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逢魔が時

作者: 天海 悠






「今日ねおかしなことがあったんだよ」


 送迎の車に乗るなり、中学生の娘は興奮したように喋りだした。


「さっきそこに止まってた車、うちのにそっくりなの。シートも一緒で番号も一緒だったの。うちは『ひ59』なのにそこの車は『ほ59』なの。ちょっとお母さんがここに来てんのかなって思った」


 車はもう動き始めて車線に乗ってしまった。右折サインを出して曲がるタイミングを見計らっているのに、対向車線の列はなかなか途切れない。


 慎重にハンドルをさばいても、娘は話し続けている。


「後ろの席に付けてる飲み物ホルダーがね、まったく同じ形なの。うちはピンクだけど青色で、同じ所にお守りを下げてるの。そっくりなんだけど所々少しずつ違うの」

「へぇ」


 少しずつ興味が湧いてきたのは、席につけたペットボトルホルダーが特殊なものだったからだ。


「全く同じ?」

「同じ同じ。うさぎの耳に豚の鼻がついてんの」


 笑いながら聞いていたが、こわばって表情が止まってしまった。


「そこまで、本当に?」

「運転してたのはお母さんそっくりの髪を結んだ女の人。バックミラーでわたしのことちらっと見たみたい。首をひねってこっちを見ようとしておいでおいで、ってしたの」


 うまく口の端を上げられない。


「寒すぎない?」


 娘が空調の風量を下げた。


 背中から下へ落ちるように冷えが広がっていったのに、首筋にはじっとりと汗が浮いている。


「そのときスマホが鳴って、見たらおかあさんだったからおかしいなって。それでね変なの。向こうのスマホも鳴ってんの。最後に見たとき、耳にあててたもん。うちは電話車に繋いでるから耳に当てないでしょ。それでね、あーやっぱりおかあさんじゃなかったって」

「良かった」


 言葉短く言ったのは、その時はBluetoothを繋ぎ忘れていて車に接続出来ておらず、路肩に停止して電話を耳に当てていたからだ。

 その事を言いたくなかった。


「もう一回みたら、その車もうなかったの」

「顔は?」

「分からない」


 車の中の冷たい気配を悟られないようにわざと冗談めかして明るく脅かすように言った。


「すこしだけ次元のちがう場所に存在しているわたしだったのかもしれないよ」

「えー怖い怖い!やめて~!」


 ひとしきり話したあと、娘がふと漏らす。


「あれ乗っちゃったらどうなってたんだろうね?どこに連れて行かれたんだろう」

「乗らないで」

「なに?」


 宵闇の深い青、その薄暗い天空に黒い建物が背を伸ばし黒々と影を立てる。

 娘は細い手足を垂らして月を見上げていた。


 後ろの席に揺れるあれは、別れた主人が娘のために買ったもの。

 夫の最後の名残り、幸せだった時代の残り香だ。あの時にもし、別れを選択していなかったら。もしお互いにもう少し我慢をしていたら。もし。


 どこからともなく空の上から電車の警笛が聞こえて来る。

 線路は逆方向にあるはずなのに、風向きによって空から降ってくるように響く夜がある。


 考えるな。

 考えては駄目だ。


 逢魔が時に無防備な、あまりにも無防備な柔らかい手足がふらふらと揺れている。

 暗い空からするすると細い影の手が延びて、空へ持っていかれないとも限らない。


「乗らないでね」


 その後はふたり、黙って車を走らせた。










おわり





#夏だしフォロワーさんの怖い話教えてください

↑向けに書いたんですが、この話はフィクションです。

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