見えている弱点が弱点とは限らない
一週間ぶりです。
今回も戦闘シーンの続き。ピンチは続きます。
「アマノリリスさん、どこかへ避難していてくれ。封印具の効力を落とした今なら空くらい飛べるんじゃないか?」
「避難って……暁さんは?」
「巨人の相手をする。あっちもその気だしな」
視界にサープスが拳を振り上げるのが見えた。アマノリリスを突き飛ばすと彼女とは反対側へと飛び出す。サープスの拳が間違ってもアマノリリスの方へ行かないようにサープスの横顔目掛けて打撃を飛ばして意識を俺に向けさせた。
壱式・甲で強化された俺の打撃もサープスにとっては虫に刺された程度なのか効いた様子はない。しかし、その目はしっかりと俺を捉えていた。
サープスの拳が振り降ろされる。壁が飛んできたと錯覚するような拳を避ける。サープスの拳で道路のコンクリートを木っ端みじんに吹き飛び、欠片が散弾のようにばらまかれる。
咄嗟に顔を両腕でガードして身を小さくするが、飛んできた欠片が腕や足を強打していく。下に着こんでいる強化スーツが衝撃を軽減してくているが、それでも砲丸投げの玉を投げつけられたような痛みが襲い掛かってくる。
痛みに耐えながらやり過ごして周囲を見るとサープスに殴られた道路は爆発したかのように小さなクレーターができていた。
「避けるなよ」
「無茶言うな」
サープスは遊んでいるかのような軽口を叩くが俺としては一撃でも喰らえば良くて戦闘不能、最悪は死ぬ状況なだけに冷や汗をかかずにはいられない。
「暁さん!」
上からした声に見上げるとアマノリリスが宙に浮かんでいた。見る限り怪我はないようで安心する。
「飛べたのならもっと遠くへ逃げてくれ!」
「ははっ! 小さな虫が飛んでるなっ!」
サープスが左右から両手でアマノリリスをつぶそうとする。俺は狙いをサープスの右手の小指に定めて打撃する。指先の攻撃が効いたのかサープスの動きが一瞬止まり、その隙にアマノリリスはサープルの手が届かない場所へと避難できた。
「邪魔すんな!」
「邪魔するのが仕事なんでね」
自分の行為が邪魔されて苛立ったサープスが蹴りを放ってくる。巨木のような足の下を潜り抜けてダメージは与えられなくてもバランスを崩せればと軸足へ向けて打撃を連打する。
想定通りバランスを崩したサープスが体勢を大きく崩す。転ばないようにサープスが咄嗟に近くのビルを掴んだが耐えきれずビルも倒壊した。なんとか避難することができた俺はビルの下敷きになったサープスの様子を伺う。今のでどこか怪我でもしてれればっという甘い予測を覆すようにサープスは大暴れしながら立ち上がった。
「くそがぁ! ちっさくて弱いくせに俺を何度もイラつかせやがって!」
暴れるサープスが飛ばしてくるビルの欠片を避けながら打撃点を探る。考えなしに殴った所でダメージは与えられない。ダメージが与えられそうな……相手の弱点をつくしかない。
なので俺は奴の目立つ大きな弱点に打撃する。
「くらえっ!」
視点を一点集中させて打ち込む。狙いはサープスの目。体と違って目は鍛えようがないので俺の攻撃も通じる。
……はずだった。
確かに打撃したはずなのにサープスは痛がるそぶりすら見せず、俺をその単眼で睨みつけていた。
「どいつもこいつも考えることは一緒でよ~。目を狙えばどうにかなるんじゃねぇかと勘違いするんだよ」
サープスが堪えきれなかった笑い声を上げ始めた。
「ははははっ! 馬鹿じゃねぇのか! 狙われるだろって箇所に何の対策もしてないわけないだろ」
どういう理屈か分からないが弱点と思っていた目が対策済みで弱点ではなかった。
奥歯を噛みしめる俺の頭上からサープスの打撃が連打で振り下ろされた。余波で飛んでくる道路や建物の欠片を警戒して大きく飛びのく。俺に向かって飛んでくる欠片を叩き落としながら着地して考える。
考え付く手段ではサープスに有効的な攻撃を与えることができそうにない。こんな時は素直に相棒に頼ることにする。
「サリー、あいつを倒す何か手段はないか」
『現状の乾斗様の実力では不可能と判断します』
サリーがはっきりと言い切る。
「……周辺の建物とか利用できないのか?」
『隔離空間の建物は一時的に仮作成された物ですので本来の建物よりも耐久、重量共に低いものとなっています。そのため利用するには不適切と判断します』
「下敷きにするとかは無理か。俺の攻撃が奴の目に効かなかった理由は分かるか」
サリーが俺の質問に答える前にサープスが突進してきた。
「つぶれろよ!」
押しつぶそうとするサープスの足の下を走り抜けて股の間に打撃する。男なら目と同様に鍛えられない場所だ。人型なので急所は同じだろうと打撃してみたが、こちらも特に効いていた様子はなく、すぐさまサープスは下段の回し蹴りを放ってきた。
迫る巨木のような足を飛び越えて避ける途中、強引に足に捕まる。振り落とそうとする遠心力に耐えながら足が振り切れたタイミングで一気にサープスの頭へ向けて駆けあがる。
駆けあがってくる俺に向けてサープスの拳が繰り出されるが体全体を回して受け流す。今度は繰り出された腕をつかんでさらに駆け上がり、サープスの顔面付近に到達した。
「っらぁ!」
気合と共にもう一度サープスの目に右拳を打ち込む。今度は能力と実際の拳による二重の打撃だ。
打ち込んだ右拳がサープスの目に突き刺さる。目なので柔らかいことは想定できた。だが、柔らかすぎだった。ビーズクッションを殴ったような感触を受けながら俺の拳がサープスの目の中に沈んでいく。
慌てて引き戻そうとした時、サープスの瞼が閉じられた。
右腕が押し千切れるかと思うほどの力で挟まれ、俺は耐えきれず叫び声を上げてしまう。
「がぁぁぁぁっ!」
『乾斗様、危険ですので退避を』
サリーに言われるまでもなく瞼に蹴りを入れて右腕を無理やり引きずり出す。蹴った勢いに押し出される形で宙にいた俺の真上が急に暗くなった。
サープスの手のひらだと気付くと反射的に防御姿勢を取る。防御姿勢の俺をサープスは虫を叩くようにして地面へ叩きつけた。
背中を強打して息ができなくなる。意識だけは失わないように歯を食いしばって耐えるのが精一杯だった。
『緊急回避を実施』
サリーが強化スーツを操作し俺の足を無理やり動かしてその場から飛びのかせる。
一息後、先ほど俺がたたきつけられた場所にサープスの足が踏み下ろされて地面が深く陥没した。
地面を転がりながら感覚が戻った手足を使って起き上がる。全身が痛いが痛みがあるのはまだ感覚が正常な証拠なのでまだ戦えるということだ。
「サリー、さっきの奴の目はいったいなんだ?」
『巨人の目は細かな粒子によって構成された物と推測します』
「細かな粒子? そんな目があるのか?」
『少なくとも乾斗様の目の前に存在します』
「ああ、そうだな」
異世界から来ているという時点でなんでもありだ。さすがに体の一部を粒子化させている奴は珍しいだろうが。
「スライムや軟体の敵とは戦ったことはあるが粒子化する奴は初めてだぞ。サリー、対応方法は?」
『現状の装備では無いと判断します。救援が来るまで回避重視で凌いでください』
「そうするしないか!」
諦めと悔しさを吐き出すように迫ってきていたサープスの拳を避けてカウンターで打撃する。当然のように効果はないが、サープスは俺に致命的な一撃を未だに与えられず苛立ちを募らせていた。
そのおかげで攻撃が単調になり避けるだけなら難しくはなかった。
いつ終わるか分からない攻撃を避け続けている内に最初に根を上げたのはサープスの方だった。
「ああ!! もうこのやろぉ! さっさと素直につぶされろ!」
声を荒げて地団駄を踏み始める。
相手からすれば常に飛び回る蚊を退治できないようなものだろう。自分を蚊と評するのは卑下しすぎだが、サープスの苛立ちを表現するには的確だろう。
「サープス、いつまで遊んでいるんだい?」
「ああ? そういうお前もさっさとこの空間とかを壊しやがれ!」
サープスを冷静にさせるためか黒マントのバルラが上空から降りてきた。
「壊したいのは山々なんだが予想外に硬くてね、休憩さ。放っておいてもなくなるから無理することないしね」
「けっ、言い訳しやがって出来なかっただけだろ」
「思い通りに遊べないからと苛立つな。わざわざボクが楽しく遊べるように知恵を貸しに来てやったんだぞ」
「ほほう、そいつはありがたいね」
俺にとってはありがたくない話し合いがされているがその間に少しは休むことができる。息を整えて怪我の確認する。打撲は全身至る所。裂傷について深い傷はないが顔は擦り傷だらけだ。
「サリー、鎮痛剤」
『Will do』
強化スーツに内蔵されている鎮痛剤が打ち込まれて痛みが和らいでいく。痛みが小さくなり頭に考える余裕が出来たのでこれからを考える。
あの二人と同時に戦うことになった場合、回避に専念しても長くは持たない。今のうちに建物のどこかに隠れて時間を稼ぐことも考えたが、アマノリリスが視界に端に見えたので断念する。
俺の姿が完全見えなくなったらアマノリリスへ標的を変えるだけだろう。
引き続き救援が来るまで注意を惹きつつ逃げ回るしかない。
覚悟を決めて見上げると向こうも話し合いが終わったようで目が合った。
「悪だくみは終わったか」
「ああ、終わったよ。では、引き続き楽しんでくれたまえ。ボクは休みながら観戦させてもらうよ」
バラルの言葉から戦いに加わることはないと分かり内心安堵する。視線をサープスに向けると何やらニヤニヤと笑みを浮かべていた。ロクなことが起こらないなっと警戒して距離を取る。
『乾斗様』
「どうした?」
『敵集団、こちらに向かってきます』
「敵?」
サープスを見るが先ほどの場所から動いていない。だが、サープスの足の間から見えた光景に背筋が凍った。
ゾンビ軍団がこちらに向かって全力疾走してきていた。
「おいおい、最近のゾンビは走るのか?」
『媒体によりますが走ります。今度、視聴なさりますか?』
「視聴できたらなっ!」
先頭を走るゾンビを能力で殴りつける。一部が将棋倒しになって倒れていくが、倒れたゾンビの背を足場にして後ろから次々とゾンビが勢いを止めることなく迫ってきた。
走るゾンビ映画は沢山ある。




