パトロール
乾斗君の普段の仕事はパトロールになります。
曇り空の下、俺は業務として異世界関連の事件が発生していないか繁華街をパトロールしていた。俺の担当は自宅のある街を中心にした周辺の市区町村となっている。一日で全ての市区町村を回ることはできないため、俺と同じように周辺を担当している職員との分担だ。彼や彼女らがA地区をパトロールしている時、俺はB地区をパトロールすることになっている。
今日俺がパトロールする範囲は自宅から比較的近い場所であるため、暇そうにしていたアマノリリスも連れてきていた。東京支社への呼び出しがない時以外は俺の家に待機となっており外出も制限されている。なので俺の監視付きとはいえ外を出歩くことは多少気分転換になるはずっと思ったのだが。
「ちょ、ちょっと暁さん、休みませんか?」
「さっき休んだばかりだろう?」
「でも足が痛くて」
「……」
「動機や息切れも酷くて……」
「お婆さんかおまえは」
実年齢でいったらお婆さんどころではないのだろうが、女神なのだがら肉体年齢的には若いままのはずだ。たかが数キロ歩いたくらいでこれほど疲労困憊になるとは思わなかった。
「元の世界ではあちこち行っていたんじゃないのか?」
「女神の力で空を飛んだりしていたので実際に歩き回っていたわけではないので」
「つまりは運動不足か」
「……はい。普段なら疲れも感じないはずなんです。たぶん力が抑えられているせいだとは思うんですけど」
アマノリリスは自分の手首にはめられている腕輪型の封印具に視線を向ける。
「外してほしいと言われても無理だぞ」
「そんなこと言いませんけど、もう少し力を使えるようにしていただけたらなーって」
「……サリー、その辺の調整は可能だったりするか?」
『ある程度効力を弱めることは可能です。総務課の承認が必要となりますが行いますか?』
アマノリリスから懇願する視線を受けつつどうするべきか考える。
アマノリリスの危険性についてはほぼないことは分かっているので封印具の調整については異論はない。むしろ体力の無さのために生じる俺の職務への弊害が少しでも減るなら賛成だ。
総務課が承認しない可能性もあるが現状が続くだけで悪くなることはない。
「サリー、頼めるか。このままではロクにパトロールができない」
『Will do、依頼を行います』
サリーが承認作業を行っている間、アマノリリスの要求通り休むことにした。ベンチに腰掛けてアマノリリスと共に行き交う人達を視線で追う。平日なのでスーツ姿の人が多い、次に目立つのは待ち合わせをしているカップルの姿だ。落ち着いたら千華ちゃんとどこかに遊びにでも行きたいと思っているためかついついカップルを目で追ってしまう。
しばらく続けていると何人かと視線がかち合う。偶然かと思ったが注目されているレベルで視線を向けられていることに気付く。なぜここまで注目が集まるのか俺はベンチに座っているだけで特に奇怪な格好も行動もしていない。向けられている視線をよく観察して辿ると正確には俺にではなく俺の横の人物に向けられていた。
アマノリリスだ。美人で物珍しい赤毛。加えて街中ではなかなか見ない修道服。目立つのは当然だった。何かのコスプレかと思う人だっているだろう。
「なんか目立ってますね」
注目が集まっているのに気付いたアマノリリスが恥ずかしそうに表情を赤らめる。
「女神様は注目されるに慣れてるんじゃないのか?」
「慣れてますけど……あくまでもそれはそれ相応の場面でなのでこういった普通の場所ではまたちょっと違うというか」
「そういうものか?」
「はい、それに目立っているのは私もそうですけど、暁さんもですよ」
「美人の横に知り合いらしい男がいたら目立つだろうよ。ナンパしようとした奴には特にな」
実際、アマノリリスの容姿に釣られて近づいてきた男が横にいた俺と目が合って遠ざかっていくことが何度かあった。
「美人ですか、えへへ」
お世辞を言われてアマノリリスは笑顔を浮かべて機嫌が良くなる。こちらの生活に多少慣れてきたのか出会った頃にあった堅苦しさは大分無くなり笑うことが多くなった気がする。WDWCからアマノリリスの世界へ向けた救援準備が順調に進んでいるとの報告が日々入ってきているおかげもあるだろう。
「でも、暁さんが目立っているのは別の理由もあると思いますよ」
「別の理由?」
「髪の色です。私の赤色も目立ちますけど、暁さんの青色だって目立ちますよ」
「珍しいとは思うが髪くらい染めている奴は探せばいるだろ。そこまで注目するものじゃ……ああ、そうか。一人一人ならともかく隣り合って赤青の髪が並んでいれば否応なしに目立つな」
色合い的に赤青はメジャーなセットだろう。そんな二人組の男女が隣り合って座っていたら通りすがりの人達にカップルと勘違いされて注目されるのは仕方ない。
「暁さんの髪の色って染めてるんですか?」
「地毛だ。婆さん譲りなんだよ。家族で俺だけが遺伝でこうなっているせいか婆さんによく可愛がられている」
「そうなんですね。あ、そうだ、そのお婆様との……」
「会わせるって話か。婆さんには伝えているんだがやはり忙しいらしくてな。アマノリリスさんがこっちにいる間に会えるか微妙な感じだな」
「そうですか。残念ですけど仕方ないですね」
『乾斗様、承認が下りました』
「思ったより早いな」
封印具は異世界からの訪問者に対する安全装置なだけに簡単に承認が降りるとは思っていなかった。
『アマノリリス様の脅威度は極小と総務課で判断されていたため、手続きがスムーズでした』
「えっと、それって良い事ですよね」
「脅威的な存在として危険視されるより良いだろう」
『封印具の効力を50%まで下げることが許可されておりますがいかがなさいますか?』
「80%で頼む」
「もうちょっと……できれば50%で」
「すまないが、とりあえずどれくらい影響があるか確認したい」
アマノリリスにしてみれば手足に重りをつけているようなモノで少しでも軽くしたいという気持ちは分かる。
だが、アマノリリスが力を解放した途端、周囲に何かしらの影響が発生する可能性がある。総務課はそういった危険性もないと判断しているのだろうが、ここは現場判断で行わせてもらう。
『Will do、封印具の効力を低下させます』
サリーのアナウンス後、アマノリリスの付けている腕輪の中央付近を一筋の光が走った。
『処理完了しました』
「終わったそうだが、どんな感じだ?」
「うーん」
アマノリリスは立ち上がって周りを歩き出した。歩き回って元の位置に戻ってくると今度は力を込めるように拳を握り閉めたり開けたりする。一連の動作の後、困ったように笑いながら首を傾げた。
「よく分からないですね。体は軽くなったような気がしますけど……ここで力使ったらダメですよね」
「駄目に決まっているだろ。使うなら家に戻ってからだ」
家の裏山には小さい頃から鍛錬で使っている場所がある。そこでならアマノリリスが力も使っても問題はないだろう。
「充分休んだし、体も軽くなったのならパトロールの続きをするぞ」
「は、はい、お手間をかけました」
この後のパトロールする道順を考えながら立ち上がった時、街中に設置されてある防災無線のスピーカーから一斉にけたたましいサイレンが鳴り響いた。
街中の人々が突然のことに動揺する中、インカムを耳に強く押し当ててサリーに確認する。
「サリー!」
『緊急警報発令、緊急警報発令、異世界より認識不明物体が侵入してきます。該当地域職員は各ランクに沿った対応を行ってください』
サリーは俺の問いかけに答えず緊急事態を伝える情報を何度もインカムから伝え続けている。
街中の防災無線にも耳を傾けると一般市民への避難を呼びかける放送がこちらも繰り返し流されていた。
防災無線は地震アラームと同じようにうるさく響きます。




