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夢を見た後

 

 憂鬱な気分のまま急に目が覚めた。大量にかいていた寝汗で背中が濡れており気持ち悪さが全身に走る。心臓が異様に高鳴っていて息も荒くなる。


 『乾斗様、若干の発熱と脈拍の急上昇がみられます。大丈夫でしょうか?』


 枕の傍においていたインカムからサリーの声がかかる。


 「大丈夫だ。嫌な……昔の夢を見ていただけだ。今何時だ、サリー」


 窓の外はまだ暗く太陽はまだ登っていないようだ。


 『3時13分です。日の出まで後1時間ほどとなっています』


 「そうか、ありがとう」


 乱れた息を整えながらもう一度寝るべきか考えたが、さっきの夢をまた見ることなったらと嫌だと起きることにした。


 『起床にはずいぶん早いと思われます』


 「そうだな。だが、たまにはいいだろ。気分転換に日の出前ランニングでもするさ」


 立ち上がって動きやすい服装に着替えると水分補給用のボトルとタオルを手に外へと出る。日の出前なのだから当然だが外はまだ暗かった。夜間戦闘の訓練にもなるなと考えながらストレッチをしていると誰かが玄関から出てきた。


 「誰かと思えば乾斗君でしたか」


 「カカクゥさん、もしかして起こしてしまいましたか?」


 「いえいえ、寝ていないだけですよ」


 カカクゥさんは珍しく大きなあくびをした。ここまで気の抜けたこの人の様子を見るのは久しぶりな気がする。


 「寝てないって何かしてたんですか?」


 「ええ、少々仕込みを。明日、いえ、今日の夜が本番ですので」


 「また悪だくみですか?」


 「悪だくみとは人聞きの悪い。戦略ですよ。ゲームの話ですが」


 「えっと確か……ワールドなんとかというゲームでしたっけ?」


 「World War With We<ワールドウォーウィズウィ->。通称W4と呼ばれていますね。紀元前の戦争に参戦するゲームです。私は軍師という立ち位置で参加していますので離間、反間などいろいろと策を巡らせております。策が思った通りに決まった時などもう大興奮ですよ。敵軍の大将からの罵詈雑言のコメントはもう賛美にしか見えませんね、ハハハハッ」


 深夜テンションもあるのだろうが、カカクゥさんは高笑いがいつも以上だ。


 「W4ですが大戦と呼ばれる大規模イベントが今日行われるのです。ここで勝利者となった軍への報酬は良いですからね。皆、今日この時に向けて切磋琢磨しているわけです。で、私はいいとして乾斗君は何を? 今日は朝早くから何か予定はありましたか?」


 「予定はないのですが、変な時間に目が覚めたので夜間訓練もかねて山道をランニングしようかと」


 「それはいいですね。昼と夜とでは山や森はまったくその姿を変えてしまいます。いい経験になるでしょう。ですが、体調が良い時がいいと思いますよ」


 カカクゥさんがランニングに出ようとする俺の肩に手をかけた。


 「体調は別に悪くはないですよ」


 「少なくとも顔色は良くないですね。サリー、乾斗君の体調について説明を」


 「……」


 カカクゥさんの質問にサリーからの返答がいつまで経ってもない。不思議に思ってインカムを触ろうとするといつもつけているはずのインカムがないことに気付いた。


 「インカムを付け忘れるとは乾斗君らしくないですね。確かWDWCの規約では外出の際、インカムの着用が必須だったと記憶していますが」


 その通りだ。いつでも連絡が取れるようにインカムは付けていなくてはいけない。これまで一度だって忘れることはなかった。なのに今の今まで付けていないことに気付かなった。


 「部屋に置いてきたのでしょうね。うっかりで済ますにはいささか集中力が散漫のようです。運動はやめて寝た方がいいでしょう。眠れない眠りたくないというのであれば布団で横になっているだけでもいいと思いますよ」


 「……」


 「乾斗君」


 ありえない失敗に呆然としていた俺はカカクゥさんの声ではっと我に返る。


 「……そうします」


 このまま暗い山道をランニングしたら足を滑らせるなどして大怪我をしていたかもしれない。カカクゥさんに指摘されて危険を想像できるくらいにはぼんやりしていた思考が徐々に回復してきた。


 「乾斗君」


 部屋に戻ろうとするとカカクゥさんに呼び止められる。


 「私は乾斗君にとってただの居候です。ご両親の知人というだけで乾斗君とはそれほど仲が良いとは思っていません。ですが、弱音や心配事をただ聞くだけの相手にはなれると自惚れてはいますよ。何かありますか?」


 言うべきかどうか口をモゴモゴしながら悩んでいると吐いた息に押し出されるように声が出た。


 「嫌な……夢を見ました」


 誰かに言いたかったのかもしれない。どうすれば良かったか聞きたいのかもしれない。


 「千華ちゃんのご両親が異世界へ連れ去られた時の夢です」


 事件の頃、カカクゥさんはまだ家に居候していなかった。が、千華ちゃんの両親の件はカカクゥさんが居候するとなった時に一度説明しているので知っている。

 事情を知っているためか、俺の一言で全てを察したカカクゥさんは目を閉じて小さく頷いた。


 「ここ数年は見なかったと思うんですが、アマノリリスさんに千華ちゃんの両親の話を少ししたせいですかね。思い出すように見てしまって」


 夢を見たのは別にアマノリリスのせいではないが、少し責めたような口調になってしまう。


 「あの時俺は無力でした。怖くて怖くて動けなくて……異世界へ行ってしまう千華ちゃんの両親を安心させるような言葉一つかけられなかった」


 千華ちゃんの両親は異世界へ行ってしまう直前どんな顔をしていただろうか。泣いていたか、それすらまともに覚えてない。


 「何か出来たはずなんです。二人のために千華ちゃんのために……なのに俺は自分の事で精いっぱいで何も出来なかった。その場限りの約束すら出来なかった」


 その時の無力感はずっと俺の心に潜んでいる。だから日々少しでも強くなりたい成長したいと願い続けている。


 「カカクゥさん、俺はあの時何が出来たんでしょうか」

 

 カカクゥさんなら、父さん達と一緒に何度も死線を乗り越えてきたこの人なら何かきっかけとなる言葉をくれるかもしれない。


 「分かりません」


 「へ?」


 励ましの言葉を内心期待していただけにカカクゥさんのそっけない態度は俺の思考を停止させた。


 「どうしました? 先ほど言いました通り聞くだけ聞きましたよ、私は」


 いや、確かにそう言っていたが普通はそれでも何かしらの言葉があるでしょう。


 「早朝は冷えますね。用が済みましたら家へ戻りましょうか」


 カカクゥさんは言葉通り用が済んだとばかりに家に戻ろうとした。


 「ちょ、ちょっとカカクゥさん?」


 「まだ何か言いたいことが? すいませんがこれ以上は……朝食の準備に差し障りますし」

 

 「結構トラウマ的なことを話して恥ずかしげもなく相談をしたんですけど」


 「そうですね。客観的にとても情けない話でした。心優しい人なら子供だったのだからしょうがないとか今は頑張ってるじゃないかとか言葉をかけるのでしょうが生憎と私は優しい人ではありません。どちらかといえば他人の不幸が大好きな外道な人です」


 外道なのは知っているし、分かった上で相談してみたんですけどね。


 「そんな私からでも言葉欲しいというのなら一言だけ。正直睡魔が強くて頭がほぼ回っていませんので聞き流してくださっても結構。乾斗君の今の話も寝て起きたらたぶん忘れているでしょう」


 カカクゥさんは言葉を区切り、一度咳ばらいをした。


 「ずっと後悔していなさい。悔やんで悔やんで泣き叫びたくなるほど悔やんで忘れずに生きていくのです。乾斗君が今この場にいるのはその後悔があるからということを忘れないでください」


 カカクゥさんは言い終わると速足で家の中に戻っていってしまった。

 俺はカカクゥさんの言葉の意味がいまいち理解できなかったが、それでもあの人なりの励ましだったのではと感じた。


 「……後悔」


 言われた言葉を押し込めるように胸に手を当てていると段々と鼓動が緩やかになっていくのが分かった。決して前向きにさせるような言葉ではなかった。でもなぜか若干心が軽くなった気がする。あの後悔を叱咤するのでも励ますのでもなく認めてくれたことが良かったのかもしれない。

 

 「俺も部屋に戻るか。サリーに規律違反だと本部に報告されたら大変だ」


 家に戻り、部屋の扉を開けるとすぐにサリーが反応した。


 『乾斗様』


 「サリー、置いて行ってすまなかった。規約違反だったな」


 『いえ、敷地内でしたので規約範囲と判断します。ですが、今後はお気を付けください』


 「分かってる。今後は置いて行かれそうになったら声を出してくれ」


 『Will do』


 「サリー、仮眠を取るんだが眠れるような……気持ちが落ち着くような曲って流せたりするか?」


 『可能です。クラシックでよろしいでしょうか』


 「任せる」


 インカムから名前は知らないがゆっくりとした曲調の落ち着く音楽が流れてきた。俺は敷きっぱなしだった布団にそのまま倒れこむようにして横になり目を閉じる。眠れるか心配する前に俺の意識はゆっくりと落ちていった。

カカクゥさんは家事以外のすべての時間をゲームに費やしています。

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