第六話 固有名詞を使ってもいいですか?
前回のあらすじ:二次創作でも小説は著作権的にセーフ? 具体的な表現でないキャラクターは著作権の対象にならないから大丈夫らしい。とはいえ他人の作品に依拠していることに変わりはないのでイラストや漫画と同じく注意は必要だ。
「ねーマックのデリバリー呼んでいい?」
喫茶店に出前頼むやつがあるか。自宅じゃないんだから、……いや今は住んでるんだったな。
「おまえここが飲食店だということを忘れてないだろうな」
「でもお腹すいたし」
「わかった、たまごサンド作ってやるからちょっと待ってろ」
エプロンを着けるとカウンターに立って卵を4つ茹で始める。作っちまった方が安上がりだしな。
「やたー! マックと言えばさ」
「まだいうか」
「いやいやまじめな話。漫画とか小説で『マクドナルド』って店の名前出していいの? ぼかしたりちょっと変えたりしてるのをよく見るけど、たまに商業作品でもそのまま使ってるしどうなのかなって」
「あぁその話か。別に問題ないぞ」
そう、問題ないのだ。漫画の台詞だろうが小説だろうが“著作権法上は”セーフになる。まな板の上にはキュウリを刻みながら話を続ける。
「あっいいんだ」
「短い言葉は著作物にならないと言っただろう。だから名前は著作権侵害にはならない。
だが、タイトルや店名は商標登録されている場合がある。そうなると勝手には使えないんだが……」
「でも問題ないんでしょ?」
「そうだな、その理由は使えない場合というのが『商品の出所』を示している場合に限るからだ」
「『商品の出所』とはつまり?」
茹で上がった卵の殻をむき、ボウルに移すとフォークの裏を使ってつぶしていく。いい具合だ、黄身の発色も良い。
「まず、うちの店がマクドナルドを名乗ったりメニューに付けるのはダメだ。喫茶店にそんな名前が付いてたらハンバーガーチェーンと関係あると客が勘違いするだろ? だからダメ。
だけど漫画や小説の中で使うのは別にその店や商品と混同するわけじゃないから大丈夫。
もっとも、使い方によっては名誉毀損や侮辱の問題が出てくるから気を付けた方がいい。人名ならなおさらだ。
そういうわけだから変えたり隠してるのは著作者側による配慮だ。予防線と言い換えてもいい」
つぶしたタマゴに刻んだキュウリとマヨネーズ、塩こしょう、少量の辛子を入れてよく混ぜていく。
「まぁ読者の頭にあるイメージを流用したいけど現実に寄せすぎたくないみたいな作話上の都合もあるかもしれないがな」
「小説はいいかもしれないけど例えば同人誌の背景にマックのロゴ描くとかは?」
「それは商標権的には問題ないだろうが著作権上複製権の侵害になるんじゃないか? ロゴは著作物になることもあるからな。既存の作品を見てもマークとか多少変えてるはずだ」
サンドイッチ用のパンへ均一にバターを塗ってレタスを載せる。
「じゃあよく言われるグッズや表紙にタイトルロゴ使っちゃいけないみたいなのって……?」
「同人誌の表紙に原作のロゴ使ったら公式と勘違いする人間が出る、当然商標権侵害だ。本だけじゃなくグッズも同じ。
商標権は著作権より厳しいぞ。“偶然似てただけ”は通用しないし類似品もアウト、親告罪でもない。企業イメージに直結する権利だし登録の審査も厳しく金だってかかる、だからその分保護は手厚くなってるんだよ」
いよいよ最終工程だ。
ラップを敷いたパンにタマゴを載せて挟み込む。具材は入れすぎないように。
「商標権に引っかかったときは見逃してくれないんだ」
「というか原則として“公式と勘違いさせるもの”ほど危険視される可能性は高くなると思って構わない。競合相手になるから企業にとっては敵同然だ」
均等に上から圧力をかけたら包丁で三角に切り皿に盛りつける。
「つまりめっちゃ上手くて原作みたいな絵を描く人ほどリスクがある?」
「そうとも限らない。全ては程度問題だよ、ただ似てるからダメと言われた例を私は知らない。その他に表現の内容、発行部数、影響力とか様々な要因が重なって権利者が差し止めを求めたものがいくつかあるだけ」
「過剰に怖がらなくてもいい?」
「基本的に事を荒立てたくないのはどこも一緒だよ。裁判になるなんて企業同士で侵害があったときくらいじゃないか?
はい、タマゴサンドの完成」
「おぉいつの間にかできあがってる! ウミさんも一緒に食べよー」
今回のポイント:商品名などの固有名詞は作中で使用する場合には著作権も商標権も侵害しない。しかし、表紙やタイトルに使ったりロゴを描いたりする場合は商標権を侵害する可能性がある。