一文字して閉ざして考え込み始める。
「ベルカさんは私の世界の誰よりも強い人だと思います。そのベルカさんと同じくらい強い方々が来てくれるのなら魔王軍の幹部達にも対抗できる、いいえ、倒せると思います。ですが……」
アマノリリスが言葉を詰まらせる。
「魔王は倒せないか」
アマノリリスの次の言葉が出るより前に答えた。不安になっている理由なんてこれ以外にないだろう。
「……はい」
「そんなに強いのか」
「分かりません」
「……確か、戦ってはいないんだよな。魔王とは」
以前、アマノリリスが話してくれた話では魔王はアマノリリスの世界の勇者が倒された後に姿を現したのだった。
「はい、ですがその姿や声は……幹部達の誰よりも恐ろしくて」
魔王の事を思い出しているアマノリリスの身体が小さく震えだした。
「アレを倒すとか勝つとか……そういうのが少しもまったく想像できないんです」
俯いているためアマノリリスの顔が見えないが決して良い顔、他人が見てもいい顔はできていないだろう。
「みんな、今頃……どうして……まだ無事ですよね」
先ほどの戦闘後の光景に加えて今の会話でアマノリリスの世界で起こった惨劇を完全に思い返させてしまったようだ。
こういう時に根拠がなくても励ましの言葉をかけられれば良いのだろうが、肝心の言葉が見つからない。
『車がまもなく到着します』
沈黙を破ったサリーの言葉通りに道の向こうに車が見えた。
「……すいません、変な事言ってしまって。WDWCの人達のことを信じなきゃですよね。きっと私の世界を助けてくれるって」
アマノリリスは顔を上げると笑顔を見せる。涙が無くても目が赤くなっていればそれだけで直前まで泣いていたことは察せられた。笑顔が俺を心配させまいと無理やり作っていることも。
「ああ、きっと大丈夫だ」
月並みな言葉でしか返答できない俺は自分自身の様々なことへの実力の無さに打ちのめされる。
アマノリリスは色々な葛藤の中、なんとかその場に立ち止まっているような精神状態です。




