プロローグ
会いたい気持ちに理由はないけど会うにはやっぱり理由が要る
国道沿い、海の見える喫茶店。
冷房の効いた店内には艶やかな黒髪を腰まで伸ばした赤縁眼鏡の女性が一人、場にそぐわない白衣をまとってカウンターに背をあずけている。
彼女の名はウミ、奇怪な格好をしているがこの喫茶店のオーナーである。
物憂げに波を目で追う姿はさながら絵画のようだった。
……ようだった、のだが。
「今日も女の子がかわいくて良い日だ」
小学校低学年くらいだろうか、ビーチで母親と砂遊びをする女の子を窓越しに見つめる目はほほえましいというにはいささか熱がこもり過ぎていた。
ゴムの伸びた麦わら帽子に白いワンピース。潮風を受けて背中に貼り付く髪。ふっくらと柔らかそうな腕と砂に汚れてザラリとした足。
そのすべてを舐めるように見つめる姿はそう、端的に言って不審者そのものだった。
カップからコーヒーを一口含み、満足げに息を吐くウミ。
もっとも、至福のひとときは次の瞬間に終わりを告げるのだが。
バターン!
「ウミさーん! こんちはー!」
勢いよく開け放たれた扉からツインテールが突撃してきた。
「何だシオンか。今いいところなんだ後にしてくれ」
「やだよーあたしは小さい女の子をウミさんの変な視線から守らなくちゃいけない使命があるからね」
「妙な言い方をするな、かわいいものを愛でて何が悪い」
「いやウミさんのは愛でるっていうか、ねぇ」
少女の名はシオン、高校一年生。ウミとは生まれた時からの付き合いになる。
「それより高校生にもなってまだツインテールにしてるのか」
「別にいいでしょ。夏休みだから遊びに来たんだ、ウミさんと違って高校でも友だち出来たからそこは安心していいよ」
「一言多い、わざわざこっちまで来るなんて先輩と喧嘩でもしたのか」
「お母さんは関係ないし喧嘩もしてない。それにウミさんのところ別に遠くないよ? 自転車で来れるもん」
「私は汗水垂らして移動するのはごめんだ、非効率的だろう?」
「それを世間では出不精っていうんだよ」
ずいぶん言うようになったじゃないか、などとつぶやきつつウミはカウンターの中へと入っていく。
「まぁいいご注文は? ワンドリンクくらいサービスしてやる」
「ホント! じゃあいちごミルク」
「おまえ昔っからそればっかりだな」
「だってウミさんのいちごミルク好きなんだもん」
ウミは手際よく材料を取り出すとフローズンストロベリーをミキサーで砕き、牛乳、練乳と合わせていく。
あっという間にグラスの中にはよく冷えた桃色の液体で満たされていった。
いつの間にやらテーブル席についていたシオンの下へグラスが運ばれていく。
「へいお待ち。じゃあ改めて用件を聞こうか、ただいちごミルクを飲みに来たって訳でも無いんだろう?」
「あはは、バレバレかぁ……あのね、ウミさん。あたしがこの前学校で絵を描いてたらパクりだって言われたの。
確かに似てるなーって思ったけどあたしその絵初めて見たんだよ、真似できるわけなくない? だけど著作権がどうとか言われてよくわかんなかったから逃げちゃった。
それ以上何があったわけじゃ無いんだけどやっぱり似てたらダメなのかなーって気になっちゃって」
えへへと笑うシオン。そんなシオンの頭に手を置きながらウミが言う。
「ふむ、とりあえず、似てると言われようがおまえの絵はおまえにしか書けん。大事にしろ」
「……うん、ありがと」
「それはそれとして、だ。ただ似てるから著作権侵害だ? そんな適当言うやつから尻尾巻いて逃げ出したのか」
「だって法律とか知らないもん」
「社会とか家庭科でやらなかったのか?」
「え、やったっけ? 全然覚えてないけど」
頭をかいてウミがため息をつく。だが学校で習うことなんて往々にしてその程度なのだ。
「まったく、おまえはその絵を知らなかったんだろう? だったら著作権侵害になんてなるものか、そもそも似てる表現をいちいち規制してたら何も作れなくなるだろうに」
「なるほど、えーっとさぁ……もうちょっと聞いてもいい?」
「かまわんが」
「二次創作ってどうなの? やっぱダメなのかな? グレーって言われてるけどよくわかんなくて」
「それはおまえが書いてる漫画のことか?」
「えっあれなんで知って……じゃないえっとあたしは関係なくて友達が」
「語るに落ちてるぞ、事情は把握した。それで著作権について一から教えて欲しいと」
「そうなんだけどぉ、一からだと多すぎるからざっくりぱぱっとがいいな」
「無茶言うな、料理じゃないんだぞ」
「そこをなんとかお願い! ね?」
「はぁ……仕方ない、やれるだけやってみるが寝るなよ」
かくしてウミによるざっくり著作権講座が開講されることと相成ったのである。




