第三話 あなたの作品は著作物?
前回のあらすじ:何のために著作権があるのか、それは文化の発展のためにあるらしい。作者の努力に報いるために権利を定める……のだがそれだけではなく適正な利用を促すのもまた著作権の役割なのだ。
「ウミさーん! 今日からしばらくお世話になります!」
さっそくやりやがった。
昨晩の先輩からの電話を思い出す。
夏休み中シオンをしばらく泊めてやってくれだと?
確かに先輩を通せとは言ったが……誰に似たんだか、無駄に行動力のあるやつに育ってしまったようだ。
「ウミさん、外で絵描いてもいい?」
「別にいいが海風に気を付けろよ、水彩画か? 綺麗な海じゃないか」
「でしょ、でもまだ完成じゃないからここで完成させるんだ。よし! 場所はここでいいかな~道具の準備があるから今日は位置決めだけ、それで今日は何のお話してくれるの?」
「そうだな、その絵に関係することだ。著作権とは何か話したときに著作物って何か聞いてきただろ? それを説明する。ノートか何か持ってるか?」
「いいよー あれ、まって。このあたりに……確か、そう数学の……っよし!」
シオンのカバンの奥から引っ張り出されたルーズリーフが手渡される。仮にも学生ならもっとすんなり出てくるもんじゃないのか?
「ペンも借りるぞ、まず著作権は『著作物』でないものは対象にならん」
そうして私はルーズリーフに著作物の定義を書き出していく。
著作物というのは
1 思想又は感情を (ただの情報は除外)
2 創作的に (誰がやっても同じものは除外)
3 表現した (他人が知ることの出来ないものは除外)
4 文芸、学術、美術、又は音楽の範囲に属するもの (実用品や技術は除外)
「このすべてに当てはまるものだ、1~4のひとつでもあてはまらなければ著作物ではない」
「クイズを出そうか。この中で著作権の対象とならないものは何だと思う?」
小説のタイトル、ダンスの振付け、幼女の描いた絵、地図、風景写真
「地図かなぁ、なんか地図はあんまり創作っぽい感じがしない。小さい子の絵は多分著作権あるよね、下手なら保護されませんとかだと悲しいし」
「正解は小説のタイトルだ、地図だって用途に応じた情報の取捨選択やレイアウトの工夫をしている以上著作物になる。当然ながら幼女の描いた絵も文も歌だって著作権の対象になる。文字だけだと……私は著作物でもいいと思うのだが一般的には書道レベルの芸術性が求められると考えられているな。
また、一般的に小説や曲のタイトルのような短い文章は著作権の対象とならない。つまりかぶったとしても何の心配も要らない。あまり短い言葉を著作物として認めてしまうと他の人にとって不便になってしまうからね」
「じゃあ長いタイトルはどうなるの? よくある『○○な俺が△△に転生したら□□なので××した件』みたいなやつ」
「そこまで長いならもしかすると創作性が認められて著作権の対象になるかもしれないな、ケースバイケースだが。というか法律作ったときはこんなに長いタイトルが流行るなんて誰も考えてなかったと思うぞ」
「長文タイトルも今はすっかり慣れちゃったけど最初は言いたい放題言われてたもんね」
「また、単なるアイデアやいわゆる絵柄も著作物にはならない、その内容を本にするとか具体的に表現すれば本自体は著作物になるが」
「絵柄って著作権ないんだ。じゃあ模写とかトレスってどうなの?」
「どこか変えるとか新たに自分で付け足した部分がないならそれは複製権という著作権の侵害だな。まぁ構図変えてればいいけどトレスはダメとか別にそんなことはない。変えたら変えたで翻案権という別の権利の侵害になるから法律上はどっちもダメだ。権利の種類についてはまた後で話すからここではいったん置いておく」
「模写やトレスであっても概ね黙認されているのが現状だろう。ただし、あまりに元と似すぎていると見た人が著作者のものと混同する可能性が高くなる。それを著作権者が問題だと考えた場合、差し止めの請求をされる可能性が高くなるといえるかもしれないな」
「あー二次創作の著作権侵害が黙認されてるのはあくまでも作者の困らない範囲でってことだよね」
「そうだな、あと二次創作という言葉は定義もなにもない俗語だ。法律上、他人の著作物を翻訳、編曲、翻案したものは二次的著作物という」
「昨日も聞いたけど“ほんあん”って何」
「翻案って言うのは既存の著作物の表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ新たに創作的な表現を加えたものだな」
「わかんない、つまり?」
「見た人が原作の要素を感じ取れる創作物、二次創作と言い換えてもそう大きくは変わらない」
「とりあえず翻案=二次創作で理解した」
厳密ではないがとりあえずその理解で困らないだろう。
そろそろ話し疲れてきたし休憩にするか。
「よし、昼飯にするぞ。何がいい」
「オムライス!」
「ケチャップライスに半熟卵さらに上から追いケチャップで」
「作ってもらったの結構前なのによく覚えてたね。びっくり」
「そりゃおまえあんだけ口の周りべたべたに汚して食べてたら嫌でも覚えてるよ」
「あはは、それは恥ずかしいから忘れてもいいや」
伸びをしてから喫茶店の調理台へと向かう。材料は十分あったはずだ、蒸しタオルも用意した方がいいかもしれない。流石にもう口を汚すこともないかもしれないが、やはり鮮烈な印象というのはそうそう塗り変わらないものだ。
それに当時の不慣れな料理とはいえ自分が作ったものを心底美味そうに食べてくれたあの顔を忘れられるはずがないんだよ。
今回のポイント:著作物とは思想や感情を創作的に表現した学術的・芸術的なもののことである。ごく一部の例外を除いて著作物は表現された瞬間から著作権によって保護される。